―――王様にならねぇか?

秋風が吹く。葉が黄色へ変わる。
城内では衣替えのために女官達が走り回っている。
「黄金色の葉が、空の青とよく合いますね」
窓をのぞきながら。
「ね。軍師っ」
振り向く王様。
「おぉ。」
ぶっきらぼうに笑った軍師。
秋の風がいっそう強く窓から吹き込む。


天武天文の国、真文国。7年前先の王が没した後、真文国の王に立った文王。冬樹。
彼の政治は多に類を見ないほど優れている。若干17歳の天才だった。
7年前起きた正地の乱の時に一人の少年を拾い軍師にした。その民、軍師の名前は海座。
彼の軍策もまた恐ろしく優れていた。彼は正地の乱におけるすべての軍事を行い、見事に正地を討った。
当時、若干10歳の、少年だった。
表向きは。


秋が冬をつれて来はじめた。
「しっかし。寒くなったもんだなぁ・・・。」
肩をさすって軍師が言う。
「そうですね・・・。夜は窓を開けてなんかいられませんから。」
文王は戸を閉めながら言った。
「・・・・敬語。」
軍師。
「・・・・・・・・・・ワカリマシタ」
少し納得いかなげな文王。
絶対わかってない。だけど。
「・・・・ま。今は多めにみてやるよ。」
ため息をつきながら海座が言った。
以前より、文王陛下は海座を王として扱う「程度」は、はるかにましになってきた。
ひざまずいて礼をすることもなくなったし、軍師陛下と呼ぶことも次第になくなってきた。
おそらく先日の一件が境目だ。
「最近どうだ。次の外交は?」
脚を鳴らしながら言う軍師。
「あさってにライグの外交者がいらっしゃいますね。それから、近々岩太国のほうからこちらに外交者がいらっしゃるそうです。」
「・・・・・・・・・・岩太国ね。」
「・・・あちらが勝手にこちらに来るので断れないですから。」

岩太国は以前文王を殺すために王の娘と偽らせ、テイアという美しい民の少女を、結婚のためと称して送り込んできた。
もちろん暗殺は海座によって暴かれたが。
そんなこともあり、海座と冬樹は岩太国にいいイメージを持っていなかった。
岩王に関しては、狸爺呼ばわりだし。

「ま。いいや。というか・・・――。」
海座が頭をかく。
「?なにか?」
「やっぱこちらから他国に出せる外交者がいないってのは、不便なもんだな。」
「・・・・・・そうですね。大事な用事の時はいつもこちらにこさせてしまっている・・・。」
「使者じゃどうにもなんねぇ時ってのはよくあっからな。」
結構悩む。
「でもなぁ。先代の時の重役は全員正地の乱でしんじまったから・・・・。何より、外交者になれるような逸材が現われねぇ。」
「そうですね・・・。重役が少ないのはこの国の統治構造の欠点です。」
ため息。
というか。海座がなんでも間者に任すから。
実際間者の数は多いし。
「・・・・頭の切れるやつはいるんだがなぁ」


「はぁ!?」
美木の声。
「・・・・・・・・・・ナンデモネェ」
気迫におされて海座はしりごむ。
たぶん忙しさがすごいことになってるんだ。
そういう時の美木は恐ろしい。
「・・・・・やっぱ子どもには無理だよなぁ・・・・」
ぼやく。
「なにがよ。」
後ろから顔がのぞく。
「ぅお!」
麗春だった。
「なにが子どもには無理なの?」
「な、なんでもねぇよ!」
「・・・・・・・へぇ・・・・?」
ガシャ。
殺気。鞘をつかむ音。
「うゎ!!!わ!!!かった!!外交者だよ。」
麗春は美木なんかよりもっと怖い。
「外交者〜〜〜?」
怪訝。
「子どもには無理だろ。あぶねぇし。」
でも美木が一番この中で知能はある。頭の回転も速い。
「あんたねぇ。あんたが軍師になったのいくつだと思ってんのよ。」
「・・・・・・・10・・・・」
「一歳しか変わんないデショ美木は。なによ、あんた。ちょっと男になったからって。」
「何の話だよ!!!」
切。
「でも、まじでそろそろ外交者くらい見つけねぇと。この国もでかくなっては来てるしなぁ・・・」
「外交者って結構大変よね。政治のことだけじゃなく、民族学とか語学が必要だし。頭も切れなきゃなんないし、何より信頼できなきゃいけない。」
麗春が誰かいないかと考えるが思いつかない。
「・・・・・・・・・考えてもしゃぁねぇよ。っと。」
椅子に座る。
「でも外交者がいない国って結構あるわよ。まぁ小国だけど。」
麗春も横に座る。
海座は書類を引きずり出し、墨をすりながらうなずく。
「でけぇ国はみんないるぜ。岩太国の、ほら、なんとかって。有名なやつとか。」
「あぁ・・・。あそこの外交者はものすごい博士だって聞くわね。九李・・・とかいったかしら。」
「おぅ。」
墨を置き、筆を握る。
「・・・・・・・今度来るのは、あいつか・・・・・?」
窓の外。


