Love Letter From Death 第6話

よく見れば、こいつはいつもこうだった。

他人に触れようとしない。まるで避けるようだ。
どんな激闘の後でも。
平然と、笑う。


「緋憂!」
彼女が緋憂を呼んだ。
「あ?」
「見てみ!」
緋憂はゆっくりと周りを見渡す。
向こうの方に紫の草原が見えた。
「へぇ・・・。」
「広っいネ!ラヴェンダー一面!」
「北海道って感じだな。」
その言葉にどういうわけか反応する。
「おっ。そーゆーこと知ってるってこたぁ、日本人系?緋憂って。」
「・・・アメリカ人に見えるか?」
「ゼンゼン☆」
どう見ても純日本人だろう。そういう記憶くらい持ってる。
「っていうか、日本語使ってるし。」
「あらっ。それは関係ないよ!」
愛が微笑んだ。
「霊の世界は何語で喋ろうがその人にあった言葉で聞こえるの。便利よねっ!」
「へぇ。」
すごいな同時翻訳か。
「また一つ覚えた気分でしょ?」
ふふっと愛が笑う。
「っていうかな。」
ご講義なら質問もしてみる。
「お前、服いっつもいっしょな。」
「そう?」
頷く。
いつも赤いキャミソールにミニスカートだ。
「匂うぞ?そのうち。プーンって。」
くすっと笑ってからかってみる。
「ひっつれーねッッ!!!!!!!」
愛が切れる。
「これは死服!あんたのは黒いやつでしょ!死んだ時の服だからいつも浄化されてるの!死服着てるヤツ多いんだよ!」
「へー。」
そりゃ。また一つ覚えた気分だ。
「死・・・って。やっぱ特別な思い出だし・・・ね。」
愛が、すごく微妙な笑い方をした。
「・・・。」
「さっ!お仕事お仕事!」
で、また突然破天荒モード。
こいつ、いきなり暗い顔したり、いつもはうざいくらい明るかったり。忙しい。
「俺の服っていつもお前の白い・・その十字架から引き出すけど、どっから取り寄せてんだ?」
今着ている服は死服じゃない。イマドキっぽい黒と灰色のTシャツだ。
愛は指令の紙を見ながら歩き出す。
「あー。私が作ってんの。で、十字架にしまっといただけ。」
「・・・作った?」
縫ってる姿なんて見たことない。
「これってばさ。死具とかならいれとけるの。」
「死具?」
なんだその新たなキーワードは。
「鎌とか、そーゆー道具!服もクモの糸製ならいれとけるし。死服もネ。」
「ク・・・モって、え。」
「これこれ。」
「うお!」
足元をはいずる1センチほどのクモを見つける。
「え!コレ!?」
げぇ。
「そ!あら、指令の追加?」
足元のクモを見ても、まったく動じない。女子。愛。
むしろ屈みこんで近付く。
「・・・。」
・・・俺の服って・・・。
ギュっと服を掴んでみる。肌触りは完ぺきなコットンだ。間違いない。
「ふむ。」
愛が立ち上がる。
手には別の紙。
「その紙は?」
「あ、今クモがねり出してくれた。」
「え゛。それもクモの糸製?」
「そうよ?」
・・・ベタベタしそう。
いや、完璧に見た目は紙だ。植物繊維の塊だ。
「あー。だから北海道に呼ばれたんだぁー。」
愛がその紙を見ながら言う。
「え?」
「北海道ってさ。死界唯一の列車があったり、さらに世界唯一の時空をいじれる関所があるの。一枚目の指令は『北海道に来られたし』ってもんだったの。」
緋憂に二枚の紙を渡す。
若干の抵抗はあったけど、手に取ってみると紛うことなく、紙。
「それで今回の追加指令に『17世紀、西洋城にて悪霊を回収されたし。ただし、殺霊を禁ずる』ってあるでしょ?これは関所使うほかできないことなのよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
じっと紙に書いてあるものを読んでみるも。
「ヨメナイ。」
「あはは、不便だわね。」
なんだこのミミズ文字は。
死語か。これが本物の死語か。
「まあ行けば分かるっしょ!行こうぜ☆」
愛が歩き出そうとする。
「・・・そう言えば。治ったのか?傷・・・。」
愛の腕にあった。以前悪霊にやられた傷が消えていた。
「う?あー。うん。もー平気!霊のつけ傷って治り早いっす。基本痕は残らない身体だし。」
「・・・そうか。」
―――・・・こいつには。
教えられるばっかりで。
それでも足りなくって。
訊かなくちゃ分からなくて。
そして。

