21,
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「ラピス・ラズリは、蒼い石。欠けたものを埋める石。君はそれを探してる。逃げながら探してる。」
彼は歌を歌うように言った。
「逃げるのには疲れない?」
「まだ平気。」
「やせ我慢は君の得意分野だものね。」
彼は笑う。
「君は我慢することを美徳か何かと思っているみたいだけど。本当にそうかな。」
「美徳?」
「我慢して背負い込んで無理をする。そして自分を追い詰める。僕には君はそれを好んでして居るように見える。」
「そんなマゾッ気あるようにみえる?」
セツが冷たい眼で見つめる。
「そういういい方は似合わないな。そうすることで自分を保たせて居る気がする。他人から見ても自分は頑張っているように見える。それに満足したいんだ。それで自分を認めたいんだ。たとえ少しでも。」
少年はセツの目を見ずにまたピアノに触れた。
「セツは人の目を気にして居るから。それはとても重要なことなんだよ。他人が認めてくれて初めて自分を認める事が出来る。」
「今はそんなことない。」
「少しずつね。塔が形を変えてきた。でも全て替わったわけじゃない。君はまだそういう部分を持っている。自分で自分を認めたい君は、他人よがりな芯をもつことを許してないけれど。」
「・・・・・・・ラピス・ラズリをみつけなきゃ・・・・・。」
セツは絶望したように顔を手で覆った。
「そう、君はその裏わざとも言えるその石に頼ってるんだ。でも知ってるか?それすら君は他の物よがりなんだよ。」



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「で、スピカは?」
セツが振り向いて僕を見た。
「え?」
「・・・彼女にあって見たかったんでしょう?」
老婆が微笑んで僕を見てる。僕は一瞬言葉を失って頷いた。
「君は?なにを探している。」
「・・・・僕は。・・・探している・・・っていうよりも。」
セツをちらりとみた。こっちを見ている。どうしよう。正直に話すべきか?なにを?
「あなたは、永い永い年月を超えて生きているとききます。」
「そりゃぁ、君達よりは歳はとっているね。」
「訊きたい事があります。」
「なにかな?」
「・・・。」黙ってしまう。
セツは空気を読んだように、ため息を一瞬ついて。
「外で待っとくよ。」
といって、さっと家の外に出ていってしまった。ごめん、と僕に謝らせる隙すら与えない。
彼女が居なくなってしまうと魔女は僕を見つめて微笑んだ。
「それで?」
僕は一度つばをのみこんでから話し出す。ゆっくりと話し出す。問う。
「・・・あぁ。そのことかい。」
魔女は悟ったように言った。気付かれたかな、と僕は考える。
「あの頃、やつが向かった町は・・・そうさな。間違っていなければ、イルルやアルブだねぇ。あの頃あそこらへんは、特殊な地域だった。いろいろな調整が必要だっただろうからねぇ。」
「特殊?」
「私が見てきた歴史だと。」
魔女は冗談っぽく笑った。
「貴族たちが不穏な動きをしていた。アルブでは小さな戦争が起こった。武民の地方だからね。」
僕は、お礼を言ってセツを追いかけようとした。
「星の名は。」
彼女がそういって僕は足を止める。
「月の名に出会うだろう。」
「・・・・・・・そうですか。」
僕はセツの待つ外に出た。



