13,王座の鍵 


王座の間はもう何年も閉ざされていた。鍵がない。開かない。
公式な勅命を出す時にのみ、王座の間は開かれていた。そこにある椅子に座る人間こそが真の王の証だった。
この場所だけは何世紀も昔から王座の間として機能してきたらしい。扉もしかり、鍵もそれはそれはものすごいアンティークだった。
勅命はそうしょっちゅう出るものではない。気がついた時にはなくなっていた。
王の間にある暖炉のレリーフの裏に隠されていたその鍵は、忽然と姿を消していた。
都から少し離れた町にあるその王座の間のある城も、現在の、いや、先の王が使っていた城も隈なく捜索された。
しかし、鍵は見つかる事はなかった。

「お母様?」
小さな少年は、母親を見つけてかけよった。
母親はいきおいよく振り向いた。
「・・・・スピカ。」
ほっとしたように微笑んでスピカを抱き寄せた。
「どうしたの?」
「なんでもない。だめじゃない、この時間うろうろしていたら。」
スピカは頷いた。大きな目で母親を見つめる。
「それに・・・お父様がいらっしゃらないときは、お母様だなんて呼ばなくていいのよ。誰も叱らないわ。」
「・・・・お母さん。」
スピカは笑った。母親も笑った。
「なにしてるのお母さん。」
母親の手を取って歩きだした。
「なんでもないの。さ、部屋に帰りましょう。」
「うんっ。」
無邪気に笑う子どもだった。愛しい。母親は笑った。
だけどスピカは見た。母親の手に握られているのは鍵だった。
近頃、母親の様子がおかしかった。
妙に黙り込む。そしてスピカを抱きしめる。
心配だった。
だから外に出てはいけない時間に廊下を走り、母親の元へとやってきた。

ある日。不意にあの日がきた。
母親はずっとスピカを抱きしめていた。泣いてるようだった。
「お母さん、お母さんっ。大丈夫?おなか痛いの?」
母親は無言で首をふってスピカを抱きしめつづけた。
「スピカ。」
名前を呼んだ。
「スピカ。スピカの名前はね、私が付つけたのよ。」
「・・・・そうなの?」
「そう。闇に光る、青い星の名前よ。」
「星?僕、星なの?」
頷いた。スピカは微笑んだ。
「素敵だね。」
母親も微笑んだ。
「忘れないでね。私は、あなたのことずっといつも愛してるから。」
「・・・・僕もお母さんの事は大好きだよ。」
抱きしめかえした。
母親はスピカの額にキスをして、そして立ち上がった。
スピカはその母親の姿を目で追う。
母親は、おもむろに鍵を取り出した。それは紛れもなくあの時持っていた鍵だった。
そしてそれを飲みこみ、水で喉に流し込んだ。
苦しそうに飲み込んだ。
「お母さん、どうして鍵を飲んだの?」
「・・・ここを終わらせるためよ。」
微笑んだ。意味が分からなかった。
「ここにふさわしい王なんていない。スピカ。」
「?」
「逃げて。」
「え・・・?」
そのまま母親はスピカを暖炉の奥へ隠した。そしてカーテンをしめる。
父親がやってきた音がした。
「お父様。」飛び出そうとしたが、カーテンの向こうにいる母親がスピカを出させない。
「クレイ、ここで何をしているのだ?」
父が問う。
「お話がございます。」
「話?今少し忙しい。夜でいいだろう。」
「いいえ。今です。」
母親の声はいつもとは随分違った。怒った様な、はりつめた声だ。
「この国にもう王はおりません。あなたは、王にふさわしい人間ではありません。」
「・・・なに?」
「この国はあなたで終わります。あなたが死にたえ、それでこの国は滅びます。」
「何を言っている。」
「真理です。」
王は怒った。
「調子に乗るなよ貴様、何様のつもりでものを申しておる。」
「ただの妾ですわ。あなたが権力で手に入れられた、ただの卑官です。ただの子娘ですわ。」
スピカはなにがなんだか分からなくて混乱した。何の話をしているんだ。
「私はあなたを愛した事なんてございません。あなたの人形でいただけです。あなたのその驕った力でねじ伏せられた幾多の女の一人です。」
「貴様何を言っている!」
「真実です。あぁ、ご存じなかったんですか?滑稽ですわ。」
母親が笑った。それは非常に皮肉を含んだ笑い方だった。
怖い。
スピカの身体が震えだした。
「あの子は、あなたのお子ではありません。この国に後継はおりません。」
衝撃が王の身体を突きぬけた。
空気が固まった。
母親が殴られた。
父と思っていた男は、ヒューズがとんだようにかっとなって母を殴っていた。
それでも母親は泣くような真似も、叫ぶような真似もしなかった。
強く、優しい目で男を睨んでいた。
「私を殺められますか。それもいいでしょう。だけど何も元には戻りません。失くした物は、帰ってはきません。力や、財で、操れないものもございます。そのことを御知りなさいませ。」
口元は笑っていたかもしれない。そのはっきりとした口調が王を刺す。
「人を呼べ!ハインリヒ!」
扉に向かって王は叫んだ。すぐに何人かの兵士達がやってきた。
「この野卑を捕らえろ!牢にぶち込んでおけ!」
母親は捕らえられる。だが、その態度は毅然としていた。
お母さん!叫びそうになる。だけど、口を必死で抑えた。
母親は一瞬振り向いて微笑んだ。そして声を出さずに言った。
「逃げて。」
スピカの頬を伝う汗が落ちた。
今体を襲う様々感情で、スピカの頭の中は破裂しそうだった。
だけど脳は分かっていた。
逃 げ な く て は な ら な い。
誰もいなくなったのを見計らって、スピカは走り出した。
誰も通らない道なら自分が一番知っている。隠されて育てられてきたんだ。

