「・・・有志軍の募集・・・?」
見上げた。黄色の立て札。
「・・・・なんでそんなもの・・・」
サイファが呟いた。
両手に買い物の商品をたくさん抱えて。
がやがやうるさい人ごみの中を立ち止まって見上げた。

タタタン。
美木が指を机でたたき、音を奏でる。
バチっ
弾く。
「じゃあ。戦をするんだ。」
美木が呟くように言った。
「おぉ。」
海座が応える。麗春は太刀に触れながら海座を見た。
「予算組み直さなきゃなんないな。わかった。」
美木が再びそろばんを弾いた。
「わりぃな。」
海座がその指の細く速いのをじっと見ながら言った。
「じゃ、あの立て札はやっぱり有志を募るための物だったのね。」
麗春が窓の外を見ながら言う。
「・・・おぉ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
また、人が死ぬんだ。
「明日から北局の近くに砦をたてることになった。」
「・・・・」
麗春が窓の外を見たまま太刀を取り出す。
「俺ぁ・・・行かなきゃなんねぇから。おめぇら、留守番頼んだぜ」
笑った。
「・・・。・・・そ」
美木が小さくため息混じりに言う。
「ここには空燕が残る。万一他方の国から攻められてもあいつの部隊がこの城を守るから安心しろよ。」
「高羅も行くんだ。」
「あたり前の話だわね。」
二人は小さく言う。
「はは・・・そんな、張り詰めんなよ。」
「張り詰めるよ。こっちはお金が苦しいんだから。」
美木。
海座は笑った。
「・・・わりぃな。やっぱり・・・始まっちまうんだよ。」
「・・・・・・・・・・・」
黙る。
「・・・この戦は・・・・止めらんねぇみてぇだ。」
頭が下がる。
「・・・うん。」
美木が頷く。
「判ってるよ。海座。」
「・・・・」
「人って・・・力を持つと・・・汚くなっちゃうことがあるから・・・」
バチ・・・ッ
「・・・美木。」
「判ってるわよ。もう。うっとうしいわね。」
麗春が太刀を見ながら言った。
「こっちはもうずっと前からいつこの時が来るかって思ってたんだから。あんたはうじうじ言ってないで。勝つことだけを考えてたらいいの。」
「・・・・麗・・」
「護るんでしょう。」
太刀を海座のほうに軽くむける。
「私があんたを護るように、あんたはこの国を護るんでしょ。」
「・・・・・っ」
海座はこぶしをつぶした。
「だったら、この場所を恋しがってないで、しっかりやってきなさいよ。」
太刀を下ろす。
「私たちは大丈夫だから。」
「そうそう。」
二人。
「あんたは」
「海座は」
綺麗にそろった。
「今行かなきゃなんないところがあるデショ。」
練習していたかのような、綺麗なハモリだった。
二人が海座を思いっきり指で刺し殺す。
「・・・・・・お・・・・おぉ・・・・」
海座は急いで部屋を出て、下へ下へと歩き出した。
空気はまだ冷ややかだ。
もうすぐ夕刻だったので上着がなければやっぱり外には出れなかった。
海座は上着を羽織りながら裏道を通る。
城下に脚を運ぶ。
「・・・・・・・・・・・・」
言葉が喉を通さないみたいだった。
なにを言おう。
なんて言おう。
一体何しに行くのかもわからなかった。
城下の道はもう人の通りは少ない。
海座はその寂しい道を歩きながら俯いた。
――――もうすぐ大陸が揺らぐ。
足音が妙に頭をかすめて響く。
海座は自分の靴を見つめながらまっすぐ歩いた。
――――四大国の戦が仕掛けられる。
夕刻が影をより黒い物にして行く。
――――きっともう。今までみたいに渡っていけるほど甘くはねぇ。
こぶしをもう一度取り出して握りつぶしてみた。
時。
バシッ
「い゛っ・・・!!!!!」
何かが頭をぶつかった。
「今日も高羅さんはいないんですかぁ?」
意地悪そうな声が耳に届いた。海座はゆっくり振り向く。このやろう。
「なにしてんのよ。海座」
サイファ。
「そりゃぁ俺の台詞だと思うんだがどうでしょうか。」
海座もいろんな物を含んだ声で切り返す。
しかしサイファはふっと笑った。
「・・・んだよ」
不機嫌そうに海座が言う。
「いいえぇ?何でもありませんけどっ」
サイファが海座の前に出て歩く。
「・・・?おめぇ今日店やってねぇのか?」
この時間ならまだ営業中なのにこんなところで手ぶらでブラブラしてることに不思議な感じがした。
「今日はお休み。買出しにも行ったから。」