表面でしか、付き合っていない。

わざとそういう風に仕向けているのかもしれないとすら感じる。
それに。
こいつ、何か・・・。
勘だけれど。
こいつ、何か隠しているものがある。
何かを、持ってる。
時折の拒絶が、そう言ってる。

「ひゆう!」
「あ・・・あぁ?」
うっかりぼーっと考えていたらしい。
大声で呼ばれてびっくりした。
「・・・ぼーっとしてんじゃねぇ!」
ブーン!
「ウナヒョ!??!?!」
鎌が振り回されました。
や、よけたけど。
「もー。着いたよ!関所!まったくおドジねっ☆」
ドジ!?ドジか?ドジなのか?
「・・・もっと静かに言ってくれ。」
まじで死ぬと思った。まじで息の根止められるかと思った。
心臓がバクバクしてる。
「・・・。此処が・・・。」
「そ。間違ってはいれば永久に出られないわよ。」
にこっと愛がまた、ろくでもないことをさらっと言ってのけた。
その彼女の向こうに見える大きな門が、関所、なのだと、すぐに分かった。
荘厳な光景だった。
太い石でできた白い柱が二本立ち、扉の形をした、だけど扉ではない質感の、まるで水面のようなトビラがそこにはあった。
とにかく、この世のものではない。美しくもあり、恐ろしくもある。
「ハイ、緋憂はガイドブック見てて。初心者でも読める字だよ。」
ぽいっと投げられる、雑誌のような何か。
「私は許可取ってくる!」
そしてバタバタと去っていく。相変わらず落ち着きのない。
「・・・ガイドって・・・。」
その本に目を通す。
【時空ウォーカー】
「・・・何これ。10号?」
季刊誌か?
それは普通に、一般世界でも売られているガイドブックに酷似していた。
可愛らしいモデルが表紙を飾り、見出しがいくつも紹介されている。
今年はボーイッシュで決まりだね、だの。
聖亜様のことば、だの。
15世紀のオススメ店、だの。
字空間の作法、注目アイテム!だの。
なんなんだこれ、結構俗っぽいのか死神の世界!
パラパラめくる。
「それにしても霊の世界には色々なものがあるもんだ・・・。」
死具だのと、わかんねー。
ふと。耳に届いた音があった。

ボォー・・・

「?」
なんだ?
顔を上げる。
汽車・・・?汽笛?
ただし、周りに汽車などは見えず、ただ静かな青い空が広がっているばかりだった。
荘厳な門は、何も言わない。
「・・・気のせいか・・・。」
「おまたせっ!読んだ?こっちはバッチグーだよ!」
そこに、ひょーん、と。愛が帰ってきた。
「あ・・・まだ。」
しまった。忘れてた。
「読んでろ、って。言ったでしょー!」
ブーン!
また鎌を振り回す。
「洒落になんねーよオイ!ハイだな!」
恐るべし、愛。
え・・・と。
パラパラ。めくる。ページ。
―――・・・所定の許可を取って、カードを受け取ったら、そのカードを“レリーフ”に挟む。
その後、門に飛び込んだら光が差す方に向かって、光を見失わぬように追う。
門は人を惑わせる。何が周りに移ろうが耳も目も傾けてはならない。
とらわれると門の中を永遠にさまようこととなる。
「・・・物騒だな・・・。」
―――そして、光が消えたら扉が現れる。
その扉が消えないうちに開き、門を抜けること。
手続きをした時代、日、場所にたどり着くことができる。
ただし、扉は40秒ほどで消えてしまうので要注意。
「・・・フーン。」
つまり、よくわからんが、あの門の中に入ったらひたすら光を追っていけばいい、そして扉を開いて出ていけばいい、ってことだな。
「OK!?」
ガチャ。
「カード入れちゃったよ!」
人の心構えとか、無視だな。オイ。
綺麗に掘られたレリーフの蛇の口のところに赤いカードを突っ込んでいた。
「ああ。」
まあ、もう入れちまったもんは仕方ない。
「間違えないでよっ。後でめんどいから!」
そう言った愛は、ザバン、と門の中に飛び込んだ。
見た目通り、その門の扉はあけるものではなく水の中に飛び込む感覚らしい。
緋憂はそれについて門に飛び込んだ。
冷たくも熱くもない水に飛び込んだ、変な感覚がした。