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「君は人に何もきく事はないけど。」
軽いグリッサンドでピアノと遊ぶ。
「本当はききたいんだよ。」
「本当は。なんだって?」
「ききたいんだ。他人が今何を考えてるか、何をしてきたか、何を想ってるか。ききたいんだ。ただの興味として。」
「・・・人のことに興味がないわけじゃない。」
「うん。でも君はさ、きかないよね。教えて欲しい、とか。」
「・・・言いたくないものをわざわざ引き出すのも、よくない。」
「そうやっていると、どんどん周りが知っているのに自分は知らないっていう状況ができて行く。君は何度経験してる?他人はいいたくないとか言いつつも、本当はいいたいことのほうが多いんだよ。君はいつも取り残される。でもそれは君がきかないからだ。」
「私にはきいても教えてくれない時もおおい。」
「君はそれに傷ついてる。」
セツはにらんだ。
「セツ。でもそれは、君が何も喋らないからだよ。」
「・・・・・情報におけるフェア。」
「そう、フェアだ。君がいつも求めるフェアだ。君は何も喋らない。だから相手も喋らないんだよ。」
「べらべら自分のことを喋るのは・・・そんなに好きじゃない。」
「話したくないってこと?」
「ちがう。私はまだ完成してない。言葉にすればその言葉は私を縛りもするし、時に矛盾も引き起こす。私は喋るのが苦手なんだ。・・・喋った後、後悔することのほうが多い。」
彼は頷いた。
「そうだね。君はいつも喋った後で後悔する。だって。」
「私のことを理解してくれる人は少ないから。・・・あの異端を見る眼がいやなんだ。私は私の思うことを述べて居るのに。」
「述べているからこそだ。セツ、人間はどんな人でも異端な部分はあるんだよ。でもそれは表に出さない。どんなに自分のことを喋って居ても、そこだけは巧みに隠す。君は・・・不器用だね。」
「器用と想ったことはない。」
「莫迦正直なんだよ。そして他人に甘えるようには喋れない。」
「そしたら自分が自分ではなくなるから。」
「そう、君の塔にそぐわないセツになるから。」
セツは頷いて、彼の横に立ち、高音の鍵盤を押してみる。
「他人を欲してるくせに、君は上手く喋れないんだ。君は、自分の言葉を探すのが、下手なんだよ。ただ、ただそれだけだ。」



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山を下った。霧が少し晴れていた。
「どこへ行こう。」
僕は尋ねる。
「どこがいいかな。」
セツは訊き返してきた。
「・・・よかった。」
僕は言った。セツは振り向いて、なにが、と訊いた。
「まだついてくるの?って言われなくて。」
僕は微笑んだ。セツは表情を少しも変えなかった。
「どっちでもいいけど、着いてきたくなかったら勝手にはなれていいから。」
「・・・あ、・・・うん。」
僕は少し寂しいことを言うセツに、そういう言葉を何の躊躇もなくいうセツに心がぐらついた。
ちょっと傷ついた。
だって、少しくらい僕を気にいってくれてるのかと思ってたから。うぬぼれだったのか。
小さい沈黙の間が起きる。
「スペルってなんなのかな。」
話題を変える。
「呪文だよ。」
「・・・どんなだろ。」
「想像もつかないな。」
セツは空を見た。
「このまま東にいこうかな。」
「東。いいね。」
僕は同意する。
「スピカはいきたいところとかないの?」
「・・・アルブ・・・地方って、東?」
「うん。アルブ・・・?武民の地方だ。純騎士たちの故郷だね。」
セツはいって歩きだす。
「アルブにむかってくれるの?」
ぼくはついて歩く。
「一緒にいくんでしょう?一人のほうがよかったんなら私は別の場所に行くけど。」
「・・・ううん。ありがとう。」
セツの小さすぎる程の拒絶をところどころに感じて胸がしまったけど、僕は嬉しくて頷いた。
僕たちは歩いて道をいく。
セツのさらさらの髪の毛を見ながら歩く。時々振り向く。
「疲れない?スピカ。」
「ううん。」
「・・・ならよかった。」
優しい言葉に、耳を傾ける。
小さな拒絶と、優しい言葉。どっちが本当のセツなんだろう。



