17,道を外れた女


「それで?」
セツはワインの入ったグラスを揺らして言った。
「わざわざ伯爵邸に招かれて、何を聞かされないといけないんですか?」
クシスを見る。
いつもの穏やかな笑顔でこちらを見ている。
イルル北にある中規模の街で偶然会ったと思うと、丁度いいなどと言われてすぐに馬車に乗せられ、このアルブ南部にある伯爵邸まで半ば無理矢理連れてこられたのだ。
「頼みがあるんだ。」
「断ります。」
「こらこら、何も言ってないよ。」
「ろくな話じゃないんでしょう。」
「真面目な話だよ。」
どうだか。
セツは顔をしかめて出された超ド級の甘口のワインを飲んだ。
甘すぎる。
「近頃の娘たちの蒸発事件を知っているかい?」
「蒸発事件?」
「アルブ南で最近若い娘達がぽつりぽつりと蒸発するんだ。」
「・・・へぇ。」
クシスのグラスに入る上質そうな赤ワインを見る。
「それで、今一人の容疑者があがっている。」
「だったら捕まえたらいいじゃないですか。」
「そうもいかない。相手は貴族だ。」
「・・・貴族?」
眉を寄せる。
「僕らが今日の昼に出会った町を統治しているウィルトレン男爵が、今の所最も怪しい。僕も色々人を使って調べさせたんだが、一番最初の蒸発者はあの町の農婦の娘だ。」
「それだけで決め付けるんですか?」
「もちろん他にも疑うべき点が多々あるんだよ。今問題はそこじゃない。この謎の事件の影が、私の領地にも及んできているということだ。」
「・・・この辺りでも?」
「あぁ、一昨日、村に住む一人の娘が消えたという報告があった。パブでよく飲む仲間のひとりの姪っ子でね。」
セツはため息をつく。
「だが、被害者は彼女だけではないらしい。」
「と言うと?」
「ある歌手が舞台に上がっていない。一週間も前から。」
「・・・その事件に関係あると?」
「確信は今のところないがね。」
「・・・で、俺に頼みたい事はなんなんですか。」
「セツ。私、だろう。」
「・・・・・。私に。」
そういえばクシスにはばれていた。全て。ばれていた。
「男爵の邸宅に偲びこんでその歌姫を救出してもらいたいんだ。」
「・・・村娘は?」
「もちろん彼女も。」
「男爵の仕業だと決まったわけでもないのに?」
「十中八九そうだ。もし彼女がいないのならばそのまま引き返してくれたらいい。」
「・・・・・・・・断ります。」
セツはくっとワインを飲みきった。
まったく、頭が痛むほど甘い。
「知ってるでしょう。私は貴族の間で目立つような真似は絶対にしたくない。そんな危ない橋は渡れません。」
「もし事が大事になるようならば、僕がそこらへんは揉み消してあげよう。」
「それでも断ります。私には関係がない。」
立ち上がる。
「報酬ははずむよ。」
「・・・・・・お金なら、まだあります。」
「君の探す物が見つかるかもしれない。」
セツは伯爵を見下ろした。
「・・・何?」
「男爵は、なかなか有名なコレクターだ。城でお目に掛かるべき物までその宝物庫には眠っていると言われるほどのね。君の探すものも、そこにならあるかもしれない。」
「・・・ラピス・ラズリですか。」
伯爵は頷く。
「手筈は整えてるよ。」
にっこりと微笑んだ。
セツはもう一度席に着いた。

ゴドン。
馬車が道を走る。
月が見える。
セツは一人腕を組んだまま窓からその月を見ていた。
もうすぐ新月だ。
クシスが言った手筈は、驚くほどよく出来ていた。
あの男、ちゃらちゃら遊んでいる様でしっかり遠くまで見据えている。
鋭い眼を持っている。
それはルクとは違うタイプの。
ウィルトレン男爵は、いわゆる男鰥で一人娘と二人だけの家族らしい。
その娘は評判の娘で、非常に美しく、多くの縁付きの申し出が来ているらしいがその全てを断っているらしい。
男爵の家自体は近頃その権力を伸ばしているようで、敵も多そうだ。
ラピス・ラズリ。
自分の目的はそれだ。
もちろん約束したことは必ずやり遂げる。
それは自分の中にある塔の『しきたり』だ。
そっと短剣に触れてみる。
心臓がしまる。
セツは目を閉じて、馬車の土を転がる音を聴いて眠りについた。


