―――真文国
「寒波とボウが去ったぁ!?」
海座は叫んだ。その知らせが届いたのはその日の夕刻だった。
「ありえねぇな。」
高羅が言った。
「完全になめられてんな。俺たち。」
「でも兵は減っていないようですね」
南称。
「相変わらず5万か。でも、増やしちゃいねぇな」
高羅。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
海座は考え込んでいた。これは罠か。なめられているだけなのか。向こうに寒波がいるぶん海座は慎重だった。だけど。
「・・・・・おし。」
バシ。
また膝を打った。
「高羅。南称。」
「はい!」
「今から、作戦。いい渡す。全員集めてきてくれ」
「!・・・はい!!」
二人は駆けだす。
「・・さて・・どこまでいくかな。」
海座の、独り言。でもそれが一番大事なことだった。

「わしらのこの砦は、この関壁からおよそ3千離れておる。それから、あやつらが陣を敷いておるのは関壁からおよそ千のところじゃ。そしてもう1つ、番にあたっておらぬ将はさらに4千離れた、オカイ・・・薫省の城におる。そこには寒王もおるということじゃ。」
つつっと地図をなぞる。あの祖父譲りの喋り方での説明が続く。高羅もいつになく真剣な目だった。
「――――で。こうなるわけだ。」
「・・・なっるほどなぁ」
高羅が感心した。南称も頷く。
「で、だ。」
みんなが海座を見る。
「おそらくこの戦は、これからも続く。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「もしこのまま、この場所での砦で陣取ったまま、この戦に臨むとなると、それは、毎度の戦であの関壁を考慮した戦が続くということになる。・・・それは厄介でのう」
海座は静かに目の前にいる彼らを見る。
「・・・・・どこまで。取るかが。問題となってくるんじゃ・・・」
「・・・・・・・―――」
黙った。
「・・・軍師。」
高羅が声を放つ。
「俺ぁ、もうこの薫省・・・丸ごと取っちまったほうがいいと思う。」
「・・・・・」
周りが高羅を見た。
「オカイの・・・薫省の、城。落とすってことですか・・・」
南称が言った。高羅は頷く。
「どうだ?軍師。」
「・・・・・・・・。あぁ。」
小さく応えた。
「・・・・・それが・・・仕方ないのかもしれんの・・・」
甘いわよね。
凛の声が聞こえた気がした。
――甘いぜ。知ってるさ。本当はこんなことで躊躇してる暇なんかない。

「・・・どうして人を拾うことは躊躇しないくせに、領地を増やすことを嫌がるんですかね?」
南称が高羅に尋ねた。
「あぁ?」
振り向く。そして少し考える。戦の準備を整える。
「・・・・そうだな。」
高羅が頭をかいた。
「・・・・それはたぶん海座だからだろ・・。」


