合宿まで、あと2週間。                                     

「ツゥイーッス!」
がし!
「うわ!また!」
三善が抱きついてきてた。
「やめろよキモイな!」
「昨日どうだったー?」
「え?」
こいつ、俺がフォーク習ってるって気付・・・――
「チューぐらいしたんだろぉー?」
「・・・。」
そっちか!
「してねぇ!ざけんな三善!」
「だって、あの美河アサヒだぞーっいいなぁ羨ましいなぁ!」
あの・・・って。
「なぁ三善!やっぱり美河って有名なのか?!」
ばっと振り向いて訊いた。
「えぇ?あったり前じゃん。」
やっぱり!野球の関係者なんだ。
「ナチュラル悩殺美人!ボタン二つはやべえよなぁーっ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
そっちかッ!(二度目)
「てめぇに訊いた俺がバカでした!」
「なんだよー。いいなぁ、あいつやらしそうだもんなぁ!」
「死ね!」
「あの美河慎之介の姉ちゃんだもんなぁ。」
「・・・・え?」
「しらねぇの?」
「・・・しらね・・。」
「まじで?地区のシニアの超すごいピッチャーじゃん!」
「・・・超すごい・・・?」
「すっごい切れのある変化球投げるんだぜ。お前しらねぇんだ。」
「・・・しらね。」
「球も速いし!うわー!対戦したかった!」
「・・そいつ何年?」
「3年だよ。生きてたら。」
心臓がしまる。
「・・・いき・・・てたら?」
三善の表情が引きしまる。頷く。
「死んだんだ。交通事故で。去年。」
何を言ったらいいのか、わからなくなる。


「い・・・いつ?」
「秋。」
秋。一瞬アサヒの顔が浮ぶ。
『・・・昔。』そういった時アサヒの顔、憂ってた。
あぁ、そっか。弟が教えてくれたんだ。きっと。
「おう、ショータ、三善。」
「うお!センパーイ!」
「あ、ちわっす。」
振り向けば、大伴裕也先輩が手を振って近づいてきてた。
「昼休み終わるぞぉ。」
「あと3分ありますよぉ。」
にーっと笑って三善が答える。うらやましいやつだ。いちいち。先輩相手にも自分のペースで接している。
ヒトミシリって言葉、きっと知らない。
「ショータ!」
「あ、はい!」
「最近調子悪そうだけど平気か?」
どきっとする。やっぱ。ばれてるよな。そりゃ。
「あ、はい・・大丈夫です。」
「大伴さーん!聞いてくださいよコイツ!コイツ女できたからってきっと浮かれてるんですよ!」
がしっと捕まれる。
「いい加減にしろよお前は!違うんですよまじで!」
「へぇー?やるじゃん、誰、誰?」
乗るな!
「同じクラスの美河アサヒって女っす!」
「・・・美河?」
「だから!違うんですってば!」
「美河って、あの美河?」
え?
「えー?先輩も知ってるんすか?!や、っぱりボタン二つは高学年にも見られてたかぁ。」
「ボタン?」
大伴さんは首をかしげた。そして笑った。
「美河って、五中の美河だろ?」
「あ、はい。」
「知ってる知ってる。俺も五中だもん。」
「え?そうだったんですか?」
「一年前に引っ越したから今は地区違うけど。五中の美河っていったら有名だぞ。へぇ、ここ入ったんだ。」
「有名って・・・。超すごいピッチャーの姉ちゃんだからですか?」
そういう風に有名になるって、あるのか?
「違う違う、投手として!」
と、投手?
「俺ら五中の連中って、野球部ないから皆シニアに行っちゃうんだよね。だから同好会しかないんだけど。


その同好会の投手だよ。あの子。」
「・・・・は?」
「あれ、知らずにつきあってんの?」
つきあってない。
「でも一年足らずで辞めちゃったらしいけど・・・。なんか親に隠してやってたんだって。それがばれちゃっ
て、みたいな。」
「なんだそれぇ?」
三善がわけわかんないという顔をした。
「それからかな?弟の慎之介がめちゃくちゃ活躍し始めたの。」
「・・・・・へ、へぇ・・・。」
「ま、なんにしても!しっかりやれよ!野球も恋愛も!文武両道!赤点取ったら合宿無しだぞ!来週からテス
トなんだからな。じゃあなぁ。」
大伴さんはいってしまった。
「俺らも行こうぜ。お前、次、なに?」
「化学。あ、っていうか!お前教科書!」
「あ!やべ!忘れた!」
「ざっけんな!死ね!」
横のやつに、見せてもらう破目になった。