セツは馬車を降りる。
見渡す。
薄暗い郊外の道だ。
明け方だ。
誰もいない。
騎手に挨拶をしてセツは歩き出した。
まっすぐ、この道をまっすぐ行けば例の男爵の邸宅だ。
セツはその建物を見つけると、影に隠れた。
そして、手早く髪の毛をくくって一つにまとめる。前髪をかきあげる。
そして赤い絹の上物の上着を羽織って黒いズボンをはく。
全て伯爵が渡してくれたものだ。
その間に一つの馬車が通り過ぎた。
セツは振り向いて目で追う。
薄暗い朝もやの中だ。
セツには気がついていない。
「・・・こんな時間に、馬車か。」
―――こりゃ、黒かもしれないな。
セツは走りだした。

「何?使者?」
「えぇ。」
「何処のものでしょうか。」
「城のものです。」
「・・・馬車も無しで?」
セツは微笑んだ。
「お疑いですか。」
そしてゴソゴソと、ポケットから何かを取り出した。
「・・・これは。」
王の紋章の入った、メダルを取り出した。
金の鎖の繋がったそれは紛れもなく金で、見事な細工のものだった。
「お入りください。」
「失礼しますよ。朝早くから。」
セツは悠々と門を通った。
さすが伯爵。
こんな詐欺まがいの物持ってるのは、あいつくらいだろう。
そう思った。

「城から、わざわざお越し頂いて申し訳ないのですが。」
通された部屋で、待つこと5分。
一人の男が顔を出してそう言った。
「男爵は今この屋敷の中におられないので・・・昼までお待ちいただくか・・・それとも書状でございますならば、私めが受け取ります。」
「いいえ、男爵に直接渡さなくてはならないものなので。待ちます。」
「そうですか、申し訳ございません。」
「いいえ。こちらが悪いのです。道に迷ってしまってこんな時間になってしまった。まだ夜も完全に開け切っていない。急ぎの用ではありません。此処で待っていたらいいのですか。」
「あ・・・いえ。今お通しします。」
そして通された、豪勢な部屋。
なるほど、コレクターなだけあって、置いてある物には目を見張る。
ここにあるのだろうか、群青の石。
一人になった。
その瞬間にセツは動き出した。
まず第一に必要なのは証拠だ。
この事件を叩きこむには証拠がいる。
こちらの嘘がばれる前にこれだけは掴んでおかなければならない。
「・・・歌姫を救うだけじゃないじゃないか。」
絶対に報酬ははずんで貰わないと割に合わない。
セツはするッと部屋を抜け出した。
廊下から外を見る。
目に留まる。
―――宝物庫!
セツは走りだした。
音はたてない。
だけどすばやく。
誰も見ちゃいない。
セツは二階の窓から身軽に飛び降りた。
そして宝物庫の前に立った。
鍵が頑丈にかけられている。
随分古い鍵を使っているんだな。
指で触れてみた。この短剣ではこじ開けられまい。
どこかから入れやしないか。セツがそう思った時だった。
後ろに人の気配がしてセツは思いっきり振り向いた。
「・・・・・誰だ・・・?」
朝もやの中、一人の女が立っていた。
うすらと笑っている。
「そこはダメですわよ。」
「・・・。あなたは。」
彼女はセツの頬に触れた。
ぞっとするほど冷たい指先だった。
「そこは誰も入れない領域なの。触れてはダメ。近づいてはダメよ。」
「・・・・・・・あなたは・・・エザリー様でしょうか。」
「あら。私をご存知?」
ふっと笑った。
美しい。確かに。
胸元に眼が止まる。
・・・なんだろう、このしみ。
貴族の娘が汚れているドレスを着るだろうか。
「あなたは?」
「城の者です。」
「あぁ。使者の方か何か?」
「えぇ。」
「そう。」
沈黙。
だけど彼女の手はずっとセツの頬に触れている。
「綺麗な殿方ね。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「男なのが残念なくらい綺麗な肌ですわ。」
セツは微笑んでみせた。
だけど背中に汗が伝っている。
「お気をつけて。」
「え?」
彼女は微笑んだまま朝もやの中を引き返していった。

