7,騎士に賭ける


お金がいる。
逃げるためにお金がいる。
今までみたいには旅は出来ない。
ズクンズクンと、時々何か汚い波が波打つ。
不快で酔いそうになる。
最近それがひどい。
あの日以来、それがひどい。
呪いを覆っていた場所に穴が開いた。
そしてそこにひとりでに暗い色の扉が構築された。
それはあたかも、「いつでも入って来れる」と言ってるみたいだった。
地下室は、こうやって出来た。
時々声がする。
地下から声がする。捨てた名前を誰かが呼ぶ。
殺したくなる。
その息の根を止めたくなる。
エラルドに捕まってから、本当にそれがひどいんだ。
あいつは泣きそうな顔でこっちを見る。
いつもの饒舌も最近はおとなしい。
哀れか?そう言ってやりたい。
だけど頷かれたら傷つくだろう何かを私自身が一番知っている。

お金がいる。
最近そうひしひしと思う。
今まではルクについていた。
ルクは傭兵で稼ぐ。
その手伝いをしたぶんお金はあった。
だけど今、自分の手には職はない。
失われる一方だ。
どこかの土地に定着して土を耕せば、お金は作れる。
その術は知っている。
あの村で教わった数少ないことだ。
だけど逃げなくてはいけない。
目立つことなく、だけど遠くへ。
戻れない。
西へは。

はっと思い出した。
非公式ナイトオリンピア。
あのパブで噂を聞いたアレだ。
その大会の勝者には大金が与えられるはずだ。
大金が動くナイトオリンピアだ。
非公式だろうがなんだろうが関係ない。
むしろ非公式のほうが好都合だ。
早速情報を得ることからはじめた。
慎重に。そこに王が絡んでいないことを確かめ、エラルドに関わっていそうな貴族が絡んでいないことを確かめた。
「男しか、出れないんだな。」
上等だ。
こっちはあの村についた瞬間からずっと男として育てられた。
呪いが疼く。
時々扉の向こう側からノックが聞こえる。
気持ちの悪い波がたぽんと跳ねる。
腰に射した短剣に触れる。
その細工を確かめる。
そこに眠る呪いを確かめる。
コツンコツンと二度つま先を鳴らしてみる。

飛べ。

どか!

砂がすれる音がして、男が自分の前に倒れた。
はっとした。
また自分がどこかに消えていた。
俺、が出てきていた。
息は切れてない。だけど酸欠だ。
「勝者!」
くるりとその場を去る。
足早に。
順調に勝ち続けた。
だけど戦った日の夜、震えが止まらなかった。
眠れない。
月が見てる。
こっちを見てる。
小さな物音に敏感になった。
波がひどいものになっている。
警報がなっている。
手に残る感触を忘れたいと願う。
大丈夫。
言い聞かせる。
殺してない。殺してない。
目をつぶる。
そこに浮ぶ倒れた男たちの姿。
血のついた刃を何度綺麗に拭き取っただろう。
自分の身体の傷は痛まない。
結構血が出ているが、気にしない。
俺が来た瞬間に忘れる。
あの塔の彼は、また口をつぐんだままこっちを見ているだけだ。
ピアノを弾けとも言わない。
苦しくて立てない私を見て、ただ顔をしかめてる。
ピアノにもたれかかって動けない私を見て、ため息をつく。悲しい顔をする。

怖い!

肩を抱いた。そしたら痛みが走った。傷だ。
決勝の前夜。
たった三日しかない非公式ナイトオリンピア。
その三日間、一睡もすることはなかった。
ルク・・・。
真夜中、口が勝手にルクを呼んだこともあった。
ぞっとする。
ルクに頼り過ぎている自分に嫌気がさす。
弱い自分に嫌気がさす。
呪いに負けそうな自分に反吐が出る。
空っぽな自分の世界にラピス・ラズリを渇望する。
埋めてくれ。消してくれ。どうにかしてくれ。
叫びたかった。

ドっ!

はっとした。
また。
鈍い音と嫌な感触。
心臓がすごい音を出している。
不規則なリズム。
まるで自分の左手の16分音符のダンスのようだ。
ぐらりと男が倒れた。
そしてどしゃっという音で身体は地面に叩き付けられた。
血が服についていた。
でも、男は死んでいなかった。
少なくとも即死はしていなかった。
足からおびただしい血が出ていた。
息が上がった。
分解していた自分がまた結合していく。
「勝者!セツ!」
腕を引っ張られる。
震えている腕を。
倒れた男はそのままだった。うめいていた。
だけど、その時誰も拾いに来なかった。
全ての事が終わってもう一度その場に戻ってきた時、その男はそこには倒れていなかったけれど。
倒した男達全員、どうなったか知らない。
心臓がすごい音を放つ。
波が唸る。
すえた匂いがする。

気がつけば吐いていた。

反吐まみれで目を覚ます。
「・・・死にたい。」
呟いた。
でも死ねない。
死ねない。
床には手に入れた大金があった。
涙が出た。
一人の部屋。
ぼろい宿の部屋。
孤独。
焦燥。
埋めるものが欲しい。
ラピス・ラズリがほしい。

「そうやって、すがるんだね。」

黙れ。

拳を握る。
掌を切っていたらしい。
鋭い痛みが走る。
体を縮めて、嗚咽を噛み殺した。



騎士に賭ける おわり
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