そして、全部が。動き出した。

―――寒地国
二人の将軍が己の省に帰り、こころなしか少し活気を失った陣中。関壁も夜が来て、騒がしさを失った。銅鑼は鳴り止み、声も枯れていた。およそ、5万の兵。
「・・・今日も何もなく終わるか・・・。火の手が上がるのは・・・もうそろそろのはずなんだがな。」
なめてんだよ。
汪翔の頭に響いた。
なめてんだよ。
寒波の言葉だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなのかもしれないな・・・。」
「なにがかな?」
後ろから声がした。
「・・・これは・・・。どうなさったかな・・?薫乃殿。」
後ろにいたのは薫乃だった。
「いいや。そろそろかと思いましてな。火の手が上がるのは。」
「・・・・・・・・・・・」
なるほど。手柄に敏感なこの男が嗅ぎつけようとしてるわけだ。
「・・・いや。今の所、特に何の異変もありませんよ。」
言ったときだった。
「火だ!!火が上がったぞ!!!!」
誰かが叫んだ。
「!!!!!!!!!!!!」
一瞬にて、空気が張りつめる。兵達が陣形をくみ、大きな扉の前に並ぶ。
「あせるな!合図で戸を開けるんだ!!!合図まで待て!!」
薫乃が叫ぶ。
「薫乃殿・・!まだ待ってください!!」
「ここは私が指揮を取る!汪翔殿は急いでこのことを王に!!!」
大声でそう叫んだ。
「ちょっと、待ってくいただきたい!今夜の指揮はわた・・・――」
「ここにいるほとんどの兵たちは我が省のものだ!」
叫んだ。
「・・・・っ・・・・!」
このやろう。汪翔は舌をうつ。
「わかりました!くれぐれも焦らずに!!」
そう言って走り出した。
「そんなに手柄が欲しいのか!」
呆れた。戦をなんだと思ってるのか。だけど素直に、馬を走らせる。また、自分を殺したことになるのかもしれない。
「・・・これで・・・っ!俺は真文国を打ち落としたことでまた地位が上がる・・・!」
薫乃はこみ上げる笑いを抑えながら言った。そして動かせる。この戦の、要を。言葉を。
「扉を!開けぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇえエエエエエエ!!!!!!!!!」
バタァァァァァァァァァアン!!!
扉が。大きく開いた。
大きく。開いてしまった。
「!火だ!火が見えるぞ!あそこが砦だ!全員!あそこにつっこめぇぇぇぇぇぇぇえええ!」
おおおおおおおお、と叫ぶ声と共に地響きを起し、5万人の兵達がまっすぐ闇の中に浮かぶように見える炎に向かって突撃した。薫乃は馬で駆けた。そしてこみ上げる笑いと戦いながら叫ぶ。砦に近づいた。
「人だ!敵軍だ!!!つっこめぇえええ!!!」
ちらほら逃げるような人影を指差し裏がえる声でまたさけぶ。
「はははは・・・!逃げ場なぞないわ!」
ドス!変わった形のやりのような武器で逃げる男達をつき指した。
「鎧を着る時間もなかったか!?」
突き刺す男たちは全員鎧等の防具はつけていなかった。しかも人数的には恐ろしく少なかった。ここで気がつくべきだった。いや、門のところに一人も兵がいなかった時点で、気が付くべきだった。
「・・・・?やけに逃げる人間が少ないな!後は全員砦で焼け死んだか!??」
息を切らせながら言った。瞬間だった。
ジャァァァアアアアアン!!!
「!!!!!!!!!!????」
銅鑼がけたたましく鳴った。
「こ・・・の音は!!!」
汗が流れる。周りを振り返る。
「あぁ!」
声が漏れるように、叫んだ。
ジャァァァァアアアアン!
またなった。火が。火の大群が、薫乃の5万の兵をぐるりと囲んでいた。あちこちで銅鑼が鳴る。
「ふ・・・!伏兵!!!!!!????」
あちこちで、銅鑼が鳴る。真文国の、銅鑼が鳴る。
「何故!!!!」
周りを完全に火で囲まれた。前方には砦と言う大きな火の塊。そして周りには火の玉が無数に浮かんでいる。寒地国軍は混乱した。火の玉の数が、明らかに多すぎた。三万五千の兵だと言っていたにもかかわらず、見た目10万はいた。
「うっ・・・!うわあああああああああああああああ!!!」
一挙に大混乱になった。それぞれが逃げ惑おうとして、走り出した。
「あっ!おい!こら!!!!」
叫びも虚しい。
「全員!前へ!!!!」
ジャ!ジャジャアァァァァァアアン!!
銅鑼が三度鳴った。と、同時に、火の玉がいっせいに5万の兵に向かってきた。
「うあああああああああああああああああああ!!!」
いっそう大混乱が、大混乱を引き起こす。
「まてぇ!おまえたち!!」
もう薫乃の声も、なにも、くそもなかった。
暗闇と、火。5万の兵。
5万の寒地国の兵たちは、混乱して、逃げようとして、燃え盛る砦のほうへ走り出した。周りから火が燃え移り始める。悲鳴がそこを支配し始める。
「ひっひけぇぇぇぇ!!ひくんだ!おまえたち・・!おちつ・・・―――!!!」
薫乃は、走り出した兵にもみくちゃにされて、声を失った。

――扉は、開けっ放しだった。



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