真文国3万5千の軍が寒地国5万の兵を叩き1万の兵を捕虜として捕らえた。九虎の一虎、薫乃が戦死し、さらにもう一虎、汪翔が真文国へ投降した事はすぐに、寒地王のもとにまで広がった。
そして、薫省が真文国に落ちたということも。それらは周りの国にまで伝わった。これでまた、真文国は、領地を広げたことになる。

「どうやって、5万の兵を撃ったんですか?」
2ヶ月に及ぶ戦が終わり、さらに2ヶ月ほど経った。戦のいろいろな片付けも終わり、海座に正式に真文国の第7将軍補佐に任命されたときだ。汪翔が尋ねた。
「たしかに真文国の兵力は3万5千でした。それを・・・」
「あぁ。」
海座は平気な顔で言った。
「薫乃は火をみて勝利を確実な物だと思ったんだろ。何も考えずに扉を開け、全軍でこちらの領地に飛び込んできて、まっすぐ燃える砦を目指してきた。俺らが自身で火を放ったとも知らずに。」
「・・・・・」
やっぱり間者はだめだったのか。
「砦には寒地国の間者、とっつかまえといた間者50名ほどを真文国の軍服を着せてつっこんでおいた。もちろん、火を放たれるとは知らなかったあいつらは、火がまわると慌てて砦を出ていくだろ。一つしかない出口を通って。薫乃達はそれを真文国の兵だと思ってますます勝った気になってまっすぐ突っ込んでいく。それしか見えなくなる。」
「・・・・・・」
汪翔は話を聞きながら恐ろしくなってきた。その横で南称は静かに立っている。
「そうだったろ?南称?」
「はい。おっしゃる通りになりました。」
南称が静かに言った。
「そしてもともと砦から少し離れた所に待機しててもらった南称率いる兵がその5万を取り囲む。薫乃達は気がつけば囲まれていただろうな。油断していただろうから。」
実際、まったく言ってる通りになった。そのことを南称はあえて口にしない。海座も分かっているからだ。
「それで10万の敵に囲まれたとなると、さすがの5万の兵も、士気を失って逃げ腰になる。しかも夜、周りが良く見えない状況だ。誰か一人が混乱する、そうすれば、混乱が混乱を呼ぶ。そんな兵力、あっても糞にしかならねぇよ。」
「・・・じ・・・10万の兵を?」
汪翔は驚いた。一体、何処に隠していたのか。
「そう思わせりゃ十分だ。兵一人一人が、松明を5つ括り付けた棒を担いだ。そうすりゃ2万の兵が10万に見えるってわけだ。もちろん近づいたらばれる。が、まあ、ばれてももはや陣形を失って混乱した兵たちだ。真文国の兵にとってはこわくねぇけどよ、戦うのではなく、5万にまとめて火矢を射た。背負っていた火も投げさせた。」
汪翔の頬に汗が流れた。なのに、なぜかそら寒い。
「で。俺と高羅率いる一万五千の兵が、がら空きになった薫省の城を攻め落としたってわけだ。がら空きの要塞になんか一万いりゃあ十分だからな。」
たんたんと海座は語った。汪翔はその笑顔が少し怖くなった。自分より若いこの軍師が。恐ろしくなった。
「ってことだ。で、お前に早速頼みたい仕事があるんだ。」
「はい?」
顔を上げた。
「薫省を、今だけでいいから治めてくれ。」
耳を疑った。
「・・・・な。」
「薫省を治めてくれねぇか?そんなに長くとはいわねぇよ。お前は将軍補佐だしな。」
「・・・そんな!俺はまだこの国に投降したばかりでその様な重要な!」
ついこの間まで敵だった男にこのあいだ手に入れたばかりの領地を治めろと言う。正気なのか。と耳を疑わざるを得ない。
「オレの信頼の証だ。やっぱりやりにくいか?もと寒地国の将だったし。」
「いえっ!・・・そんなことはっ」
ただ。そんな事をする海座に驚いただけだ。
「じゃぁ、やってくれよっ。薫省の民の事、真文国の人間よりは知ってるだろう?」
ぽん。と肩を叩く。ありえないくらいの笑顔。汪翔は断る理由もなく。その毒気のない笑顔に、ただ、頷いた。
「よかった。頼むぜ。」
ふっと笑って海座は背をむけた。
「これからも、きっと・・・戦は続くからよ・・・」
そして、薫城を、後にした。
少し、歩いて、立ち止まった海座は、握る拳の痛みがもう麻痺している事に気がついた。
「海座っ」
声がした。高羅だ。
「・・・・よぉ。どうした。準備は出来たのか?」
横に高羅がつける。
「おぉ。そろそろ出発しようぜ。3ヶ月ぶりだな。城に戻んのは。」
「あぁ。」
海座が笑った。その顔には、もう先ほどの力はない。
「・・・・・・・・・・・。・・・平気か。」
「なにがだよ。」
「・・・・掌だ。」
ばれていた。高羅には。海座がここんところ掌を握りつぶすので、その掌には生々しい爪の傷がついていたことを。
「痛くねぇ。」
「そういう問題じゃねぇよ。」
「・・・・・・・・・・・」
海座は俯いた。そこに楠称がやってきて、二人の深刻な空気を読み、立ち止まった。
「お前は、戦に勝っても、負けても、いつも浮かねぇ顔をするんだな。」
高羅が言った。
「・・・・」
「割り切れ。」
風が吹いた。
「手厚く、弔ってやればいい。」
南称も俯いた。
海座は無言で歯を食いしばる。
「でもっ・・・!」
海座が声を殺すように叫んだ。
「誰もが・・・帰る場所があるんだよ・・・っ・・・!」
「・・・・・・・・・・・・」
もう、高羅は何も言わなかった。
だって海座は、きっとこの先もこういう風に悩む。悔やむ。
だって海座は、誰も死なないで欲しいって、思ってる。
「つくづく、時代が恨めしいぜ。」
高羅がそれだけ呟いて海座の頭にボスッと手を置き歩き出した。南称はその後を気付かれないように歩き出した。
そして、海座達は、いったん城へ、戻っていった。


