9,東へ


「あ。」
僕は声を上げる。
「どうしたスピカ。」
「ここ。来た事がある。」
「・・・へぇ。結構辺鄙なところに来た事があるんだな。」
辺りを見渡してセツが呟く。
「うん。少し働いてた町なんだ。」
「・・・へぇ。化粧か?」
「違うよ。えぇと・・・ここは・・・。糸を染める工房で少し働いてた。」
「・・・・・へぇ。スピカ。本当に色んな職についた事があるんだな。」
「あ、いっても、ほんと3週間くらいだよ!雑用!」
感心されたら困る。
大したことはしていない。
「でもすごいよ。私は働いた事がないから。・・・土は耕してたけど。」
僕をぬかしてセツは歩き出す。
「ちょっとだけ・・・その工房に顔を出してもいい?」
「かまわないよ。なんならどこかにいってようか?」
「あ、ううん。一緒に行こう。」
工房。
小さくてかわいくて好きだった。
この町は、とても気にいっていた。
「こんにちは・・・。」
おそるおそる顔を出した。
工房の中にいた彼らが振り向いて僕を見つける。
「スピカ!」
彼らは笑ってくれた。
ほっとして、ゆっくりと工房に入る。
「スピカ!どうしたのいったい?来るなら来るっていってくれたらよかったのに!」
「あ・・ごめん。本当にたまたまよったんだ。」
「久しぶりねっ!今まで何処にいたの?」
「いろいろ。旅してた。」
「ちょっと背伸びたわねっ。」
ぱちんぱちんと僕の頬をはさんで笑った。
「座って座って。」
「あ・・・ちょっとまって・・・。」
引かれる手をすこし拒んだ。
「あら?」
一人が顔を上げる。
「あの方は?」
「あ・・・。」
セツだ。セツが目を丸くして扉の所に立っている。
「セツ・・・っ。」
「セツ?」
彼女たちはセツにかけよった。
「入って入って!セツ様っ。スピカのお友達?」
セツはたじろいでいた。
「あ、うん・・・セツは・・・。」
「素敵な方ねっ。」
「や・・・セツは・・・。」
女の子なんだけど。
「はじめまして。スピカの連れです。お嬢さんがた。」
セツは微笑んだ。
あ、あの笑顔だ。
お嬢様悩殺スマイル。
完全に作ったセツの笑顔。
だます気だ。

工房は相変わらずだった。

「セツ。」
「なんだよ。」
「・・・なんでまた男のふりしたの?」
セツは振り向いた。
宿を探している最中だった。
「なんでって・・・そのほうがめんどくさくないからだよ。」
「・・・。」
僕は不機嫌だった。
「めんどくさいとかくさくないとかじゃなくってさ・・・。」
「なに。」
「・・・僕はセツが女の子だって、ちゃんと言って欲しい。」
「・・・。」
セツはため息をついた。
「・・・私だって・・・二度と男になりたくなんかないよ。」
その声は低くて、真剣にいっていた。
呪いを思い返している。
その目に映る鈍い光の残像。
「じゃあなんで嘘ついたのさ。」
「男だなんて名乗ってないだろ。」
確かに。そうだけど。
「しかし、スピカは女所帯で働いてたんだな。」
「え?」
「あの工房、働いてるのは女ばっかりだったろ。」
「あぁ・・・うん。製糸業なんて・・・女こどもの手で行なわれるものだからね。」
「・・・そうなんだ。」
セツが知らなかったことを知った時の顔をした。
すこし驚いたような、意外なような、顔。
「賃金が安いから。」
「・・・ふーん。でも楽しそうだったな。ハーレムで。」
「は・・・っ。ハーレムとかじゃないよ!」
「そうだろうに。」
「は・・・っ破廉恥だよセツ!莫迦!」
「莫迦っていわれるようなこといってないけどな。」
セツの莫迦!
「・・・うらやましいよ。」
「え?」
セツは黙った。
なにがうらやましいんだろう?分からなかった。

朝が来た。
「いくか。」
「うん。」
「・・・スピカ。」
「ん?」
セツはかかとを鳴らして言った。
「挨拶してからじゃなくていいのか?」
「・・・セツがいいなら。」
「かまわないよ。」
もう一度工房に向かうことになった。
「スピカっ!」
また笑顔で迎えてくれる彼女たち。
「おはよう。」
「どうしたの?」
「うん・・・今日発つから。」
「えーっ?早いわねっ!たったの1日じゃない。」
「うん。でも行くよ。」
みんな残念がってくれた。
「わかった。でもまた手紙頂戴ね。私たちいつもここにいるから。いつでも寄って。」
「うん。ありがとう。」
みんなが頬にキスをくれた。
「じゃあ。また。」
手をふって工房を去る。道を行く。
「・・・やっぱりハーレムじゃないか。」
セツがふっと笑って言った。
「莫迦!」
僕は先に行く。
セツは笑ってた。
「いいな。」
「え?」
「迎えてくれる場所があるのが。」
「・・・・・・・・。」
僕は足を止めてセツを見た。
セツは僕の横に並んで、どうした?と言った。
僕は黙ったままセツの頬にキスをした。
そしてすぐに歩きだす。
顔が熱くなった。
またまじまじと見つめられる前に歩き出した。
「破廉恥だぞ、スピカ。」
「莫迦!」
セツは短い声で笑った。



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