「・・・大伴先輩。」
「!」
夕方。ぼおっとベンチに座って空を眺めてたら声をかけられ振り向いた。
「・・・あー・・・えーっと・・・。」
誰だ?
「覚えてないっすか。一応昔同じ地区に住んでたんすけど・・・。」
「あ・・・。五中の・・・、三河の捕手・・・?」
なんかこの眠たそうな目つき、なんか知ってるぞ。
でも名前が出てこない。
「そうっす。今は花阪で捕手ですけど。」
「・・・え・・・。」
「一応春から練習行ってたんですけど・・・」
春。
新入生が春休みから練習に来る。でも俺は、卒業してから部に近づいてない。
「・・・いなかったすね、そういえば。」
「・・・あ・・・ああ。うん。悪い・・・。」
「なにしてるんですかこんなとこで。」
「え・・・あ。別に・・・。散歩がてら。」
渡辺は不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。
「今帰りか?」
「ええ・・・まぁ。バッティンセンターにでもよってこっかなと思って・・・。」
「・・・。」
野球のにおいがする。
ああ、まだ細いな。
でも冷静そうだ。
意外とバランスいい体格だし。
「先輩暇っすか。」
「え?」
「よかったら、ちょっとアドバイスもらえません?」

夕空が光ってた。

っバシ!
「・・・・・・・・・。」
バシ!バス!バシ!
バッティングマシーンから放られる白い球が、渡辺の黒いミットに吸い込まれる。
いい音だ。
「どすか。」
「うん。いいと思う。ただ低いボール来た時も基本姿勢崩さないように常に気張っとくべきかな。時々ひやっとする。」
「大伴さんやってみてください。」
「ええ?」
「俺、金払うんで。」
ガチャン。
問答無用で突っ込まれる百円玉に機械は素直に反応する。
「う、わ。」
あわててグローブを受け取り定位置に座る。
あ。
なんか。
ッバシ!
久しぶりの右手への衝撃が、体にずしりときた。
もう一球くる。
「っ!」
バシィ!
続けてもう一つ。
バシイ!
――― んの野郎―。
「って渡辺お前なあ!何も言わずに変化球に設定変えるかフツー!?」
「いや、ためしに・・・。」
「一言いえよひとこと!」
さっすが三河アサヒの性悪女房!
「でも、全部綺麗にとったじゃないっすか。」
「は・・・?」
「やっぱり、すごいなと思いました。」
「・・・・・・・・・。」
脱力した。
そんなに素直にほめられたらなぁ。もう。
「・・・大伴さん。」
「んー・・・?」
あきれてたら、すごい真面目な顔で見つめられた。
ドキリ、とする。
「捕手、教えてくれませんか?俺に。」
「・・・・・。」
ああ。心臓が。
「俺、ショータのフォークを捕り続けたいです。・・・あのフォークはまだまだ進化する。いや、させてもらわないと困るし。・・・でも俺、それについていく技術を身につけるために大伴さんから盗める技術全部盗みたいんです。」
ショータ・・・、ってさ。
呼び捨てにされてんぞ、ショータ。
「それってさ・・・。」
「はい。」
「甲子園、目指すため?」
「・・・。」
一瞬黙る。
「目的はもっと別のところです。でも、それは目標の一つです。俺は。」
真剣な目だった。
「あの球で、すごい打者をうちとりたい。どこででも、甲子園でも。たくさん。」
「・・・。」
「俺は、花坂は捕手がネックだと思ってます。二人の捕手が抜けた穴がまだまだでかい。だから・・・大伴さん。俺に、教えてください。」
心臓がしまる。
「・・・・・・・・・・・・。」
黙ってしまった。
その間も渡辺はじっとこっちを、にらむみたいにしてみてくる。
すっげー真剣。すっげー必死。
俺は、ゆっくりとうなずいていた。
言葉はやっぱり喉を通らなかったけれど。
うなずいていた。
「ありがとうございます!・・・よろしくおねがいします!」
渡辺は深く深く礼をした。


「モト?うん。いや・・・わり・・・。うん。そっか、お疲れ。」
電話越し。
俺はすっげー久しぶりにモトに電話した。
「なに・・・いや。はは・・うん。いや、報告しようかなって・・。はぁ?!彼女じゃねぇえよバカ!」
笑う。
「・・・ん。そう。違う。うん。」
息を吸い込む。
「なあ、モト。俺、花坂のコーチになるよ。」
ええ?!と大きな声で驚くから、電話の音が割れる。
「うん。うん。・・・違うって。」
はは、と笑う。
「目指したくなったんだ。」
え?と言う。
「もう一度、甲子園優勝。」

そしてそれには、俺にできることがあるんだって、知ったから。

あとがき

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