「海座っ高羅!!!!!」
美木が帰ってきた二人に飛びかかるように走っていった。
「おう!美木!」
高羅も駆け寄る。城門付近。海座は歓迎の民の中に、一人を探していた。
「おかえり。」
「うおぉぉお!」
突然耳元で声がして海座は馬から転げ落ちかけた。麗春が、馬にひらりと飛び乗っていた。
「てめっ!突然くんじゃねぇぇぇぇええ!!」
叫んだ。心臓が恐ろしくなっている。脅かすな。
「失礼よ。あんた。わざわざ迎えにきたのに。」
麗春が殺気を飛ばす。
「スミマセン・・・」
即答。
「サイファなら、多分、来てないわよ。」
「あぁっ!?」
海座が動揺して吠える。
「うっさいわね。とにかく早く城に入りなさいよ。後ろつかえてますけど。」
「スミマセン」
海座がしぶしぶ城の奥へと馬を動かした。

「軍師っ」
城に入るなり、すぐに文王が飛び出してきた。
「うぉっ」
「よくご無事で!よく頑張ってくれたっ」
ぶんぶん手を握りながら文王は叫んだ。
「・・・や・・。俺は・・・。」
「風呂の支度は出来てるから、ゆっくり汗を流して来い。その後、来てくれるか?」
「・・・ぁ・・いや・・・。はい。」
海座は少し笑って頷いた。その笑顔に影があるのは言うまでもない。
「・・・・なんかあった?」
麗春が高羅の横に立ち、呟いた。
「いや・・・。いつもどおりだ。」
「・・・・・ふぅん」
「ただ。ちょっと、弱い所が出ちまってるだけだ。」
「・・・・・・・・・・・。そう。」
麗春と高羅は黙って海座を見つめた。

「は――――・・・・・・」
風呂の中で、海座が大きく、長いため息をついた。
「長いため息だね。」
「!!???」
バッシャンッ!!
突然美木の声がして海座は驚き、顔からお湯へ突っ込んだ。
「みみみみ・・・!!!」
「外だよ。うっさいなぁ。」
美木の声だけが浴場に響く。
「・・・・・はぁ・・・。脅かすなよ・・・。」
海座が髪の毛をお湯でビシャビシャにしながら言った。しばらく沈黙になった。
「・・・・・なぁ美木・・」
「お帰り。」
遮るように美木が言った。
「え・・・あぁ・・おぅ。ただいま・・・。」
「帰ってこれて・・・よかったよ」
美木が静かに言った。
「・・・・・・おぉ」
バシャ。
海座はお湯をすくっては宙へ投げた。
「で。なんか・・・用なのか?」
美木は少しの沈黙の後ため息をつく。
「聞きたい事あるんなら聞きなよ。」
「遮ったのはおめぇだろっ・・!」
海座は慌てた。この名軍師の心を読むこの子ども・・・末恐ろしい。
「・・・サイファに渡したか?」
あの金。
「さっき居なかったみたいだしよ・・・」
バシャ。
また宙に舞う。水。
「・・・・受け取ってくれなかったよ。」
美木が静かに言った。
「・・・・あぁ?」
海座が納得のいかなさそうな声をだした。
「受け取れない、って。」
「・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・ま。行ってみればいいじゃん。」
美木が適当に話を終わらせた。
「・・・お。おぉ。」
「ところでさ。海座。」
「あ?」
バチ・・・っ
久しぶりのそろばんの音。
「・・・出発の前の日、帰ってきたの?」
ばっしゃぁぁ!
またつんのめったのか。豪快な水の音。
「・・・・なに。大丈夫。」
美木が静かに訊く。
「お前なぁああ!!!誰にんなこと訊けと言われた!!!??しかも俺は・・・!!!そんっなんじゃねぇぞ!!!誰にそんなこと教わったよ!?!?!?!」
白い髪から水が滴り飛び散る。
「海座達にだよ。ホントにあの部屋教育上いただけないね・・・・・・。」
ため息。

