―――子ども扱いなら、もう慣れた。

「はい。これ、報告書です。」
「わりぃな」
もうすっかり正月の気持ちも抜けきり、立春もこえた冷たい春の時期。
城の一角。
バラバラと渡された紙に目を通す男。
それを黙って見ながら突っ立つ女。
「・・・多いな。」
「それまだ半分ですよ?」
海座は嫌そうにため息をつき、紙を束ね直した。
「わかった。また目を通してからおいおい伝える。」
「は〜いっ」
凛がちいさく敬礼をした。
この敬礼は倭名国の、決まり。
海座は何のこっちゃわからんがとにかく笑って歩きだす。
「じゃ、残り半分も速めに頼むな。苦労かけるっ。」
「いいえ〜っ」
ほんとは全部調べきっているんだけれど。
凛は素直に笑ってお辞儀をした。
凛が間者になってもうすぐで一ヶ月過ぎる。、
時折わからない単語があるようだが、言葉の障害もほとんどなく、てきぱきこなしている。
間者になった時、他の間者達が新入りの間者の素性を調べるのがしきたりだった。
東の時はそのおかげで東の裏の素性がすぐ割れたのだけれど、凛はそうもいかなかったので、とにかく実力だけで本採用を決めなければならなかった。

「いや〜、ほんとに優秀ですよ?」
前にも聞いたような台詞だな。
ギバはまとめられた南瀧の報告書を紐で結いながら言った。
「そうだな・・・。」
「ホントに仕事が速いっ。泥棒になっても生きていけると思いますよ。」
「あほか。」
ギバが笑った。海座が紙の束を受け取る。
「・・・それは?軍師」
もう一個の紙の束を見てギバが尋ねた。
「あぁ。凛に頼んどいたやつ。正地の残党の連判状から判った名前のやつらの素性。」
「あぁ。こないだのっスね。ホントに凛は速いですよねぇ」
「まだ半分あるらしいけどな。」
ずっしり重たい紙を抱えなおしながら海座が言った。
「え?なに言ってんすか?」
「あ?」
「もう全部終わったって言ってましたよ?彼女」
海座の肩はずるッと下がった。
今。なんてっ!?


天武天文の国、真文国。7年前先の王が没した後、真文国の王に立った文王。冬樹。
彼の政治は多に類を見ないほど優れている。若干17歳の天才だった。
7年前起きた正地の乱の時に一人の少年を拾い軍師にした。その民、軍師の名前は海座。
彼の軍策もまた恐ろしく優れていた。彼は正地の乱におけるすべての軍事を行い、見事に正地を討った。
当時、若干10歳の、少年だった。
表向きは。
実際には、軍師・海座こそが真の王、冬鬼であり、文王・冬樹が拾われた少年海座だった。
入れ替わったのだ。
真実は。


「海座、なにしてんの。」
美木がそろばんをうちながら尋ねた。
軍師が珍しく書類と格闘してるから。
「あぁ〜書類の目通しだよっ!っちくしょ!多すぎんだよっ!」
結局あの後、凛に残りの書類をもらいに行った。持たせとくのも悪いので。
美木が海座の必死の顔にため息をついた。
デスクワークがものすごく苦手な海座を、こうも机にへばりつかせる凛の凄さにあきれた。
「そういやもうすぐ誕生日だな、美木。」
「・・・・・・・・え?」
忘れてたのか、意外だったらしく、頭を上げた。
「いや、お前、如月の新月の日の生まれッつったろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・・・」
そう言えば最近月がどんどん小さくなっていってた。
忘れてた。
「なんか買って来てやるよ。なにがいい?」
笑いながら言った。
「・・・・・・・・・」
美木は、少しそれが不愉快に感じた。
「いらないよ」
「は?」
「いらないよ。お誕生日の贈り物なんて」
言いきった。
「って、おめぇ。なんもいらねぇのか?」
海座は意外だった。
だって自分ならただで何か貰えるのなら何でも嬉しいのに。
「いらない。そんなの子どもだけだよ。」
「はぁ?だっておめぇまだ子供じゃねぇか。」
「うっさいなぁ。いらないって言ったらいらないんだよ!」
ちょっと声を張り上げたので、海座は黙った。
美木もそれっきりそろばんに夢中になり、黙り込んだ。
なにがいけなかったのか、海座にはわからなかった。

月が欠けていった。




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