野球少年3


兄の甲子園を見に行った。
九州から兵庫県へ。長い道のりの一人旅。
お母さんは仕事で来れない。だから、一人。
ドキドキしながら、高校の団体にまぎれて甲子園球場の応援席へと足を動かした。
テレビでしか、見たことないんだ。甲子園。
「・・・・あ。」
小さく声が漏れた。
だって、階段を上って、はっと目に飛び込んできたのは、甲子園の熱気と白く光る空気。
私は駈け出してしまった。
駈け出して、飛び出した。観客席へ。
目に広がる人の山。
「わあ!」
ドキドキした。
高校野球の、空気。熱気。世界。
私は、胸を押さえつけた。この高鳴りをどう処理しよう?

「真琴ちゃん!」
声が掛けられ振り向く。
「あ!佐奈さん!」
私は佐奈さんのもとへ駆け寄った。
「一人で来れたね。えらーい。」
「へへっ・・・お母さん説得する方が大変だった!」
「あはは。こりゃ、俊一、がんばんなきゃいけんね。」
「お兄ちゃんは?」
「ん。スタメンだよ。ライト。」
「・・・こっち側?」
「残念、あっちがライト。」
レフト側が応援席だということを恨む。
「た、対戦校って・・・。」
何も知らずに来たもんだ。
「ん、花阪。今回34年ぶりに出場した高校。」
「強い?」
「んー、分からないなぁ。花阪って高校ノーマークだったんよねー。本当に最近のデータしかないもん。」
「ふーん・・・。」
「あ、でも。面白そうなチームだったよ。」
「え?」
「今回も出るかな?このチーム時々、一年生が投げるの。」
「ピ・・・チャー?一年で?」
「そー。でもさーそれがさー。」
おかしそうに笑う。
「変な投手なんよねー。」
「変?」
「すごいフォーク投げると思ったら、ウソみたいに平凡なボール放るし。」
「・・・きょ、極端だね。」
「ま、すごいんだよ。でも。三振率が。」
「・・・名前は?」
「ん。・・・あー忘れちゃった。なんやっけ。」
考え込む。
「あ、思いだした。」
「ん?」
「原田だ。」

サイレンの音とともに試合が始まった。
この音、実は好き。
夏って感じ。
「あ!お兄ちゃん!」
兄が走って出てきた。
カメラですかさず撮る。
暑い。
始まる前から汗だくだ。
「がんばれー!俊一――!」
佐奈さんは大きな声で言った。
佐奈さんはお兄ちゃんの彼女だ。
小学校の時から私も佐奈さんとは知り合いで、すごく仲よくしてくれる。
お兄ちゃんの野球バカにこんな可愛い彼女って・・・なんかもったいないくらい。
・・・私の方が、もったいないか。
私みたいな何にもない妹。こんな私がお兄ちゃんみたいな『野球でスゴイ人』の妹であることの方がなんかもったいないかも。
私は昔から絵を描くことしか得意なことがなくって、ほんと、陰キャラ。
好きな人もいないし、っていうか自信ないし。
っていうか。多分。何かに思いっきり打ちこむ勇気すらないんだと思う。
お兄ちゃんを見ていて、時々、ウソみたいに虚無感に襲われる。
見ていてキラキラしてて、こっちまでキラキラする!ってことももちろんある。
でもね、そのキラキラは時々毒。
惨めになる。
嫌いになる。
私も「なにものかになりたい」って心から思って、行動できるようになりたいんだ。
でも、見つかんないんだ。
見つける気も・・・きっとないんだ。