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「君の拒絶は、小さくだけど人を失望させるよ。」
ポーン。ピアノをはじく。今度はセツの指が。細い指が。何度も粗末に扱ってきた指が。
「それは君が始めに作り上げた良い印象を崩しかねない力を持つ。」
「・・・・・・作った物が壊れるのは当たり前でしょう。」
「その作り上げた印象の欠片も君のものではなかったってわけじゃない。もちろん時に君は完璧な仮面を付けるし、全部を作り上げるときもある。だけど、いつもじゃない。本当に君が優しくて他人に対する許容力が大きいのはしってる。許容力といっても自分の中に入れる許容ではなく、相手がたとえどんな人間であれ他人のそれを否定することはないという意味だ。その君の優しさを、相手は好きになってくれる事が殆んどなんだよ。なのにそれをセツは自分で破壊する。」
悲愴。久しぶりに黒いこの椅子に真っ直ぐ座る。ひけるだろうか。
「どうして拒否するの?」
彼が尋ねる。
「うぬぼれたくないから。」
「つまり。君は拒否される前に拒否するんだね。」
彼はセツの指を見つめた。
「勝手に相手が自分のことを嫌っていると決め付けてならば先に拒んでしまおうってことだ。」
「・・・勝手に・・・。」
「だって君は自分が嫌われてると思い込んでいる。」
「こうもしょっちゅう異端をみる眼で見られると誰だって想うだろう。」
「そうじゃない。誰しもがそうじゃない。そういう人間にたいしてセツは裏切りをしてるにすぎないんだよ。」
「裏切り?」
「だってそうだろ。勝手に自分はセツを嫌ってると決め付けられたあげく、そうじゃないのにセツには拒絶される。それって信頼を置かない裏切りだろ。それも一方的な。」
「・・・。」セツは黙る。
「セツがそう振舞った結果として、彼らはセツを異端として見るんだよ。セツ。君は色んなものを自分で壊してるんだよ。うぬぼれたくないって言葉は。つまり自分に自信がないんだろ。人に好かれるような人間じゃないって自分のことを決め付けてるんだ。どうしてそんな悲しい事がいえるんだ。」
「人の心なんてわかんないじゃないか。」
和音をはじいた。それは強い。
「それはみんな同じだよ。フェアだ。セツ。君は強くなりたいんなら、人を信じることを学ぶべきだよ。見返りもなく他人を好きになれるようになるんだよ。」
「・・・・・・・・・そんなの。」
言いかけてやめる。泣き言は言わない。言わない。それも1つの掟だ。
「君は頑なだけど悪い人間じゃない。良識もある。もう拒否はやめるんだ。見えもしない恐怖にまけた格好の悪い拒否はやめるんだ。他人は君が思うほど君を拒んではいない。」
「・・・・・・・・・・・こ・・・。」
「セツ。人は君が思うほど君のことを気にしちゃいないんだよ。もし明らかな拒絶を示された時は君の得意技である壁の構築を行なえばいい。拒否すればいい。だけど、君を好きだといってくれる人間だってでてくる。その人間たちだけに君は心から感謝し、心から信頼すればいい。それがわかるまで君は全てを拒むがごとき『拒否』の行為はやめるんだ。」
セツは悲愴を引き出した。
弾けなかった。指がまわらない。



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「あるいて2日だって。」
僕がセツに言う。アルブへの道をきいてきたのだ。セツは振り向いて頷いた。
相変わらず橋が好きなのか橋の上で仁王立ちをしていた。
「・・・河が好きなの?」
きいてみる。セツは笑った。
「好きなわけじゃないよ。」
僕らは歩きだす。
「でもどうしてアルブにいきたいっておもったの?」
セツが尋ねた。僕は一瞬躊躇する。
「・・・きいてみただけだけど。」
悟ったようにセツは言う。
「実は父親を探してるんだ。」
僕は振り絞った言葉を放つ。
「・・・へぇ。」
セツはなにも深い所まで突っ込まない。僕は前を見る。
「ねぇ、セツの・・・。」
言いかけてやめた。セツは振り向かずに歩き続ける。僕は何だか自分が恥ずかしくなって下を向いて歩いた。
「父親?」
セツが察したように訊いてきた。僕は益々恥ずかしくなった。
だって、僕はすぐにセツを知ろうとする。情報におけるフェアを無視しようとする。そしてセツはそれにすぐに気付く。
「いるけど。」
セツの声は不思議で甘い。
「世界で一番、憎んでる。」
そして、鋭い言葉を生み出す。僕はこのとき身体が小さく凍りついた。その事にセツは気付いただろうか。
僕はセツの線を1つ越えようとした。幼稚な好奇心で。そしてきっと触れてはいけなかった部分に触れてしまった。
いっそ訊き返して欲しかった。いっそ。あんたの父親は?と訊き返して欲しかった。
でもセツは訊き返さなかった。
考えるのを、やめようとおった。