飛び込んですぐ。光がぴかっと光って、筋を描き、愛と緋憂の真下を通過していった。
「あら、光。はやい。」
愛があっけらかんとそう言った。
その光を見失わないように追え、なんてかなり無茶だ。
しかし、光は筋になっている。だからその筋をたどれば間違えることはないだろう。
出るべき扉までの案内人、といったところだ。
「・・・はやいな。」
緋憂は凄まじい勢いで突き進む愛を見て感嘆。
「・・・風・・・っきつい・・・。」
風がきつかった。
前方から向かい風。
身体がぶれてうまく飛べない。
霊体として、ふわふわと移動するのには慣れていたのに、うまく前に進めない。
「・・・声がする・・・。」
しかも、声が。無数の声が緋憂の耳を錯乱させる。
『死に・・・。』
『かりん』
『ねぇ・・・ねぇ・・・』
『なこ』
『まってよ・・・まって』
『おーい、起きろー』
『くすくすくすくす』
『こゆき』
『バッカじゃねーの』
『だいすけ』
『ああ』
意味も、前後関係も全く無視の、きりとられた言葉の数々。名前。
光が・・・!
緋憂が焦る。かなりおいて行かれそうになっている。光がうすくなっていく。
「っち・・・!」
舌打ち。
見失わないように、追う。
かなり、難しい。
なぜか走ってもいないのに息切れすら感じる。
その缶にも、声が襲ってくる。
『誰だ』
『死んじゃう』
『出して』
『ゆるさないから』
それは、悲愴なものになってきた。
「くそ・・、まわりのもののせいで集中できねェ・・・!」
声だけではなく、周りに転がる様々なものが緋憂の視界に飛び込んでいた。
酔いそうだった。
「緋憂?」
愛が振り向く。
まったく追いつけていない。
―――遅い!
愛は少しばかり焦った。

「はぁ・・・!くそ・・・!」
息が切れ、咳も出た。
緋憂は懸命に追う。
周りのものになんか目を奪われるな!進め!
そう、思った時だ。
前方に。
「・・・。」
前方に女の子が立っていた。
髪の毛を後ろで束ね、大きなバレッタふたつで止めている。
制服姿の女の子。
「・・・・・。」
グラリ、と視界が揺らいだ。
いや、むしろ頭の奥に針が刺さったような、そんな感じがした。
どこから振ってくるのだろう。桜の花びらが降り注ぐ。
あ、と思った時。彼女はゆっくりと首をもたげ、振りかえった。
いや、顔は見えない。だが、確実に口元は笑っていた。
「・・・・ぁ・・・・。」
今度こそ、本当に。
ぐらんと、揺れた。

「光が・・・!」
消えた。
たどり着いた証拠だった。
ぼんやりと扉が浮かび上がる。
この時点から40秒しか扉は存在しない。
その時間を過ぎてしまうと、ややこしいことになる。
「・・っ・・・!ひゆ・・・・――――!」
愛が、振り向いた時だった。
自分の脇を、ものすごい勢いで通り過ぎたものがあった。
「・・・っはや・・!」
風が後から追いかけてくる。
――何?なんなのよ!?
「え?えぇ?」
愛は混乱しながら通り過ぎていった『何か』を目で追う。
しかしそれは予想通りで、黒い髪をなびかせた緋優であった。
―――緋優じゃ・・・ないみたい
率直な感想が頭に浮かび、すぐに正気に戻る。
「緋憂?!ねえ!何してるの!」
緋憂はすごい形相で現れた扉を押しあけようとしていた。
まるでそれは、この空間から一刻も早く逃げ出したいように見える。
「ちょっと待って・・・!緋優にはまだそんな力・・・!」
愛が手を伸ばして、止めようと、走り出した。

同刻。

―――西洋城

ぐちゃ、ぐちゃ、と嫌な音がする。
肉が割かれ、噛み砕かれる音。
血が滴り、皮がはがれる音。
ズルル・・・
石でできた城の床に落ちていったのは、内臓の類だった。
「・・・来る・・・。」
口をぬぐいながら、女は呟く。
「肉・・・。」
口元は、間違いなく、笑っている。
「死神・・・・。」
血のしずくが、床に小さな水玉模様を、描いた。
 

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