「・・・アサヒっ。」
アサヒが振り向いた。放課後、清掃時間。
「何?」
あ、やべ。周りの眼が気になる。
「き、今日さ。暇・・・?」
「・・・うん。いつも暇。」
「あの、もし迷惑じゃなきゃ、今日・・・。」
「いいよ。今日も見てあげる。」
「あ、ありがとう。」
「うん。じゃ、部活頑張って。待っとくから。」
あ。
アサヒの眼が、俺の顔を写してる。
『部活、頑張って。』
『親に隠してやってたんだって。それがばれちゃって。』
もしかして。
もしかしてアサヒって、本当は野球、やりたいんじゃ・・・。
「あ。」
ぼーっとしている間にアサヒは居なくなってた。

「合宿最終日、東嘉大付属と練習試合を執り行うことになった。」
監督が言う。
東嘉・・・。去年、夏の県大会でベストエイトにはいった学校だ。
「気会いいれていけよ!」


「はい!」
俺、おさえとして使われたりするのかな。どきどきした。
・・・うわ。緊張する。やばい。格上との試合。
「ショータ!」
「え?あ。はい!」
「お前が投げるんだぞ。」
「・・・へ・・・?」
「いいな。」
「・・え・・え?あ、・・・ハイ!」
頷いたものの、頭の中は真っ白だった。青木の眼が気になった。やっぱりあいつはこの合宿のメンバーにあん
まり納得してなくて、メンバー発表依頼話してない。それはそうだ。推薦組みだ。あいつは。
それに引き換え、俺は、たんなる、平々凡々がとりえのピッチャー。なのに、先発。
もう・・・監督!・・・・何考えてんだよ!
叫びたかった。


「力、入ってるよ。」
「え?」
「力んでる。落とそうと考えすぎだよ。」
「・・・あ、そ、そうかな?」
アサヒは頷いた。貸してあげたグラブをならしている。
「取ってあげれたらいいんだけね。」
「あ、いいよ。キャッチャーって難しいよね。」
「・・・ちゃんと座れれば取れるよ。」
「・・・あ、そう?」
座れれば?取れる?どう言う意味だろう。
「あと20球。それ以上は駄目。」
「・・え・?でもまだ全然・・・。」
「無理して壊したら意味無い。」
「そうだけど・・・!・・・俺!」
青木の顔が思い浮かぶ。
焦る。焦る。あいつが納得できるような投球をしないと、きっと俺、あいつとはずっと話せそうにない。絶対
合宿までにこの変化球完成させなくちゃ。絶対・・・。
「・・・・・・・・・・・。」
アサヒはその後、ずっと黙ってた。

アサヒは、毎日つきあってくれた。そんなに暇なのか。優しいのか。やっぱり、野球に関わってたいからなの
か、よくわからないけど。
「・・・明日からテスト期間だね。部活、無いんでしょ。」
「う、うん。無い。」
「そっか、どうする?」
「どうするって?」


「練習、ここでするの?付き合おうか?」
なんでそんなこと、言ってくれるんだろう。
「あ、でも悪いだろ。アサヒだって、勉強。」
「私はいいよ。赤点なんか怖くないし。」
「・・・俺も、多分赤点取るようなことは無いと思う。・・・から、する。練習。」
「そっか。じゃあ、つきあうよ。」
アサヒは空を見た。暗い。暑い。夏が迫ってくる。ずんずんと。怖い夏が迫ってくる。
「なぁ、アサヒ・・あのさ・・。俺、じょ、上達してる?」
怖い質問をした。分かってる。返答なんか。
「ううん。あんまり。変わってない。」
あぁ。くそ。悔しくて涙が出そうになった。
「でも、あとはコツを掴むだけだよ。それさえ見つかれば、投げれるよ。きっと。」
「・・・イメトレだって!」
大きい声を出してしまった。
「してるんだ・・・授業中だって・・・ボール・・・離してない。でも・・・俺、変化球なんて・・・。」
だめだ。今、俺、情けなさ過ぎる。でも、止まらなかった。
「本当は、できないんじゃないかって・・・。思っちゃ―――」
「投げれるよ。」
朝日が俺の言葉を遮った。
「投げれるよ。変化球は、才能じゃない。」
「でも・・・!」
「投げれる。まったく、てんで才能が無かったみたいなやつだって、皆が息を飲むフォークを投げれるように
なった。」
「・・・だ」
誰?
「諦めたら終わるんだよ。終わりたいなら、諦めなよ。」
ぞくっとした。アサヒの言葉。体をつきぬけた。諦める?終わる?投げるのを、諦める?
「・・・・やだ・・・。」
嫌だろ、そんなの!
「やだ。俺、やるッ。」
「・・・うん。やろ。」
アサヒはうっすらと笑った。
「でも、今日は帰ろう。もう、なんだかんだ、遅いし。」
「え?え、今何時?」
「10時。」
「う、うわ!ごめん!送るよ今日こそ。」
「平気だって。」
「駄目!遅らせろ!」
叫んでた。
「・・・わかった。」
「あ、よ、寄るとこあるんなら、もちろんそこに送ってくし。」

