野球少年4

「美河アサヒの元バッテリー?」
「・・・・はい。」
答える。
「っへー!良いな!ナチュラル悩殺美人の女房!・・・ん?旦那?」
三善さんが笑う。
「・・・ナチュ・・・?」
なんだそれは。

春が来た。
そして野球部に俺は入部した。

「ナベちゃん!」
青木が駆け寄ってくる。
「おう、なじんでんなあ?」
がし!
掴まれる。
「痛いっす。」
「お?部では一応敬語使ってくれんのかよ?」
「使うっす。やるっす。やりゃいいんっしょっす。」
「生意気!」
頭をくしゃくしゃにされる。

春の選抜はベストエイトどまり。
ショータ。と、まぁ心の中では呼ばしてもらう。
ショータは別にレギュラーというわけではないがちょくちょく投げていた。
でも大きい穴がある。
捕手。
正捕手と、控え。春にふたりとも抜けたのは痛い。

「・・・あ!渡辺!」
ショータが俺に気づいて走ってくる。
いつもにましてしまりない顔だ。
「うす・・・。ショータ、さん。」
いけない。さんづけを忘れるところだった。
「おーうショータ!こいつ美河の元旦那らしいぞ?!」
「え!?」
「いや、捕手って意味ですから。」
「あ、そか。」
いつもにまして、テンパってんなあ。
「入部して一カ月くらいだけど・・・どう?慣れた?」
「まぁ、久しぶりなんで、まだまだなまってますけど・・・。捕れますよ。」
見つめる。
目を。ショータの。
「・・・うん。捕ってくれな。」
フォーク。
そして、スライダー。
相変わらず不器用な人で、スライダーをアサヒがずっと教えているにもかかわらずまだ投げられない。
正直この人のまっすぐだけじゃ、通用しない。
青木は安定してきたし、左利きのピッチャーが3年いる。
なかなかの投手激戦区だけど、正直ぱっとしたのがいない。
「・・・違うか。」
俺が、アサヒや慎之介を追いかけすぎてるだけか。
「え?なにが違うの?」
「なんでもないっす。じゃ、俺、グラ整行くんで!」
走り出す。
「あ、うん!」

俺が、この高校を受けることを決めたのは、あの日、アサヒがショータにボールを投げた日。

「・・・アサヒ。」
アサヒの姿をとらえた。
我ながら目は良い。
体育館の方で掃除をしてる。
トンボで地面をならしながらアサヒを見つめた。
相変わらず、ほっせぇな。
――今でも時々思うんだ。
なんで、女なんだろう。
・・・なんて、酷い言葉だな。
ため息。
アサヒのことが好きだった。
小学生のころから、多分。好きだった、はずだ。
女だから、好きなのに。
女だから、恨んだ。
野球なんて無ければ、普通に「好き」だったのだろうか。
「あ。」
アサヒがこっちを見た。手を振った。
相変わらず、目がいいことで。
一応手を振ってから、トンボを握りなおし、グランド整備に集中した。

久しぶりの野球は、結構、きつい。

およそ2年のブランクが、身体をしばく。
まわりは、一応去年甲子園まで行った高校だけあってレベルは高い。
例えば、岩寺。
こいつ、知ってる。すごいスラッガーだ。一つ上の三善さんもすごいけど、負けてない。
勝負したいバッターだ。
それから、陸奥。
こいつ、野球は今年から始めた初心者だけど、ずっとサッカーやってただけあって体力や基礎運動能力は半端ない。スポーツセンスも悪くない。
他にも、名前を知ってるやつが多かった。
・・・野球から離れていたけど、なんだ俺。結構、やっぱり未練があったんだな。
と実感した。
俺は、正直、体力が無くなってるし、筋力もなまってる。
肩にはそれなりに自信あるけど。いや、あったけど、が正しいな。
「・・・・・・。」
だから今。俺が、頑張らないといけない時だ。
アサヒの、ショータのボールを受けるなら、俺は技術だけじゃだめだ。
あいつは、レギュラーに、くいこんでく。
正捕手にならないと、いけない。
めら、と心の奥で燃える。
なんだろう、これは闘志か。
懐かしいな。
まずは、5月の合宿組に、選ばれること。
もうすぐ発表だけど、正直難しい気がする。
「渡辺!」
監督に呼ばれる。
「はい!」
「お前、本当に中学は野球してなかったのか?」
「2年以降は、してませんでした。」
「なるほど・・・体力がないのは、それか。」
「はい。自覚してます。」
「今、このチームにないもの、分かるか。」
「まずは、チームのバランス。攻走守のバランスで行くと、攻ばかりが大きいです。守りで・・・。捕手が穴になっています。」
「・・・頭いいなお前。」
そうかな。
「そう。お前の言うとおりなんだ。捕手が、ネックになってる。」
「・・・投手も、今3人いますけど、正直とびぬけた人はいません。」
「おお。度胸もあんな。皆先輩だぞ、仮にも。」
「現状を理解せずに、現状打開なんてできないと思います。」
「・・・いい性格してんなぁ。お前。」
よく言われる。
「その捕手、お前、捕手希望で良いんだよな。」
「というか、捕手以外興味ありません。」
言いきった。
「・・・捕手は、今3年の井原と西2年の上田と秋瀬、1年は、お前だけか。」
頷く。もし他にいるとしたら、陸奥だ。あいつの肩もかなりいい。
「・・・合宿、来るか?」
「行きます。」
即答。
「・・・よし。分かった。」
ノートに何か書きこまれる。
「監督。」
「ん?」
「原田さんと、組ませてもらえませんか。」
「・・・・・・・・なんでだ?」
「・・・原田さんのフォーク。俺が、とりたいんです。」
「・・・なるほど。」
ふっと笑う。
「野球に帰ってきた理由は、それか?」
「・・・はい。」
正直に言った。
「確かにな。あの球、なんだろうな、すごいな。憧れるやつが多い。魅せ球だな。」
「・・・。」
「・・・まあ、バッテリーについては、またおいおい考える。急ぐな。お前はまず、体力つけろ。」
「はい!」
一礼して駆けだした。

急ぐな、か。



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