書簡を男爵に渡した。
この書簡で2、3日は此処に留まれる手筈になるはずだ。
セツは頭を下げたままその返答を待っていた。
だけどそのまま連れていかれたのは、牢だった。
「ちょっと待て!何をする!」
抗った。
だけどそんな抵抗はむなしく、セツは昼下がり、暗い地下の牢に閉じ込められた。
「・・・・・・・・・・・帰ったら一発はぶん殴ってやる。」
誰も居なくなって、セツは呟いた。
そして、腰ではなくズボンの裏側にさしておいた短剣を取り出した。
「・・・だからここに剣を隠しておけって言ったんだな、あの狸。」
短剣を引き抜く。
少し、苦しくなる。
だけどこんなところで呪いと戦っている場合でもない。
牢屋の鍵は単純なもので、この短剣でぶち破る事ができるものだと確信した。
人が来た。
そう感じたセツはすぐに剣を隠し、座った。
「・・・・・・・。」
目の前を通ったのは、若い娘だった。
奴隷のような姿の男に連れられて、腕を縛られた女が俯きながら通り過ぎて言った。
セツはそれを見送ると、黒だ、と呟いた。
そうか、伯爵は此処に自分を送り込むことで証拠を得させようとしたんだな。
まったくふざけた伯爵だ。
また一人女が通り過ぎた。
「・・・・お前は・・・。」
彼女は振り向いた。
そして微笑む。
エザリーだった。
エザリーはそのまま何も言わずに通り過ぎた。
セツは昼の間息をひそめて短剣を握り閉めていた。
人が通らなくなる時間がきたら勝負だ。
暗闇に蝋燭。
窓はない。
地下室。
カビの匂いがする。
あの呪いが埋まっている地下室と同じ匂いがする。
入ったことはないが、絶対に同じ匂いだと思った。
そう思うと、ぞっとした。
早く此処から出たい。
時間は分からない。
だが、大分時が過ぎた頃、あの奴隷のような男達がやってきて、女を連れて来た道を戻った。
どこかに連れて行くのだ。
だけどその女は今日の昼運ばれてきた女ではなかった。
見た感じ、テアトロの歌姫でもなさそうだ。
聞いている特長とは違う。見た絵とも違う。
しかし、何処につれていくというのだろう。
そいつらが通り過ぎた後、セツは短剣を引き抜いて鍵に刃をむけ、思いっきり力を入れた。
鍵は簡単に壊れた。
扉はキィと耳障りな音を発して開いた。
セツはするりと牢を出る。
毛布を丸めて、着ていた赤い上着とズボンを脱ぎ、あたかもそこにセツが寝ているようにカモフラージュした。
これで今夜中はばれることはないだろう。
動かなければ。
セツは走りだそうとした。
だが足を止める。
―――今日運ばれてきた娘は?
振り返る。
奥に続く、いくつかの牢を見る。
セツは舌打ちをして走り出した。
ガチャン!
「!」
娘は驚いて目を覚まし、セツを見た。随分怯えた表情だった。
「逃げろ。」
セツは他の牢の鍵も全部壊した。
そして、無言のまま駆けだし、外へと出た。
娘たちの中に歌姫の姿はなかった。
探さなくてはならない。
「!」
牢の外は直接に屋外に繋がっていた。
どういうことだ。道を間違えたか?
屋敷の中に通じている道をとったつもりだったのに。
セツは走る。
時間がない。
クシスの言う歌姫とやらを見つけ出してこんなところ今すぐにおさらばしてやる。
だが目に留まる。
「!」
あぁ、ここはあの宝物庫のあった裏の庭だ。
このすぐ横の建物は、宝物庫だ。
宝物庫の側面に今自分が出てきたんだと気づく。
そして、もう一つ、気付く。
「・・・・っ。」
セツは眉間にしわを寄せた。
娘たちの死体が転がっているのだ。
セツは口元を抑え、走りだした。
「なんだこれはっ!」
走り出し、庭に出る。
宝物庫の鍵が開いているのに気付く。
「・・・・。」
躊躇した。
だが、みないわけにいかない。
セツは無意識に足の向かう向きを変えた。
だが、その暗い闇の中に立ちこめる血の匂いで身体が硬直した。
