11,魔女の粉


「魔女の粉・・・?」
「そう。無味無臭で、水に溶かすと無色。猛毒の粉だよ。」
セツはふーん、とどうでも良さそうにいった。
「所詮幻の粉なんだろ。」
「まあな。でも過去の数々の暗殺に使われてきたって話だぜ。歴史の影でいつもうごめいているんだ。ミステリアスだろ?」
「で、それは魔女が作ったのか?」
「錬金術の実験段階で生まれたらしい。」
「なんだそれ。ミステリアスっていうわりに結構話は固まってるじゃないか。」
「はは。そういうもんだよ。人の噂なんて。」
「馬鹿馬鹿しいな。」
「そういうな。セツ。」
セツは立ち上がっていた。
「帰る。」
「どこにいくんだ?宿取ってないんだろ?」
「・・・あぁ。そこらへんで寝る。」
「っておいおい・・・っ!」
無視してバーを出た。
宿を取ろうとしたら身分証の提示を義務付けられた。もしくはいくらかのお金。
「なんだよつれないな。」
「お前がなれなれしい。」
ついてくる。この町で出会った男だった。
「もうちょっと聴けよ。」
「なんだよ。」
「魔女の粉の話。」
「・・・密売者かお前は、なんでそんな粉の話ばかりする。」
「まっさか。魔女の粉なんかただの伝説上のアイテムだぜ?」
「じゃあなんだ。」
「御話屋さん。」
彼はにっこり微笑んだ。なきぼくろが在る。
「・・・・・・・・・・・。はぁ。」
ため息をついた。
「悪いけど、金払ってまで誰かと寝たくない。」
「じゃあ、宿は?」
「宿?」
「俺の宿。部屋代払ってくれるならこっそり泊めてやるよ。要らないか?」
「・・・ベッドは?」
「そっちに譲るよレディー。」
「・・・いくらだ。その宿は。」
夜盗で寝れない事に、最近疲れていた。
だから、その話に乗った。
それに男一人くらいいなら、倒す自信はある。

「それで?」
セツはベッドに座って言う。
「ん?」
「そのお前の持ちネタ。続きは?」
「魔女の粉?」
「あたりまえだろ。宿代払うのはいいとして、プラスさっきの酒代全部持ったんだ。話でもして貰わないと割に合わない。話屋なんだろ。金の分だけ働け。」
「あははっ。セツ。お前意外に饒舌だな。」
軽い男だ。セツはため息をついてランプの灯りをつけてから、部屋の明かりを消した。
「でも俺床で寝るしな。おあいこじゃねぇ?」
「寝袋かしてやっただろ。」
饒舌なやつに饒舌とかいわれたくない。そいつはいそいそと寝袋に入ってにっこり笑ってこっちを見た。
「魔女の粉はな。」
セツもベッドに横になってソイツを見る。
「400年前に起源はさかのぼる。」

前王朝の末。
王はひとりの美しい王妃を娶る。
名前はシュイ。
絶世の美女と謳われた彼女は子爵の娘だった。
丁度ブロイニュあたりの家の娘で、当時のブロイニュは魔女たちの村がたくさん残っていたらしい。
婚礼の日、幾人もの魔女達がその集落で宴を開いたようだ。
しかしその婚礼を境に、王は変貌していく。
少しずつ、少しずつ、その性格が変わっていた。
もともと善政をしいていたとは言いにくかったその政も次第に崩れていった。
王はたびたび理性的な対応が出来ない状態に陥り、衝動的に人を罰し、殺め、突飛な法政を行なった。
シュイは表立って出てくることはなかった。
むしろ、婚礼以降その召使以外シュイを見るものはいなかった。
在る日、正妃が死んだ。
王が死罪を命じたからだ。
理由は今ひとつ知られていないらしい。
その頃には王はすでにほとんどすべての髪の毛が抜け落ちて、齢30後半のはずなのにその姿はまるで老翁のようであった。
人々は王は悪魔に取り疲れただの、発狂しただの噂していた。
その一年後、今度は第二妃が死んだ。
塔の上から飛び降りて死んだらしい。

