18,西へ


「こっち側に行ったら、ヴェヌトだぞ。」
道を指差してセツが言った。
「へぇ・・・じゃあ、こっち側はちょっと危ないね。最近戦があったところだし。」
「平気だろ。お姫様にはナイトがついてるんだ。」
「・・・ねぇそのナイトって僕の事?それともセツの事?」
セツは無視した。
時々わからない。セツって僕の事、男の子として見てるんだろうか。
「でもヴェヌトのビールはうまいらしいぞ。」
「僕はビール飲めないもん。」
「・・・そりゃ残念だな。」
ババラに入った。
「あ、見ろスピカ。」
新聞を手に取ってセツが言った。
「なに?」
「宰相が決まったぞ。」
「さいしょう?」
「・・・国の代表者。」
「誰?」
「知らないよ。おっさんだ。」
僕はセツの手から新聞を取って見る。
「・・・僕も知らないや。あ、でも侯爵らしいよ。この人。」
「ま、これで国も少しは穏やかになるだろ。」
セツが伸びをして歩き出した。僕は新聞を元の場所に戻してセツを追う。
「ねぇ、セツ。これから何処に行こう?」
「いつもの質問だな。そうだな・・・この国はもう殆んど歩きまわったようなもんだからな。」
「このまま南に行って、タリアに行くのはどう?」
「タリアか。まぁ、ヴェヌトよりは安全な旅が出来そうだな。」
「うん。」
「・・・・・・・なぁスピカ。」
「ん?」
「・・・私は強くなったかな?」
「え?」
セツはそう言ったと思ったら早足で歩きだした。
そして、跳んだ。
くるりと廻って空中で円を描いた足が、パシっと言う音で止まる。
僕は唖然とした。
「セツ!」
いきなり後ろから人に蹴りかかるなんて。と、思ったら、その人は彼だった。
「久しぶりだな。って言っても最近はよく会うほうだな。ルク。」
「セツか。」
僕はその二人に駆け寄った。
「ルク様っ。」
「スピカか。」
「久しぶりです。」
「あぁ。」
セツは髪の毛を押さえつけて言う。
「だけど本当に最近はよく会うな。クシスには無意味に何度も会ってたけど、ルクとは何年もずっと会ってなかった時期もあったのに。」
「あぁ。そうだな。」
「・・・本当はもっと強くなってから、会いたかったんだけどな。」
ルクはじっとセツを見た。
二人を見ていると、大きいルクと並ぶセツを見ると、セツは女の子に見えた。
少なくともあの不思議な色の襟巻きをしていない今のセツは、普通にしていても前よりは女の子に見えるけど、それでも、時々男に間違われることもあった。
でも今、ルクと並ぶセツは完全に女の子に見えた。
自分を見てみる。
セツよりは背は高いといっても、4センチかそこらの話だ。
何だか自分の姿が今、ものすごくコンプレックスまみれに感じた。
ルクは微笑んだ。
「いや。」
そして、セツの頭を撫でる。
「随分、いい顔をしている。」
「・・・・・・・そうか?」
「あぁ。強くなった。」
「・・・顔見ただけで言われてもな。」
セツは笑った。
「何してるんだ?今此処で。」
「この間ヴェヌトの将の首を持って帰ったからな。あらためて礼がしたいとかでババラのランガンに呼び出された。」
「・・・ふーん。大変だな。伝説の男は。」
「それが終わったら、次はタリアにでも行ってみるつもりだ。」
「へぇ。奇遇だな。私たちもそっちに向かおうと思ってたんだ。」
「国を出るのか?」
「あぁ・・・。まぁ、この国はルクと一緒に周ったのも含めて行きつくしたからな。」
「・・・。西は?」
セツは言葉を止める。
「・・・西。」
「都のほうへは。あんまり行ってないだろう。」
「・・・・・・・・あぁ、そうだな。」
「行ってみるといい。」
「・・・どうして?」
「呪いを解いてから行くと、違うものに見えるはずだ。西は西で、美しいぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・。そうか。」
セツは複雑な顔でそう言った。
「あの村にも戻ってみるといい。」
「・・・あいつとおんなじ事言うんだな。」
あいつ?頭のはしにいつもひっかかる。
時々出てくるあいつって、誰なんだろう。
「・・・うん。考えとくよ。」
「あぁ。好きなようにしたらいい。」
セツは頷いた。
「・・・そうか。でも国を出るんだな。ルクも。」
「あぁ。」
「・・・じゃあ、今度は本当にいつ会うかはわからないな。この小さい国ですら滅多に会えないのに。」
「根無し草だからな。」
「・・・これで最後かもしれない。」
「あぁ。だが、セツにはまた会う気がする。」
「私もだ。」
にっとセツが笑った。
「・・・本当に。」
ルクが微笑んだ。セツの頭を撫ぜる。
「よかったな、セツ。」
「・・・なんだよ。」
セツがちょっと照れたように言った。
そしてセツは背のびをしてルクを抱きしめた。ルクもセツをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。ルク。」
「あぁ、元気でな。」
セツは頷いて、腕を解いた。
「じゃあ。」
セツは言って、手を上げた。ルクも手を振ってその場を去っていった。
僕らも歩きだす。
「・・・だってさ、スピカ。どうする。西へ行くか。」
「・・・どっちでもいい。」
セツは黙った。
「らしくないな。お前がどっちでもいいとか、そういう、適当な返答するの。」
そう呟いた。
僕はセツに振り向いた。セツは立ち止まった。
「・・・なんだ?」
僕はひっかかれて熱くなった心臓を抑えたくて、セツの手を少し乱暴に取った。
すごく細い手首を、掴んだ。
「・・・・・・・・。」
だけど、何も言えない。
無意識に僕の眉は寄ってしまっている。
怒ってるわけじゃない。
だけど、やりきれなかった。
なんだろうこの感じは。
バシ!
「いた!」
いきなり手刀が振りおろされた。
僕の頭に命中する。
「何するのさっセツ!」
涙目で訴える。
「莫迦。」
セツがそう言って僕を追いぬかし歩きだした。
莫迦、って。
こんな風には、初めてセツから言われたような気がする。
がんがんした。
頭。
セツの手刀のせいじゃなく。
確かに。
莫迦だな、僕って。
だって確実にこれはただ、ただ単に嫉妬しただけだ。
それでセツに八つ当たりしただけだ。