同時に悲鳴が耳を劈いたからだ。
女の声だ。
女の叫びだ。
理解が出来なかった。ここは宝物庫のはずだ。
「誰?」
綺麗な声がその闇の向こうからした。
聞いたことのある声だ。
あの娘だ。
「・・・エザリー。」
セツが呟いた。
「・・・あぁ、あの使者様ね。」
コツン、と床を彼女のヒールがさした音がする。
その音が近づいてくる。
蝋燭が近づいてくる。
身体がこわばった。
「・・・なん・・・。」
血まみれの貴婦人がそこで笑っている。
確信した。
あのドレスのしみは、紛れもなく血だった。
口元からも血がたれ落ちている。
「なんだこれは。」
彼女は笑った。
美しい声で。
美しい顔で。
「なにをしている。」
彼女の後ろに椅子に腰をかけて最早意識を失っている女を見つける。
彼女もまた血まみれだ。
至る所に傷口が見える。
赤い血が見える。
「血です。」
「血?」
吐き気した。
「処女の血ですわ。」
「なんだと?」
「美しさを保つための、媚薬です。」
短剣を握り締めた。
「ふざけるなよ。そんなもののために、こうやって何人殺したんだ。」
眉間にしわがよる。
手が震えている。
―――切 る な。
自分で自分に言い聞かす。
この短剣で、この女を切るな。
悪を裁くような偉い人間じゃない。
嫌悪の衝動で、この短剣を使うな。
「娘たちの蒸発事件は全てお前が仕組んだんだな。」
「私じゃありませんわ。」
「なんだと。」
「私はただ選ぶだけ。お父様が私のために連れてきた娘たちの中から、選ぶだけですわ。」
「・・・たいした躾だ。」
「あなたもね。」
彼女はころころと笑った。
「女でしたら良かったのに。」
「・・・悪かったな、処女じゃなくて。」
「だけど、見られたからには死んで貰わないとなりませんわ。」
「・・・・・・・お前が殺すって?」
いっそ掛かってきてほしかった。
そうしたら心置きなく切れる。
「いいえ。」
カーン!
けたたましい音した。
城の天辺の早鐘だ。
耳障りな高温が耳を劈く。
外が騒がしくなる。
セツは舌打ちをしてそのまま外へ飛び出した。
この袋小路の中に大勢で向かってこられたら勝ち目はない。
庭に駆け出したらすでに何人かの兵達が騒いでいた。
セツを見つけて剣を抜く。
セツも躊躇することなく、短剣を引き抜いて跳んだ。
エザリーの嫌な笑い声が聞こえた。
「エザリー、お前が拷問して殺した女の中に、アルブの歌姫はいたか!」
セツは振り向いて彼女に問うた。
「いいえ。」
彼女は落ち着いた面持ちで言った。
「彼女をお探しでしたら、城の最上階へお向かいなさいな。」
「・・・・っ。」
生きてる。
ならば、約束だ。
その歌姫は連れて帰らなければならない。
体を縛る塔の掟には背かない。
セツは走りだした。
身をかがめ、向けられる剣の全てを往なし、館に飛び込んだ。
そして暗い階段をする抜けるように駆け上がった。
時々、剣を振り下ろされたが、全て受けた。
暗闇なんてものは関係ない。
今のこの研ぎ澄まされた感覚ならば、何処から何が振り下ろされても見える。
息が上がらない、だけど確実に頭の中は真っ白に近づいている。
ガターン!
真っ先に見えた扉を蹴破った。
「!」
一瞥で確信した。
「マルグリットだな!」
「は・・・っ・・・え・・えぇ・・・!」
「こい!逃げるぞ!」
ぐっと手を引っ張った。
「ま・・・っ待ってください!」
「拷問の目にあって死にたいのか!」
彼女は首を振った。
「私は・・・。」
彼女の声は掠れた。
「・・・陵辱を受けました。」
「・・・・え?」
「だから・・・殺されません・・・。だけど・・帰れません。」
「何言ってる!」
だけど、その女の目ははっきりとセツの手を拒んでいた。
「殺してください。」
「なにを・・・っ!」
彼女は突然セツの短剣を奪おうとした。
「やめろ!」
「殺して!」