―――あぁ。オレの負けか。麗春も負けだけど。このこんじょなしが。

「陛下。」
部屋に静かに入る。髪はまだ濡れている。
「!・・・っ!よく無事で!」
文王は駆け寄って海座の手をブンブン振った。
「お・・・おぉ」
海座も微笑んで返す。
「わりぃ・・・勝手に領地・・・増やしちまって」
「いいえっ。僕はかまいませんよ。そんなことはどうにでもなります。でも無事でよかったっ」
にこっと毒のない笑顔で笑った。海座はなんとなくやり切れなかった。
「・・・・・・・・けど・・・俺・・・その領地・・・勝手に・・・元寒地国の将軍に預けちまった・・・」
やりきれなかった。文王は初め不思議そうな顔をした。
「・・・・・どうかしましたか・・・?」
海座は応えない。
「・・・・なにか・・・悪いことでもしたみたいな・・・顔・・してますよ?」
「・・・っ」
図星だ。
「・・・軍師が正しいと思ったんでしたら・・・きっとそれは平気ですよ。」
王が笑う。穏やかに。まっすぐに、軍師を信じて。
――違うんだ。
「・・・・・・・・はは・・・」
海座は笑った。
「そんなに買いかぶらねぇでくれよっ。照れるだろっ」
笑顔で返した。だが、その顔には、やっぱり影があった。
「・・・・・・・・・・・・か・・」
「とにかく!報告はこんなもんっ。俺ぁちょっと行くとこあるしっ、もう行くなっ」
そう言って海座は凛の真似をして敬礼して見せた。
「・・・・・。はい。」
文王は笑顔で、その辛そうな海座を送り出した。
「・・・・・・・・・・・」
出ていってがらんとした部屋。文王は一人王の椅子にすわりため息をついた。
「・・・・・・人はどうして。戦を起すのかな。」

「海座が汪翔に薫省を渡したわけぇ?」
高羅もまた風呂から上がり、びしょびしょの頭をごしごし布でこすりながら言った。
「うん。変じゃない?普通。」
美木が賭けの結果を報告しに、今度は麗春と高羅の居るいつものあの部屋に戻ってきていた。
「まぁなぁ」
高羅は布をびしゃっと絞った。
「わけは1つしかねぇよ」
「何?」
美木が興味津々で聞く。
「要らねぇんだ。」
「へ?」
「要らねぇんだよ。あの領地。」
なに言ってるのかわからん。
「なんでさ?手に入れたばっかの領地デショ。」
美木が変な顔で言った。
「はは。確かにな。でもな、美木。あいつは返したんだよ。あの領地を。」
「・・・・・?」
ますますわからん。麗春も黙って高羅を見つめて静かにその話を聞く。
「汪翔に治めさせりゃあ、そりゃ、あいつもこっちに下ったとはいえ、まだまだこちらにすっかり馴染んでるわけじゃねぇ。だから汪翔が俺らを裏切ってあの省をまた寒地国に返すかもしんねぇだろ?」
「うん。だから話がおかしいんだよ。」
「それが狙いだったんだよ。」
「・・・・・。意味わかんない。」
美木がそろばんを意味もなく鳴らした。
「怖いのよ。」
麗春が割って口を開いた。二人が振り向く。
「どうしてあいつが領地を欲しがらないのか、それは怖いからよ。」
「・・・・なにさそれ。」
「つまりな。」
高羅が美木の頭を撫ぜる。
「失うかもしれないものを増やすのが怖いのよ。」
麗春が、静かに、重く、言った。

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