気まずい空気が結局宿まで続いた。
セツはいつも通りだった。
だけど僕が、昼間セツにした事を恥じてうまい事セツを見る事ができなかった。
あぁ、莫迦。
何回も自分にそう言った。
謝らないといけない。
でも、それって嫉妬したってことを認めるようなもので、それもなんだか恥ずかしかった。
ジレンマ。
頭が疲れてきた。
ベッドに寝転ぶセツの背中を見る。
部屋の端っこにセツの背中が見えるからじゃない。
セツは細い。
セツは小さい。
こっちを見ない。
寝てるのかも分からない。
「セツ。」
反対側の部屋の端っこから、セツを呼んでみた。
「なんだ?」
起きてた。
だいたいセツは起きている。
人より先に寝るようなことをしない、というか、多分できないんだと思う。
「・・・・・・・あのね。」
「うん。」
身体が熱かった。
自分の背中にある窓から月明かりがうっすら差し込んでる。
「僕もセツの事、抱きしめたい。」
「・・・・・・・・・・・・。」
セツが少し身を起こして僕を見た。
何を言ってるんだ、と思ったに決まってる。
無表情のまま僕のほうをちらりと見ていた。
「ごめん。セツ。」
気持ちが溢れて泣きそうになる。
「ごめん。それだけだったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
セツはふっと息をついた。
そして起き上がってベッドに座って僕を見た。
「今日は三日月だからな。」
セツが不意に言った。
「星がよく見える。スピカはもうこの時期見えないけど。」
「え。そうなの?」
僕も起き上がってセツが見つめていた窓を見る。
「もう暦では秋だからな。この国はあんまり四季はないけど、・・・あれがデネブ。」
セツが僕の側に来て窓にすける星空を指差す。
「デネブ?」
「白い星。白い鳥の星。天の川の中にある。見える?」
「・・・・・へぇー・・・。」
なんでこんなに物知りなんだろう。感心した。
「スピカ。」
「うん?」
セツは微笑んで僕を見た。
「機嫌は直ったか?」
「・・・・・・・。・・・意地が悪い。」
「あはは。そんなことないけどな。」
「意地悪だよ!いっつもからかってさっ。だって、僕は真剣に・・・。」
「真剣に、なんだよ。私だっていつも真剣に生きてるぞ。」
「・・・わかってるよ。」
僕は頷いた。顔が熱い。
「セツ。」
「なんだよ。」
「抱きしめていい?」
セツは何も答えなかった。だけど抱きしめかえしてくれた。
「こっちのほうが、スピカらしくて好きだな。」
「なにそれ。」
愛しくて。このままずっと抱きしめていたかった。

僕らは次の日、西へ向かった。
始まりの場所へ。
一緒に、手を繋いで。


18,西へ 終わり
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塔−1シリーズ 完

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