何故。
なんでだ、どういうことだ。
そこに他の人間の気配がやってきた。
セツはバッと振り向いた。
そこに立っていたのは、数時間前に見た男爵だった。
あぁ・・・そういうことか。
セツは、頭の中が本当の白に染まっていくのをジワジワと感じていた。
汚らわしい。
その男の少し怯えたような眼が、あの男を髣髴させる。
母親がフラッシュバックされる。
抑えがたい殺意が涌いた。
胸元から、喉下へ、湧き上がってくる。

殺 し て や る。

掴まれていた短剣を乱暴に引き抜いた。
彼女は簡単に倒れてしまった。
「ひ!」
セツはゆらりと立ち上がって、男爵の方へ向かった。
殺してやる。
こんな生きる価値もないような、色欲の塊の男なんて。
女を自分の道具のようにしか考えない男なんて。
死ぬべきだ。
男爵は逃げようとした。
だがセツの方が速い。
ドゴッ!
と鈍い音がして、彼の鼻は折れた。
セツの拳が振り下ろされた。
男爵は壁に張り付いた。
もう一度、鈍い音がした。
それはセツの膝が、今度は彼の下腹にねじ込まれたからだ。
「ふざけるなよ。」
セツの口元が笑った。
笑えるからだ。
血が吹き出した。
叫びが聞こえた。
セツの短剣が男のふくらはぎに突き刺さったからだ。
それを思いっきり引き抜き、次は確実に急所にその短剣をつきたてようとした時だった。
「やめて!」
セツの手にからみついた女がいた。
「・・・なっ!」
マルグリットだった。
「なにをする!」
「やめて!」
「何故だ!」
「人を殺すのはやめて!」
ぎしっとした。
「もう人が死ぬのはたくさんですっ!」
彼女は泣いていた。
セツは振り上げた剣を、ゆっくりとおろした。
「・・・・・・・・・・。」
彼女は嗚咽をこぼして泣いていた。
セツは、何も言えなくて、一瞬俯いた。
だが早鐘がまた耳を劈いた。
セツははっと顔を上げて、ちらりとうめく男爵を見た。
そして血のついた短剣を見つめ、その剣を振り、血を払って腰におさめて言った。
「いくぞ。」
そして、歌姫の手を引いてものすごい速さで走り出した。
マルグリットはもつれる足でついていった。
「・・・本当に尻拭いしてくれるんだろうなクシスのやつ・・・っ。」
結構な大事になってしまった。
「これで手配所とかでまわったら・・・恨もう。」
走った。
走った。
だけど不思議と誰もいなかった。
向けられる剣はない。
庭へ出た。
息を呑んだ。
無数の兵達が倒れていた。
倒した憶えのない者達だ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
その剣の切り口を見る。
「・・・・・・・・・・・・ルク。」
ルクだと確信した。
ルクの剣の傷だ。
見間違うことはない。
一撃で仕留める、彼の剣だ。
なるほど、クシスのやつ、ルクにも手を回してたのか。
辺りを見回したがルクは何処にもいなかった。
セツはそのまま走りだした。
マルグリットを連れて深い森の一本道へ。
館の外に出た瞬間に彼女は泣きだした。
「・・・・・・・・・・・。いくぞ。町まで出て、運び屋に乗せて貰おう。」
彼女は涙を落としながら頷いた。

運び屋にアルブまで運んでもらえるように頼んで、荷馬車に乗り込んだ。
沈黙。
彼女はまだ泣いていた。
セツは動く景色をずっと目で追っていた。
「・・・・・・・・・・死のうと、思うか。」
セツはぽつりと呟いた。
彼女は、少し考えて首を降った。
「・・・殺したいとは・・・?」
首を降る。強く。
・・・強い女だな、そう思った。
胸がしまった。
どうして自分はこうも弱いんだろう。
セツは肩を抱いた。
怖い。
そう思った。
あの時、意識を失いかけたという事実が怖い。
殺すことに何の躊躇も持たなかった自分が怖い。
きっと王を目の前にして、あんな風になるんだ。
これが呪いなんだ。
彼女とは少しだけ話をした。
婚約者がいたこと。
彼女の歌の先生のこと。
アルブに近づいた時、彼女が一曲のアリアを口ずさんだ。
「・・・綺麗な曲だな。」
「道を外れた女です。」
「・・・・・・今度、いつか、あんたの歌劇、聴きに行くよ。」
彼女は悲しい笑顔で笑った。


「セツっ!」
伯爵がセツを見て駆け寄った。
セツは眉間にしわを寄せて睨んだ。
「おっと。」
「色々説明してもらいたい事が山ほどある。」
「あはは。ごめんごめん。で、歌姫は救出できたんだね?」
「えぇ・・・。さっき家に届けてきました。」
セツは下を向いた。
「よくやったね、ありがとう。」
セツは眉をひそめる。
「よくなんかやってません。」
「・・・・、セツ?」
「だって、結局間に合いませんでした。マルグリットは恥辱に耐えて生きなくてはならないし、一人、目の前で殺されました。」
「・・・・・・・・・セツ。」
「いつも女だ。」
セツはポツリと低い声でそ言った。
「え?」
「・・・いつも女が、こんな目にあう。」
拳を握る。
「なんでなんですか。・・・それは、女が弱いからですか。」
「・・・セツ。」
「ラピス・ラズリは、ありませんでした。私はまだ・・・もっと・・・未完成です。」
伯爵は悲しい笑顔をして、セツの手を取った。
そして広い間に連れていって座らせた。
「あいつらは・・・どうなるんですか?」
「ん?大丈夫。ちゃんと手筈は整ってるよ。直に彼らの罪は裁かれるだろう。」
「・・・・そう。」
「疲れただろう、セツ。今日はもうお休み。」
「・・・・・・・・伯爵。」
「なんだい?」
「ここは、変わるかな。」
「・・・・・・変えてみたいね。」
セツは目を閉じた。


17,道を外れた女 おわり
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■18,西へ■□□

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