もくもくと僕らは歩き続けた。
「ここらへんの町で宿でも探そうか。」
僕は提案する。
「宿は取らない。」
「え?」
セツの言葉に耳を疑う。
「え、宿は取らないって・・・つまり。」
「野宿する。」
「どうしてさ?」
訊き返さずにいられない。
「目立ちたくない。」
「・・・目立つ?」
宿を取る事が?
「お金もそんなにないし。」
「・・・そりゃ、僕もないけど。」
「宿にとまりたければ、とまっていいから。私はもう少し先の橋の下辺りで寝るよ。」
「・・・わかった。僕も行く。」
「本当にいいの?」
念を押される。確かに宿のほうがいいとは想うけれど、セツを一人で行かせるのもなんだか気がひける。
セツの眼は本気だ。折れそうにない。
セツは答えを待つことなく歩き出した。僕は追いかける。
「・・・目だちたくないなら宿のほうがいいと思うけど。」
一言呟く。そしたらセツが振り向いた。
「・・・此処らへんの宿に止まると身分証が役人の所まで届く。」
「え。」
「ここらへんは、不法入国者の取締りが厳しいからね。身分証の提出が義務づけられてるんだ。」
「・・・もってない人は?」
「とまれるよ。『お金』さえ払えば。対した額じゃない。」
「しらなかった。」
僕はセツのこの状勢の把握の深さに驚いた。
セツは一体どこでそんな事を知るんだろう。



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「もっと言ってやりたかったんでしょ。」
「・・・なにを。」
ピアノがまたなっている。泣いている。
「君が世界で一番憎むと豪語した人間のことさ。」
「・・・言ってやりたかったと想う?」
彼は頷く。セツは無視してピアノを弾く。
「君はそいつのことをずたずたにいう。ひどい言葉をはく。そして心の奥にある黒いどろどろした物体をはき出す。そうすることで自分を少し軽くしたかった。」
「・・・陰口でストレス発散ってやつ?」
「それに近いかもね。」
セツは動かない指を動かす。運指の練習。
「それを全部はきだして、自分がいかにかわいそうな奴か人に知ってもらいたいんだ。」
「・・・違う。」
左右のユニゾンが決まらない。
「ちがわないさ。そう思うことで救われたいんだ。だから本当は、君の辛い事、君は話したいんだ。」
「話せない。」
「うん。話せない。君の理想とは違うところにある行為だからね。君はぐっと堪える。」
「そういう意味じゃなくても、話せない。」
「・・・そういう現実も、あるか。」
彼は、頷いた。
「でもそれはつまり、その相手に信頼を置いていないということなんだよ。慎重すぎる君だから。」



29,
河まで来るとセツはバサッともっていた小さな毛布を広げた。橋の下。
そして欠伸をした。細い細い腕を伸ばす。いきなり振り向く。
「夕飯くらいは、おいしいもの食べようか。」
「う、うん。」
僕はちょっとうろたえた。なんでかはわかんない。セツのそのいい方にドキッとした。
僕らは歩きだして近くの食堂に入る。
「セツ、恋人とかいないの?」
僕は出し抜けにきいた。セツは、眉をひそめた。嫌そうな顔をした。そして苦笑いをしてみせた。
「いるように見える?」
「あ、だって。わかんないからさ。そういうのは。」
「いない。」
言い切ってスープを飲み込む。僕はちいさくそっか、といってきまずい空気を掻き消そうとした。
「スピカは?」
今度はきき返してきた。
「いない。そういうのは。」
「ふーん。」
どうでもよさそうな声で言った。ちょっとなんだか悲しくなった。
セツは僕にはまったく興味がないんだろうか。
「・・・人をうまく好きになれない。」
「え?」
セツがいきなり言い出したから、驚いた。
「それってどういうこと?」
「・・・うーん。」
セツ自身わかってないような顔をした。
「なんでだろうね。」
僕もわからなくなった。セツって、どういう人間?どういうことを考えてる?



30,
同じ道はあるかない。
同じ事で嘆くのは沢山だ。
自分のことをわかってる人間なんて居ない。
客観から見れば、どんな人間もそれをわかってるつもりでいるだけだ。
主観から見て、自分のことはこうだ、といえる。
客観から見たら確実に違うものがある。
主観と客観のずれだ。
それにすら気付かない人間だっている。
それを拒否するか。それを受け入れるか。
私はまだその対処法をつかめてないらしい。



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