「・・・それが魔女の粉の力なのか?」
セツが尋ねた。
「話は最後まで聴けよセツ。」
そいつはにッと笑った。

次は第三妃の番だ。
そう思った三妃は身を震わせて、この異様な城内の変異を調べさせた。
三妃は四人の王妃の仲で一番頭のいい女性だった。
名前はユナ。
誰も信用は出来ない。
そう確信した彼女は一番信用のおける侍女一人に命じて城の中での変わった動きを調べさせた。
だが、その侍女は命を受けた次の日に死んでしまう。
不思議に思ったユナはすぐに侍女の死因を調べさせた。
明らかにおかしな死に方をしていたからだ。
まるで、眠るように死んでいた。
老衰で、ゆったりと眠るように死に落ちていった人間のように。
外傷は零。
毒を盛られたにしても、その皮膚にも、唇にも、唾液にも、なにもおかしな点は無かった。
なにかを食べたのだとしたら?ユナはすぐに侍女の体を開けさせた。
だけどおかしなものは何一つとして出ては来なかった。

「・・・へぇ・・・。そのころから、医療で人の肉を截つっていうことしてたんだ。」
「観点はそこか?」
ソイツは笑った。

だけどこれは確実に毒だ。でなければ、こんな風に突然人は死なない。おかしい。
ユナはそう思って今度は自分の足で夜中、城の廊下を歩いた。
ユナは気付いていた。
この異変は紛うことなくシュイが城に入ってきてからだ。
彼女は真っ先にシュイの部屋へと向かった。
だが、シュイはそこにはいないようであった。
王の部屋か。
その足で王の部屋へと向かった。
そして、沈黙が拡がる真夜中にユナは目にする。
―――シュイ!
声を上げそうになる。
シュイは眠る王を一人床へ残し、机で行なっていた。
間違いなく、毒を盛っていた。
白い粉が月明かりで微妙に光る。
それをデカンタになみなみ入る水へ。
ユナは息を飲む。
一度しか見た事がないが、日の下で見たシュイとは違う。
違う。これは、魔女だ。
美しい顔で笑う。だがその目には光は灯ってない。
ユナはその場を走って逃げた。
そのまま城を出て、真っ直ぐに都から離れた。
数日後、王は没して、王朝はそのまま幕を閉じた。
シュイの姿はもう何処にもなかった。
王の身体からなんの異変も見られなかった。
年のわりに随分老け込んでいたことをのぞけば、そのほかのことは健康な人間と変わらなかった。
なのに、死んだ。

「証拠を全く残さず、自然に、殺せてしまうところが魔女の粉の特性だよ。」
「・・・・・・・・で?ユナはどうなったんだ?」
「おいおい、セツ。普通ここで『こわーい。そんな粉おそろしいわー。』ぐらい言うもんだぜ。」
「ユナは?」
無視して尋ねる。
「ユナはね。その後、魔女たちに捕まってしまったらしいよ。」
「・・・・・殺されたのか?」
「まさか。魔女たちは善良な人間を殺したりしないよ。」
「殺したろ。正妃と2番目の女と、それから侍女。」
「侍女はきっと秘密を知ってしまったから。あとの二人の女は、民の税金で随分贅沢な生活をしていたらしいよ。民を苦しめる王への罰を魔女たちはしたんだよ。」
「・・・・なるほど。よくわかった。魔女に目を付けられるような王にろくな最期はない。ってことが。」
ソイツは笑った。
「御話はおしまい。」
「・・・・ありがとう。」
セツは毛布にくるまった。そしてソイツに背をむける。
「あははっ、お礼言われるような話じゃなかっただろ。」
「あぁ。売春には向かないロマンチックとはかけ離れた話だったよ。」
「まさかセツ。本当に俺が売色男だとおもったの?」
「違うのか?」
「普通女がするだろ?そういうこと。」
「・・・まあな。でもいるんじゃないか?飢えた女も。」
「ただセツがちょっと淋しそうだったからさ。」
セツは振り向いてソイツを見る。泣きボクロが見える。
「夜、お喋りでもしてあげようと思っただけ。ただ宿とただ酒付きで。」
「・・・・・・・・・・・・・。そういうの、売笑っていうんだよ。」
「そうかもね。おやすみっセツ。」
「・・・襲ってきたら容赦なく切るからな。」
「はいはい。そっちがムラッと来た時は遠慮なく言ってくれていいからな。」
「・・・・・・・。おやすみ。」
その日は久しぶりにゆっくりと眠ることができた。
なんだったかな、ソイツの名前は。忘れてしまった。

11,魔女の粉 おわり
⇒塔本編へ
⇒魔女の粉を題材にした小説『ラピス・ラズリの琥珀』へ (まだ準備中)


■12,恋人■□□

■ホーム■□□   拍手   意見箱   投票

■シリーズもくじへ■

inserted by FC2 system