岩太国。
この地方の冬は、真文国よりはやく来る。もうすっかり落ち葉が道にへばりついている。
「これから、また民が飢える季節ですね。」
一人の影が窓に浮かぶ。
「あぁ。そうだな」
もう一人の影が椅子に座りながら、小さく太い声を返す。
「・・・・・・・・霜も、もうすぐか・・・・・」
窓際の影がつぶやく。
「そうだ。九李。」
椅子の上の王。岩王だ。
「今度真文国に行くそうだが?」
酒を片手に問う。
「はい。使者ももう出しましたけど・・・・・。」
「・・・・まぁ、いいんだが。」
九李は外を眺める、何も言わない。
寒い風が吹きつける。
「なんであの男なんだ?」
風が吹きつける。
冬の空気。
沈黙。


秋の風から冬の風へ。
日にちが重なるほどに、次第に色をかえて行く。
二日たった。ライグの外交者が訪れた。
「―――であるからして、今後の我々の交易に関しては、以前決めた規約を少し変えた形にすることが必要です。」
外交者がだらだらと長い長い巻物を引っぺがしながら話す。
文王は椅子に姿勢よく座り真剣に聞いている。
その右後ろに高羅が控えていた。
―――かったりぃよなぁ・・・・・
心でぼやく。三十路のオヤジ。
国儀における護衛なんて一番おもしろくないシゴトだ。
でも一応王の命に関わることだし。
総隊長がこの場に構えておくのは、道理だった。
―――海座がもし王だったら・・・・うわ・・・絶対こんなにおとなしく座ってられねぇ・・・。
想像してちょっと後悔した。
高羅はじわっと冬樹が王で良かったと思った。
「ところで。」
話の節目が変わって高羅は話に耳を傾けた。
「実は今日此処に参った最大の理由という物がありましてな。」
外交者がじっと文王の眼を見る。
「・・・・・・・・」
そしてちらりと高羅を見て。また文王を見た。
「・・・・・どうかしたんですか?」
文王が尋ねた。外交者はゆっくり首を横に振る。
「実は。我々ライグと、友好条約を結んで欲しいのです。」
「・・・・・・・・・友好条約・・・・・。」
「そう。」
うなずく。
「今あなたのお国、真文国は。正地、それから魏太国を飲み込み、急速に大きくなってきています。」
「・・・・・・・はい」
「正直。我々はあなたのお力が恐ろしい。」
睨みつけるような感じでいう。文王は黙った。
「しかし。我々はあなたのその深い懐を知っている。ゆえにこうして参って頭を下げる。」
下げた。
「どうか我々と友好条約をむすんで下さらぬか。我々は貴殿が招集をかければいくらでも援軍を出そう。多少の援助金も払おう。しかし、その見返りにあなた方も我々を制圧しないことを誓って欲しい。」
「・・・・・・・・・・」
「不可侵を、約束していただきたいのだ。なにとぞ!」
もっと深く。深く頭を下げる。
「・・・・・・・・・・分かった。」
文王は考えながらいった。
高羅は後ろで聞きながら。
―――こりゃまた海座と相談コースだな・・・・・・
ボツリと思う。
軍事が少しでも関わると文王は決まって返事を延ばさしてもらい軍師と相談して決めた。
だから次の言葉には腰を抜かしかけた。
「ただし条件がひとつある。」
毅然とした態度で言い放つ。王の言葉。
「いぃ・・・!?」
小さく小さく声を上げた。
「この国はじきに大きな戦に巻きこまれるやもしれない。大陸の四大強国同士の激しい戦いです。」
「・・・は、はい」
「その時ライグが少しでも、例えば岩太国のような強国につき、真文の敵側にまわって、我々を裏切り、真文を脅かすなら。その時は。」
厳しい目つき。いつもの文王じゃない。
「たとえ何がそなたらの後ろについていても、そなた達だけは、必ず滅ぼす・・・・!!!
「・・・・・・・・・・・・・っ!!!」
高羅は嘘だろという眼をしてたっていた。
「ということがご了承いただけるのなら、しばし考えておいおいお返事を送らせていただきます。」
またふわりと笑う。この王。そのギャップに外交者は汗を止めることはできなかった。
「・・・・・は。・・・・・はいっ!!」
あげた頭をまた下げる。
彼は去った。
その後。
「・・・・・・・・きょ。今日は、なかなか手厳しかったですね、陛下。」
王の部屋に戻る、長い暗い廊下。高羅が言うと文王は振り向いた。
脚を止める。
「海座殿とご相談しなくても良かったんですかぃ?」
「・・・・・・・・・・・・・・ええ。」
ふっと笑って応える。そしてまた歩き出す。王の間へ。
「きっと。海座殿ならこうするだろうって考えたので・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それにこれは私の仕事でもあるし。そろそろ、ご迷惑をかけるのも、なんだから。」
まっすぐ歩く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
高羅は黙った。
変わったな。
変わったな、この、王。
考えながら。
うん。王らしくなった。



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