14,南へ ※挿絵あり


「アルブか。」
セツは言った。
そして南へ下る道をとって歩きだした。
アルブへ入る道だ。
「懐かしいね。」
「そんなに懐かしくないぞ。」
「ねぇ、町に寄ろうよ。」
「・・・いいけど。急ぐぞ。日没までにつきたい。」
「うん。」
足早にいく。
「ねぇ、セツ。」
「なんだ?」
「・・・ひとつ聞きたい事があるんだ。」
「・・・なに?」
「まえ一緒にアルブに着いたとき、セツ・・・僕の事嫌ってた?」
あの笑顔の拒絶の意図が知りたかった。
「スピカを?」
セツは僕の方に振り向かずに言った。
「・・・嫌ってたんじゃないよ。」
「でも・・・。」
「恥ずかしかったんだ。」
「え?」
セツはそれ以上何も言わずに足を進めた。
恥ずかしかった?なにが?

日没前にアルブの町に着くことができた。
なんだか懐かしくて、特別な町に思える。
ピティがある。
オウィハがある。
それから夜、広場で腕だめしがある。
僕とセツは夜御飯を食べる場所を探していた。
「あ!兄ちゃん!この間のやつじゃないか?」
声が掛かった。僕が振り向く。
「・・・僕ですか?」
「ちがうちがう。その横!なぁ兄ちゃん!」
セツが振り向く。
「・・・。」
「あ!やっぱり!こないだはすごかった!あんなにすごい逆転は初めてみたよ!な、今夜もその剣ふるってみないか?」
「・・・あいにくだけど。丸腰なんだ。」
「本当だ!でも心配するなって、武器の貸し出しはしてるからっ。」
「あのっ。」
僕が割って入る。
「あの。僕ら、行くところがあるんで。」
「なんだい、気にするなって、兄ちゃんなら、すぐに終わらせちゃうって!」
「でも、あのっ。」
そうじゃなくて。
「悪いけど。」
セツが言った。
「私、もうお金のために人を殴るの、嫌なんだ。」
男はあぜんとしていた。
セツは、ふっと笑ってそいつに背を向けて歩きだした。
僕は追いかける。
「セツっ。待ってよ。」
「急いで食べる所さがそう。空腹が結構きてるんだ。」
「セツっ。今、私って言ったね。」
セツは振り向いた。
「・・・・・あたりまえだろ。」
「あたりまえじゃないよ。セツ。今までだったら俺って言ってただろ?」
「・・・。」
確かに。
「嬉しいって?」
セツがふっとからかうように笑って僕を見る。
「嬉しいよ。」
僕も笑った。
「・・・毒がない。」
セツは呆れたような顔をして歩き出した。

「武民料理って、なんでこう肉ばかりなんだ。」
「嫌いなの?肉。」
「好きなほうじゃない。食べるけど。」
出てきた猪の肉をナイフで切る。
「こんばんは。セツ。」
ナイフを落としかけた。
「・・・またお前はこんなところで・・・。」
セツが心底呆れたような顔をした。
「クシス伯爵・・・・っ。」
「しー!ここでは伯爵とか呼ばないでくれたまえ。」
「なにしてるんですか、お前は。」
「すてきな言葉遣いだねセツ。」
セツは舌打ちする。
「今日は久しぶりに腕試しでもと思って。」
「付き添いは?」
「ちゃんと馬車でまってるよ。セツ。久しぶりだね、元気にしてたかい?」
「普通だ。ちょっと北回りに歩いてみた。」
「君は?」
「あ、元気です。」
クシスは微笑んで僕の隣に座った。
「僕もいいかな?」
「座っておいて訊くか?」
伯爵は笑った。
「セツ。随分表情が柔らかくなったね。」
「は?」
「無茶をしていないようだ。安心したよ。」
「・・・そりゃどうも。」
僕はその台詞を聞いて、まるで伯爵はセツの『父』のようにセツの事を見ていると思った。
「スピカ君。セツの事を末永く頼むよ。」
「馬鹿なこと言ってないで酒の一つでも頼め。勿論そっちもちだぞ。」
僕は顔がすでに熱かった。
なんでセツはいつも、そんなにあっさりとこういう冗談を往なせるんだろう。
「はいはい。セツの好きな白の甘口にしましょう。」
白の甘口が好きなんだ・・・。ちょっと以外だった。いつも赤しか飲んでないから。
「セツはね。昔白の甘口しか飲めなかったんだよ。」
僕を見て悪戯っぽく笑った。
「いつの話だ。」
「君と出会った頃の話だよ。」
いつから知り合いなんだろう。この二人。
「あ・・・・あの。」
僕は伯爵に声を掛ける。
「なにかな?」
にこっと彼は笑う。
「・・・この間の・・・。この間の、こと。」
「・・・うん?」
「訂正します。」
「どれかな?」
「セツの事が好きじゃないんだって・・言った事。」
だって、伯爵のセツを見る目はどうみたって、セツの事を好きな目だ。
「あぁ。」
伯爵は笑った。
「そうなんだ、聞いてくれセツ。スピカ君は僕が君の事を好きじゃないんだって思ってたらしいんだよ。」
「実際、お前は裏切っただろ。」
「セツの事を裏切った気はないんだよ。いろんな事情があったんだ。」
「・・・ま、もう和解した事をぐずぐず言うのはやめといてやる。」
「感謝するよ。でね、スピカ君は、自分はセツの事が好きだって叫んだんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ。」
「は、伯爵!」
僕は叫んでた。
顔から火がでそうになる。なんてこというんだ!
「こらこら、今その号で呼ぶのは勘弁してくれ。」
「スピカ、立つなよ恥ずかしい。」
だから、なんでそんなにあっさりしてるんだ!
「よかったね。セツ。」
伯爵はにっこり微笑んでセツを見た。
「そりゃ、どうも。」
セツは兎の肉を手に取ってかじった。
僕はこのまま地獄に落ちてしまいたい。
足元がくずれてしまえばいいのに。
そんな僕を見て伯爵は不思議そうに言った。
「あれ、愛の告白はまだしてなかったの?」
「してませんよ!莫迦!」
「あははっ!莫迦って言われてしまったよ。」
「実際に結構虚けだろう。言われるくらいで丁度いい。」
「セツまで。ひどいな。」

「じゃあね。セツ。体には気を付けるんだよ。」
「そっちもな。あんまり遊んでばかりいるなよ。」
「あはは。あぁ、今度テアトロでまたコンチェルトがあるみたいだよ。もしよければ足を運んであげてくれ。」
「・・・・ラファルか?」
「うん?うん、確か。彼はあのテアトロでちょいちょいコンチェルトを開いてくれるからね。」
「・・・考えとく。」
「じゃあね。おやすみ。」
クシスはまた歩いて帰ってしまった。馬車は何処にあるんだろう。
「スピカ。行くぞ。」
セツが振り向いた。僕はまだ恥ずかしくて下しか見れない。
「スピカ。」
「うっ、うん。」
早足でセツを追いぬかした。
セツはため息をつくように笑った。
「スピカ。」
「なにさっ。」
セツが僕の手を取った。
「私も随分スピカのことは好きだぞ。」
手を放したかった。
身体がこれだけ熱いんだ。掌に汗をかくほどきっと僕の手は熱いだろう。恥ずかしい。
でもたぶん、セツが僕に拒否の笑顔を見せたのとは別の恥ずかしさだろう。
だって僕はこれだけ恥ずかしくても、セツの手を放せなかった。


14,南へ おわり
⇒挿絵ページ
⇒塔本編へ (上記の「まえ一緒にアルブに着いた時」のエピソードは 塔1の35参照)

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