「・・・ううん。今日はいい。行くなら一人で行きたいから。」
「・・・あ、そう。わかった。じゃ、家どっち?」
片付けを始めた。
「ここから歩いて10分位かな。」
「うん。オッケ。」
アサヒは嘘つきだった。
家までは、15分かかった。チャリで。


「ショータっ。」
「なんだよ堺。」
堺、同級生の野球部のメンバー。セカンド。体が小さくてすばしっこいやつだ。
「なぁ、お前、まじで美河とつきあってんの?」
「あほか、誰だそんなの言った奴。」
「ほぼ全員が口をそろえて。」
どいつもこいつも。・・・でも、悪い気はしない。
「あいつの弟まじですごかったなぁ。」
「・・・なんだお前も知ってんの?」
「しってるよ。俺シニア出身だもん。」
「あぁ・・・。あ、じゃあ、お前さ。その美河の弟の投球のビデオとかある?」
「あるよ。もちろん。超研究したもんよ。」
「貸せ!」
「じゃあこの前かしたビデオ返せ。」
「・・・どれ?」
「あれだよ。」
「・・・あぁ。」
そういえば。
「じゃ、今日俺ンち来いよ。帰り。寄ればすぐ貸せるぞ。」
「・・あ、今日は・・・。」
でもアサヒ、掃除当番だったな。こいつの家はこっからチャリ10分圏内。
「おけ。でも即行だぞ。」
「おうよ。」

堺の家についたら、すぐにビデオを付けた。今すぐ見たかったからだ。
「自分ちで見ろよ。」
「ちょっとだけ!一回だけ!」
釘付けになった。
「・・・・・・・・あ・・・。」
ごくん。
「麦茶だよー置いとくねぇ。」
おばさんが麦茶を置いてくれる。声を聞く。でもそんなの、そっちのけだった。
・・・このフォーク。このシンカー・・・。あ、ちょっとのスライダー。まっすぐ。アサヒだ。      


アサヒが投げるそれに、よく似ている。っていうか。これは、アサヒなんじゃ?と思うほどだ。
「なぁ、お前さぁ。」
「え?」
「・・・お前ってさぁ、投手っぽくないよな。」
「へ?」
「なんていうかさ。俺が中学まで後ろ守ってた投手たちって・・・お前とは違うタイプだったんだよなぁ。」
麦茶を掴んで堺が言う。
「つまり?」
「なんだろな。わっかんね。でもさ。たぶん。もうちょっと御山の大将って感じでいいんだと思う。」
「・・・大将?」
「頑張れよ、合宿、ってこと!」
「・・お、おう、ありがとな。」
「・・・死んじまったんだよなぁ。こいつ。」
堺は画面を見て呟いた。
「・・・悔しいな。畜生。一本も打てなかった。」
「・・・やっぱすごかったんだな。」
「おうよ。忌々しい捕手がこいつの女房でな。」
「なんじゃそら。」
「まじで!あいっつまじで性格悪いんだって!かー!思い出しただけでも腹立つ!むかつくリードばっかだっ
た!いつも眠そうな顔してるくせに!」
「は?」
「・・・でも、あいつが多分、一番ショックだったんだろうな・・・。相方、いきなり居なくなっちゃって。」
「・・・うん。」

人が居なくなるってどういう感じだろう。身近な人が、消えてしまうのは、一体どういう感覚だろう。
アサヒは、傷を負ったはずだ。その傷って、どうやって、埋めてくんだろう。
「なに?」
「え?」
「なんかボーっとしてるから。」
「してねぇよっ。」
笑って見せる。
「そっか。」
「・・・なぁ、アサヒ。」
「うん?」
「俺らのさ、マネジ・・・とか、やらない?」
止まる。空気。
「・・・野球、好きなんだろ?」
アサヒは答えない。じっと見てくる。
「アドバイスも的確だし、向いてると思うんだ!」
「・・・野球は・・・。」
アサヒは笑った。でも悲しかった。

「・・・野球は、近くで見たくない。」
「・・・え?」
あ、もしかして。
もしかして。弟のこと、思い出してしまうから・・・?でもだったらじゃあ、なんで俺に教えてくれるんだ?
「さ、頑張って、投げて。」
「う、うん。おう!」
この日も、コツとやらを掴む事は出来なかった。


































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