8,土を知る ※挿絵あり


小麦の色の髪の毛がざわざわと揺れていた。
細い身体、華奢な背中。
「おい、グルー!」
「あ?」
後ろから仲間が呼ぶ。
「なにしてんだ?」
「あ、あぁ、あいつ。」
指をさす。
「ん?あぁ、浮浪者の親子の子どものほうだ。」
「浮浪者?」
「知らねぇの?最近ここに流れてきて、ほら、村はずれの小さい廃屋、昔秘密基地で使ってた場所。あそこに住み出したんだ。」
「・・・へー。」
「下手に近寄らねぇ方がいいぜ。物とか請われてもやれるもんねぇし。行くぞっ。」
「あ、おう。」
背中。
仁王立ち。
何かを見ていた。
どんなやつなんだろう。そう思った。

「なぁ。」
声をかけた時、そいつはゆっくりと、振り向いた。
小さい顔に眼がとても大きく見えた。
そいつは無表情で、何も言わなかった。
「お前、名前は?」
「・・・・・・セツ。」
「セツ?変わった名前だな。昔っぽい。」
セツは無視して、また背中をむけた。
「なにしてんだ?」
「なにも。」
振り向かずにいう。
「浮浪者って本当?」
セツは振り向いた。
その目に気高さが一瞬だけ見えた。
殺気を放つ子供を初めて見た。
「見てわからないか。」
「あぁ。ごめん。」
素直に謝った。
「でも、ここに住んでるんだろ?」
「あぁ。」
「あんまり物請いに期待しない方がいいぜ。ここらへん。すごい不毛なんだ。結構いっぱいいっぱいなんだ、村のやつら全員。」
「見ればわかる。」
ちょっとむっとした。
「それに、物を請うたことなんかない。」
「・・・じゃ、何食ってんの?」
「食べてない。」
食べてない?物も請わない?変な浮浪者だな。そう思った。
「なぁセツ。」
「なんだよ。」
「それだったら、土耕してみろよ。」
「は?」
「不毛だけど、耕してみろよ。ちゃんと野菜とかなるぜ。」
「・・・・・・。」
セツは怪訝な顔をした。
言っている意味がわからない、という感じだった。
「教えてやるよ。俺ら。」
「俺ら?」
「仲間。」
「・・・・・・・。お前、名前は?」
「あ、グルー。言い忘れてた。」
「グルー・・・。」
「じゃあ、明日。お前んちに行くから。そのつもりでいろよ。」
「あ、おい。」
「じゃあな!」
半ば強引に、約束をした。

「へぇ?」
仲間達は顔をしかめた。
「あの浮浪者に畑作り教えるって、お前、何。狂ったわけ?」
「狂ってねぇよ。あいつなかなか面白そうなやつだったぜ。」
「俺、反対。かあちゃんに言われてるんだ。あの親子に近寄るなって。」
「俺は別にかまわないけど。お前、責任取れよ。」
ごちゃごちゃ色んな意見が出たが、強引に仲間をつれてセツの元へ行った。

「本当に来たのか。」
セツは呟いた。
「おう。準備はいいか?」
「・・・・・。」
セツは何も言わなかった。
手始めに土の耕し肩を教えた。
初めは渋って見てるだけだった仲間達も、口をはさみ出す。
「だから、こう。そうそう。セツ。力入れろ。男だろ。」
「うまいうまい。」
はっきり言ってセツはまったく愛想がなかった。
だけど、こちらのいうことを真剣に聞いていた。
その目はいつも睨むようだったが、強くて、好きだった。
「よーしっ。今日はここまで。また明日くるよ。」
日が暮れて帰る時間になった時、ずっと黙ったまま作業していたセツが始めて口を開いた。
「・・・ありがとう。」
「いいってことよ。また明日なっ!明日は、朝魚釣りしようぜ。」
「・・・魚釣り?」
「魚を取るんだよ。」
「・・・へぇ。」
手を振ってその場を去った。
「なぁセツって、魚釣り知らなかったんかな?」
仲間の一人が言った。
「えー?ありえねぇだろ。」
「や、だってあの感じだとさぁ。」
「・・・・・・・・・・・何者なんだろうな、セツって。」
不思議だった。

その日から。
魚釣り、土を耕すこと。いろんなことを一緒にした。
セツもすこしずつ話すようになって、仲間になじんできた。
村の大人連中もしばしばセツを畑で働かしてくれるようになった。
だけどずっと不思議に思っていた事があった。
「・・・セツ。お母さんは?」
「え?」
魚釣りの最中。訊いてみた。
「お母さんと一緒に住んでるんだろ。でも見た事ねぇからさ。」
「・・・・あぁ。母さんは・・・。」
口をもたつかせる。
「・・・母さんは、家で寝たきりなんだ。」
「え、病気なの?」
一人が尋ねる。
「・・・うん。ちょっとな。」
「よし、セツ!でけえなまず釣れ!母さんに食わせてやれ!」
ばしっとセツの背中を叩いてみる。
「・・・・うん。」
その手の感触で気付く。
「・・・なんだ?」
振り向いて、こっちを見る。
「・・・いや?」
首を振る。
あ、こいつ。女だ。