「スピカっ。」
はっとした。
「え?」
振り向く。
「手が止まってるわよ。妄想を昼間っからしないのーっ。」
「・・・はは。」
頷いて仕事に戻る。
妄想してたわけじゃない。回想してたわけじゃない。
ただぼーっとしていた。
あの染糸工場だった。
城から盗んできたお金がそこをついて、色々なところで働いていた。その一つだ。
「ねぇねぇ、王座の鍵が紛失してたんだって、知ってたー?」
「あんた古い。それいつの話?かなり昔にそれ発覚して騒ぎになってたじゃない。」
「・・・王座の鍵?」
尋ねる。
「知らないの?スピカ、だめね、常識のない男の子はもてないわよー。」
「あはは・・・。で、なにそれ?」
「王座の間の鍵よ。ほら、アトホスの方にある、なんだっけ、あの遺跡的な城。」
「城・・・?都以外にもう一個あるの?」
首をかしげる。
「スピカ、本当に何も知らないのねっ!あそこは昔から聖地とされてて、超重要な勅命とか式典の時はあそこを使うのよ。真の城って感じ。」
「・・・・へぇー。」
「でね、そこの王座のある間は古代からずっとそのままで。」
「そんな古代じゃないわよ。」
「言葉のあやよ。それくらい古くって。鍵は一つしかないの。それも超複雑なやつ。」
「うん。」
「その鍵がなくなったらしいの。3年ぶりに使うことになって、開けようとしたら、無かったんだって!」
鍵・・・。ひっかかる。
「それ、どんな鍵?」
「見たことないから知らないわよ。」
「・・・・へー・・・。それって大事なんだ。」
「あたりまえでしょ!あの椅子に座る人間こそが真の王なんだからっ。扉が開かないんじゃね。」
「・・・。・・・・・・・・・・・・あ。」
はっとする。
「なに?」
「あ、ううん。なんでもないっ!あ、ほら、オーナーがくるよ!仕事っ!」
「やっば!」
仕事に急いで戻る。
桃色に糸を染める。
作業をしながら、渦巻いていた。あの日母親が飲み込んだあの鍵・・・。あれが王座の鍵だったんじゃないだろうか。
「この国にもう王はおりません。」
彼女はそう言った。あぁ。そうか。目を閉じた。母親は、死をもって、この国を終わらせたんだ。涙が滲んできた。
「こら!」
「うわ!」
オーナーがそこにいた。
「お前、手が止まってるぞ!働かせてやってるんだからしっかり働け!」
「すっ!すみません!」
頭を下げる。
「あーっオーナー!あんまり怒るからスピカ泣いちゃってるじゃない!」
「えぇ?」
オーナーは驚く。
「やっ!これは違うんですあの・・・・!」
恥ずかしい。顔が赤くなる。
「すみません!眠くって、アクビです!気にしないで下さい!」
「・・・・寝るなよ?」
「はい!」
頭をさげて、作業に戻る。
後で皆が慰めてくれた。
その時は、本当に涙があふれて止まらなかった。
怒られて泣いたってことにしといた。
泣き虫なのは、ずっと治ってない。


13,王座の鍵 おわり
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