夏が駆けた。

「出た。原田・・・!」
「なんで中学の時ノーマークだったの?」
ごくん。
息をのんだ。
「原田・・・君。」
私は、釘づけになる。
三振、もう3つだ。
なんだろうあの男の子。
平凡なストレート(時速で見ただけだけど)、その切り返し。鋭い、フォーク。
「・・・・すごい。」
ドキドキした。きらきらした。
お兄ちゃんが出てきてはっとした。
いかん。これは敵のチームのピッチャーだ!
「お兄ちゃん!がんばれー!」
「俊一―!ぶっちかましてやんなさいー!」
お兄ちゃんにカメラを向ける。
動画をとる。
お兄ちゃんのスウィングの動き。すごくきれい。いつか絵に描き表してみたい。
鋭くて。
しなやかで。
美しい。
フォーム・・・・・。
ごくん。
「お兄ちゃん!」
三振。とられた。

ゲームセットは、高らかに。
涙が落ちる茶色い土。


「真琴ちゃん、行くよ。」
佐奈さんが涙をぬぐいながら私を呼んだ。
でも私はしばらく動けなかった。
なんだ。
今の一年ピッチャー。
「真琴ちゃん!」
「あ!う、うん!今行く!」
走っていく。
まだ胸がドキドキしてた。

泣いてるお兄ちゃんを、佐奈さんが慰める。
私はその後ろで、どうすることもできないまま、佇んだ。
「・・・。おに・・・。」
突然後ろを団体が通った。
「!」
振り向く。
あ!
さっきの対戦校!
とっさに探してしまう。
原田君の姿を。
バスに乗り込もうとするその姿をキャッチした。
「は!原田!さん!」
がし!
「え!?」
とっさに掴んでしまっていた。
彼は眼を丸くしていた。
し、しまったー!なんつう大胆な行動に出たんだ私!
「え、あ、あの・・・―。」
「あ、あの!」
どうするどうする。私!
「あの!明日、練習!見にいってもいいですか!」
「え!?」
あーもー最悪!何言ってんの私!
「あ!あの!」
「はーい。」
ぽん、と頭を突然なでられた。
「あ!大伴さん!」
あ、この人。・・・キャッチャーの・・・?
「なーにお前こんな若い子ナンパしてんだよ。」
「し!してませんよ!」
「逆ナンか、やるな。」
じっとこっちを見てニヤッと笑った。
「ショータのファンか?」
「え・・・!あ、あの!」
「いいよいいよ。練習、見に来たらいいじゃん。」
「え?!」
「俺らの高校、この高校のグラウンド借りて明日は昼少し練習すっから。」
紙に何か書いてくれた。
「大伴さん・・・。」
「いいじゃねぇかショータ。へらねぇよ。」
笑った顔が、ものすごく爽やかな人だった。
「じゃ、明日。ぜっひどうぞ〜。おら、行くぞショータ。お前美河だけでなくあんな可愛い子にももてんのか。モテ期か。わけろ、それ。」
「し!知らないっすよ!」
バスに吸い込まれてく。二人。
私は茫然と、その姿を見た。
「ちょ、ちょっとちょっと真琴ちゃん?」
佐奈さんが駆けよってくる。
「あ・・・・。」
「どうしたの?」
「え・・・っと。」
どうしよう。
「あの・・・。私、一泊だけ・・・こっちに残っても・・・いいかなぁ?」
「えぇ!?」
「あの・・・えーっと。お母さんには、自分で言うから・・・その。」
「どこ泊まると?」
「あ、えっと。・・・・漫喫?」
「・・・18歳未満、10時以降出入り禁止。」
「ほ、ほんとに!」
ガーン。
「ど・・・どうしよ、・・・・でも私・・・。」
「・・・。んー。」
佐奈さんは考えていた。
「一緒に残ろうか?」
「え!?」
お兄ちゃんのほうを見る。すごくまだ、泣いてる。
「いいのいいの、ふさぎこんだら一日は放置しないと治んないから。」
「・・・・え・・と。」
「大阪観光したかったんよね。私。」
「・・・・佐奈さん・・!」
「その代わり、カシイチよ?」
嘘みたいだった。
お母さんには、怒られた。
帰ったらもう一度怒鳴られるだろうけど・・・お兄ちゃんのこともあるから有耶無耶になるかも。(希望的観測)



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