何年か、そうやって、一緒に遊んでいる仲間の一人だった。
「セツ!」
セツは振り向いた。
一人、また背中をむけて立っていた。
「なにしてんだ?」
「・・・・・・・・グルー。」
「なんだ?」
「俺、ここを出てくよ。」
「・・・・へ?」
真剣な目だった。
睨んだような。
「なんで?どうしたんだ、セツ?」
「・・・・・・・・・母さんが死んだ。」
その目の奥に、変な光が見えた。
俺は言葉を失った。
母親が死んだ?
実感が涌かなかった。
ただの一度もセツの母親を見た事がなかったからだ。
もとから居たのかどうかも、怪しいところだった。
だけど見る。
「・・・墓・・・。」
セツは頷いた。そこに石が置かれていた。
「作ったのか?」
頷く。
「・・・で・・・いつ発つんだ?」
「分からない。・・・強くならないといけない・・・。」
「強く・・・?」
「・・・できるだけ早く。強くなれるところを探す。もう、此処には帰らない。」
セツは墓を見つめた。
「でも、暫らく此処にいると思う。」
セツの腰に、金色の柄の短剣が差してあるのを見つける。
「・・・それは?」
「形見。」
「・・・そか。」
沈黙。
「セツ。」
「なんだ?」
お前、本当は女なんだよな?言いかけて、止めた。
「俺も、いつか此処出てくよ。」
「・・・何処に行くんだ?」
「さぁ?でも出てく。」
「何故?」
「こんな不毛なところで一生暮らしたいか?」
「・・・いいや。」
ははっと笑った。
セツは笑わなかった。
「仲間は好きだけど、この村は閉鎖的過ぎる。俺、此処そんなに好きじゃないんだよ。」
「・・・楽しそうなのにな。お前はいつも。」
セツは振り向いて言った。
「お前はいつも、苦しそうだよ、セツ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
長い沈黙が続いた。
息をついて、その沈黙を切る。
「・・・じゃ、また、明日な。セツ。」
セツは頷いた。
その日を境にセツは俺達と遊ぶのを止めた。
村の離れになるあの家に住んでいるのは知っていた。
だけど村まで来ることは一度もなかったし、殆んど見ることはなかった。
一年たったころ、ぱったり見なくなった。
旅に出たのだと悟った。
自分もその一年後に村を飛び出した。
あの村を捨てた。


村に帰ってきたのは、4年たったあの日だ。
ぶらぶらと歩きながら帰ってきた。
「久しぶりだなぁー。」
もうすぐ村が見える。そう思ったとき、目に飛び込んできた。
「・・・・・・・・・・・・・・ぁ。」
あの背中が、またあそこにあった。
セツ。
母親の墓前の前でまた仁王立ちしていた。
あの日より大分背が伸びていた。
だけど華奢な背中はそのままだった。
腰に短剣がささっている。
ゆっくりと近づいた。
ガキン!
セツは短剣の鞘を抜くことなく、短剣で振り下ろした棒を止めた。
ゆっくりと振り向いた。
殺気が肌に感じられる。
「・・・・・・誰?」
笑った。
「いつ帰ってきたんだ?」
「・・・・・・・グルーか。さっきだ。」
「あれ、もう帰らないんじゃなかったっけ?」
「そのつもりだった。」
セツの声、不思議に甘い。
あの頃から少し変わったな。と思った。
「久しぶりだな。」
手を差し出した。セツはその手を見て言った。
「にしちゃ、結構な挨拶だったな。」
「あはは。だってセツ。強くなる旅にでたんだろ?だったらこれくらいできるだろって思ったんだよ。」
「・・・あんたは相変わらずだな。・・・あんたも此処を出るんじゃなかったのか?」
「ん?うん。一回出てきたよ。」
「で、里帰りか。」
セツはため息混じりに言った。
「ま、里、とも呼べる村じゃないけどな。」
セツのあの眼が俺を見る。
あぁ、目は変わらないな。
いや、少しあの鈍い光が強くなった気がする。
「セツ。今お前に会えてよかったよ、協力して欲しい事があるんだ。」
「・・・・なんだ。」
「討伐軍に入らないか?」
セツは一瞬黙って、ため息をつく。
「・・・。なるほど、あんたらしい。」
「セツ、強くなったんだろ?頼む。力を貸してくれ。」
「・・・それでこの村に帰ってきたんだな。」
「その通り。皆に呼びかけに来た。な、セツ。この王制を崩そう。」
セツは黙った。


ふっと息をついた。
「どうしたグルー?」
「んーいや。ちょっと思い出してただけ。」
「なにを?」
あの村の仲間だったやつが横に座って煙草に火をつける。
「なんでもねー。」
「あ、どうせ女のことだろ。」
からかって笑った。
「・・・まーなっ。」
「あ!おま・・・っ!いつの間に?!」
「お前の知らないうちだよ。」
「ちょ・・・っ抜け駆けだ!吐け!誰だ!」
「あははっ、やめろ!くすぐってぇだろ!お前なぁ・・・―――」



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