野球少年3


「で、どうしてあんな突然―?」
佐奈さんはニヤニヤしながら私に訊いた。
「わ、わかんない。でも、あの人。」
「原田?」
「なんか・・すごくって。なんか。」
「・・・見たくなった?」
「うん。」
「・・・投球フォームに一目ぼれ?」
「え!?」
頭をぶんぶん振る。
「それはない!フォームとかの美しさだったら、お兄ちゃんのバッティングの方が数倍かっこいい!」
「・・・そりゃ、どうも。」
笑った。
「でも・・・なんか。あの人の球・・・もう一回見たかったんだ。」
見たら。
もしかしたら、この虚脱感から、抜け出せるかも。そう思ったんだ。


「あっれ!本当に来たんだ!」
大きな男の人(昨日の、確かキャッチャー)が、私を見つけて言った。
「あ、お姉さんですか?」
佐奈さんに向かって尋ねた。
「あ、まぁそんなところです。」
にこっと笑って佐奈さんは答えた。
「まあ、柔軟だとか、そんな軽いメニューしかやんないけど。適当に見てってくださいな。」
彼も笑って言った。
「あ、ちなみにショータはあっこね。」
「・・・。」
向こうの方で屈伸をしている姿が見えた。
「あとで教えとく。本当に来たって。」
彼は優しそうな人だった。だからほっとした。
「名前は?」
「あ、野田 真琴です。」
「真琴ちゃんね。わかった。じゃ、俺行くから。失礼しますッ!」
大きな声を出していってしまった。
監督の方に走っていき、なにやらパコリと頭を殴られていた。

カキン!
バシ!
オーライ!
コーイ!
ザザザァ・・・

野球の練習を見ているとその音に、なんだか胸がドキドキする。
金属がなって、ミットがなって、地面が鳴る。
演奏会みたい。だなんて。なんかちょっと詩的。口には絶対しないけどね。恥ずかしくって。
「・・・ショータ。」
「!」
後ろで声がしたから振り向いた。
その名前に。どきっとした、というか。
「あ、あほだな。あの人。本気で投げてら。」
男の人がそう言ってた。なんだか眠そうな目だった。
「ショータ、手、抜けないから。」
「・・・あぁ、じゃ、アサヒとシンといっしょだ。」
「そうかも。特に慎之介の不器用具合とか。似てる。」
「はは。」
女の人と二人、話していた。あの、投手のこと。
不器用?あの投手、不器用な人なの?
嘘。あんなにきれいなストライクばっかとる人が?
「あの・・・。」
はっとした。また!また知らない人に声をかけていた。
驚いたのは佐奈さんだと思う。
「?」
「あの・・・、あの、人の知り合い・・・なんですか?」
「あの人?」
女の人の方が応えた。
「あの、ピッチャー・・・。」
「ああ、ショータか。うん。まぁ。同じ高校。」
「俺は違うけど。」
「あの、あの人の球・・・っ。」
あれ?なんか、二人の眼が一瞬同じ色に光った。
「あの人の球・・・す、すごいですよね!」
「・・・そう?」
彼女が、うっすらと、微笑んだように見えた。
「なんか・・・、あの。でも不器用って・・・。」
「あぁ、それは、そう。」
「本当に?」
「うん。力んじゃったり。すぐ。する。」
「力む?」
「緊張とかでね。最近は、そんなにないけど。」
「・・・あんなすごい球投げるのに?」
女の人は、一寸黙って、それからあの投手の方を見た。
「・・・うん。ありがたいね。」
え?
ありがたい?
「で、あんた誰っすか。」
男子の方がそう言った。
「あ・・・と。私・・・。」
何と言ったらいいのやら。
「あの、球!き、昨日甲子園で見て・・・!だから、その。もう一度見たくなって・・・来ちゃったって言うか。」
「・・・ファン?」
眠たそうな顔でそう言った。
「ファン・・・ていうか・・・!も。・・・もうそれでいいです。」
うん。なんか説明できないことは無理にしないことにしよう。
佐奈さんは、私の後ろについてひとことも話さず私達の様子を見ていた。
「ま、でも良い目もってるじゃん。」
彼はそう言った。
「・・・え?」
「あの球の良さ。分かるなんて。」
「・・・・・・・は・・・はぁ。」
「明日も来るの?試合。」
女の人の方が言う。
「あ・・・いえ・・明日は・・・その。もう、帰らないと・・・。」
「ああ、そうなんだ。うん。・・・ショータが明日も投げるってわけじゃないしね。」
そうか。
彼は、あくまでレギュラーではない。
「名前は?」
彼女は問う。私に。
「・・・あ、野田。野田、真琴です。」
「どこの・・・小・・中学?」
しょ、小って言った!この人からしたら私小学生?
「・・・九州・・・の、国岡・・・中学です。」
「九州?・・・もしかして昨日の対戦校の応援で来てたの?」
「は・・はい。」
感心されてしまった。
それから彼女たちはどこかへ行ってしまい、私と佐奈さんはまたグランドのすみから、原田という投手を見つめた。
「・・・野球ってさ。」
佐奈さんが呟く。
「残酷だよね。」
「・・・・・・・・え?」
「白いボール、あんなに小さいの。空中でとらえて、空に打ち上げて。それだけでもなんか奇跡的なのに。あのボールに翻弄されて、泣いたり笑ったり。」
「・・・・。」
「俊一の努力なんて、一瞬で無に帰されちゃう。」
「・・・・・うん。」
うん。そうだ。
甲子園という夏の大会では特にそうだ。
勝ちしか許されない。
負けたら、次はない。
そんなプレッシャーの中で、茹だる炎天下。彼らは走る。
一つの光みたいな、望みみたいなものをつかむために。



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