振り向かずにサイファが言った。
海座はそうかとだけ呟いてサイファの後に続く。
「だから今日店に来てもらっても何にもご用意出来ませんけどッ」
「おぉ。わかってんよ。」
じゃあなんでついてくるのか。
そんなことは訊かずにサイファはただ黙って歩いた。
店の前に着く。
そして振り向く。
「・・・どうかしたの?」
尋ねる。
「・・・・・残念だな。」
海座が呟いた。
「は?」
「食えねぇってのは。残念だ。」
独り言なんだろうかなんなのか。
サイファは眉間にしわを寄せて首をかしげた。
「海・・・」
「座ってもいいか?」
店の椅子を指差す。サイファは少し考えた挙句、頷いた。
ガタン
どか、っと座る。なんて偉そうなんでしょうか。
「・・・なんかあったわけ・・・?」
お茶を差し出しながら言った。
海座は受け取りながら礼を言う。
「あったわけじゃねぇよ。」
ふぅと、お茶を冷ます。
「・・・は。嘘ばっか。」
サイファが小さくため息をつきながら呆れた。
だってこの前美木が言ったごまかしと同じこと言ってる。
10歳の子どもと同じかよ、お前の言い回しは。
「だって、兵が要るんでしょう?」
海座は手を止める。
息を止める。
「・・・・戦なの・・・・・?」
サイファが海座のほうをちらりとも見ることなく言った。
「・・・・・・・・」
言わない。
「・・・・」
サイファも何も言わないで海座の前にただ座った。
ため息。
「海―――・・・」
「砦を建てに行かなきゃなんねんだ。」
急に切り出す。
「・・・・・?うん・・・」
「これから先、おそらく四大国の大きな戦が始まる。そして、続くから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
サイファが黙った。
「俺は、軍師だから。」
「・・・」
「オレの命が尽きるまでは、戦場の第一線にいなきゃなんねぇ。」
「・・・・はぁ・・」
力ない頷き。
「戦が終わんのは、もしかしたら、すぐかもしれねぇ。陛下が和解にほうに持っていってくれるかもしれねぇ。でも、次の代まで続くかもしれねぇ。」
「・・・・・へぇ」
「終わる前に・・・俺ぁ死ぬかもしんねぇ」
「――――――・・・・・」
沈黙。
「・・・・だからよ。行く前に、挨拶しに来たんだ。」
「―――――・・・」
サイファの顔はよく見えない。だって髪の毛が目にかかってしまっているから。
「わりぃな。」
海座は小さく笑って席をたった。
「美木に頼んで金は返すように言っとくからよ。」
笑う。
「―――・・・・・。」
「じゃ」
海座が歩き出す。湯のみの中に半分くらいお茶が残ってる。
「いつなの」
脚が止まる。
「行くのいつよ?」
「・・・・・・明日だ。」
肩が落ちたかと思った。
「また急な話ね・・。あんたっていつもそうなの?」
「まぁな。」
「こういう挨拶周りとか、めんどくさいこと後回しって感じよね」
笑った。
「いや。」
海座は笑わなかった。
「めんどくせぇことじゃねぇよ。」
体ごと振り向く。その、真正面。
バチコーン!
「でっ!!!!!????」
サイファのデコピンが海座のおでこに炸裂した。
マジでいたい。
海座は両手で額を押さえた。
「なにすんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
切れた。
ガツっ!
サイファが無言のまま今度は軍師の襟首をつかんだ。ぐいっと引く。
「サイっ・・・・!!!」
「黙って。」
怖い。
静かに夕刻の闇に声が響く。
「黙って。そっち。座ってなさい。」
椅子を指差す。
海座はあっけに取られた。
どんな喧嘩をふっかけられるのかと思ってた。
だけど、ただものすごいドスの聞いた声で椅子を指差されただけだった。
そして彼女はあっけなく手を放し調理場にたった。
「?・・?」
海座は何もわからずじまいで、おずおずと再度椅子に腰をかけた。
ドス!
「!?」
包丁が板をうつ。そんなに力を入れなくても切れるだろ野菜は。
海座は自分も調理させるのではないかと言う一抹の不安を感じながら、暗く暗くなっていく店内を眺めていた。

―――思えば、彼女と出会ったのは。ものすごい偶然だった。



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