マツリを、ねぇ。マツリを、壊さないで。


放課後。
「・・・・・・・・・・・・。はぁ・・・。」
「よっ!」
「!」
ボスッ、と、いきなり、後ろから叩かれた。いづみは肩をびびらせた。
「っ・・、り・・リョウ!」
「久しぶりーっ。」
きらきらの茶髪を弾ませて、彼女はにこっと笑った。美人だよね。
「あれ、・・・マツリは?」
「こんな時間にいるわけないデショ。あの子帰宅部なんだから。つーか・・・。」
「?」
「・・・・・学校に来てないから・・・今。」
「・・・・・へー・・・。珍しい。」
「・・・。」
「・・・・なんか、あった?」
「・・・・・。マツリがね。」
「うん。
「・・・・・メグに。壊されちゃった・・って。」
「・・・・・・・・・。」
歩く二人と、繁華街の赤いランプ。
「椎名先生が。」
「・・・ふーん。」
無言になった。
「だけど、私のことは、忘れてないって。」
「・・・・・誰かのことは忘れちゃったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
いづみが、リョウを見つめた。
「・・・・・あ・・。」
そういうことか。
「メグ・・・・。」
しかいないよね。
「・・・・ふーん。・・・あいつも、今、見ないけどね。」
「・・・あ・・!」
「・・・?」
「今日・・・屋上で変なもの見た。」
「変・・・?」
「・・・白い、影。」
「・・・・・。」
沈黙。
「・・・・・・・・・あ。あれ。」
「え?」
リョウが指差した。
「マツリじゃん。」
「・・・・。あ!」
声を漏らした瞬間にいづみが走り出した。
「マツリ!!!!!!!」
走り寄って。
「!」
ギクッとした。いづみ。
「・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・。」
「・・・いづみ・・・。」
マツリが、いづみを見て、言う。
けど。
「やっほーマツリぃ―――・・・・・。」
リョウも寄ってきて、そう言いながら、脚を止めた。
呆然とした。
「・・・・・マツリ・・・。どうしたの・・・?」
「?・・・・なにが・・・・?」
「・・・・顔・・・色・・・最悪だよ。」
「そうかな・・・。」
きょとんと、自分の手を顔に当てる。彼女。
その手が。
「・・・・・・・・・っ。マツリ・・・ッ・・・!」
その手を見るマツリの目が。

赤かった。

「・・・・・いづみ?」
きつく抱き絞められたその隙間から声を洩らす。
いづみの腕がマツリの首を抱き絞める。
「お願いだから・・・ッ・・・!」
「・・・・?」
「お願いだから・・・ッ壊れないでっ・・・・・!」
真から、叫ぶような。彼女。


「・・・珍しいねー。」
「・・・・・・・今の状態の・・・マツリのこと、知ってるのは、先生だけだから。」
いづみは保健室に息を切らしてやって来た。そして問い詰めた。
「・・・・・・買いかぶりだよ。」
「・・・・。」
睨むように。いづみが椎名を見た。
「・・・・マツリに会ってください。」
「・・・・・どうして?」
「マツリを、助けて。」
「・・・・・・・・・・・・・?」
 

そうやって、結局、いづみは保険医をマツリのもとへ引っ張ってった。

「マツリッ。」
「・・・・・・お、いづみー。おっかえり。」
マツリを座らせて、一緒に付き添っていたリョウがにかっと笑って手を振った。
「・・・・・こんばんは。先生。」
リョウが笑った。
「こんばんは。」
にこっと椎名が笑って。そして、マツリに目をやった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙と、見つめあい。
「・・・・・・・・・・・・・これは。・・・やっぱり買いかぶりだよ・・・。高橋さん。」
呟いた。
だって、こんな風にまでやつれたマツリを、椎名は想像できていなかった。
「・・・・マツリ。」
「・・・・・。」
ただ、黙ってマツリは椎名を見上げてた。
「手、見してみろ。」
「・・・・・・?なに・・・?」
すっと手を差し出した。
「・・・・・痛まないのか?」
「・・・・・どうして・・・?」
正気だったんだろうか。
「・・・・・・・っ。」
いづみが、マツリの手を見つめて、顔を小さく歪めた。
ボロボロだったから。
何に使ったのか解らないけれど。
硬いものに打ちつけたように晴れ上がって、なにか鉄のようなもので切ったような傷がついていた。
ひどいものだった。
それに気付かないかのように、マツリはその腕をぶら下げて、平然としていた。
「・・・・・・・目は?」
「・・・・・目?」
「その目、どうした?」
「・・・・なにが・・・・?」
何も、きっと見えていないんだ。
漆黒の目が、うっすらと、赤味を帯びて、そして鋭いまでにまっすぐ見つめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。マツリ・・・学校休んで、何してたんだ・・・?」
「・・・・?何も、・・・特にしてないです。」
「メグは?」
ぎしっと何かが張りつめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
嫌な緊張が走っていた。
「どうして?」
そう。
「どうして私があの人のこと、知ってると思うんですか?」
それが、崩壊だ。



「忘れちゃったのは、メグだけ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・。」
マツリが家にさっさと帰ってしまった後のファーストフード店。
椎名と二人の女子高生。
「だから君達は、安心していいよ。じきにマツリも学校に来るさ。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
俯いて目線をあげない、いづみと。
腕を頭に回し、よそを向いている、リョウ。
ははっと二人を見て、小さく椎名が笑った。
「納得いかなさそうだねー。」
「・・・・・はい。」
「・・・ま、あたり前だよねー。」
「・・・・うーん。あんまり深く話せないんだけどね。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「ただ、俺も、マツリのことはよく知らない。メグのことは、それなりに知ってるけど。」
「・・・。」
「それでも言えることは、マツリはメグを記憶から消したいと思うほど、極度のストレスをメグ、からとは言い切れないけど、メグ関連から受けたんだろうねー。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・、先生。」
いづみがいきなり、口を開く。
「ん?」
「・・・・・・メグって、本当に呪われてるんですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・どうして?」
「・・・・呪われた手の、噂、聞いたことありますか・・・?」
「・・・ま、それなりに。」
にこっと笑う。胡散臭いんだよこの保険医。
「私、今日、屋上で白い大きな影見ました。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
椎名が笑顔を消した。
「それ、もしかして、メグだったのかもしれないです。」
「・・・・。」
明らかに変わった椎名の目の色を、リョウは腕を頭に回したまま見ていた。
「呪われた手、が。マツリを苦しめていたのかも・・・知れないですよね。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「オカルト、だね。」
椎名が笑って言った。
「・・・・・・。」
いづみが黙った。時。
「知ってるんでしょ先生。」
差し込むような、声が、ここに。
二人が顔を、いっきにリョウに向けた。
「・・・・え?」
「・・・・・・。なにを?」
笑ったまま。
「知ってるんでしょ、先生、メグのその白い影のこともさぁ。」
ガッタン。
後ろに傾いていた椅子が四本足で地面を刺した。
「マツリのことも。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「・・・・・・・・・・・・はぁ。」
椎名が、それを破って、ため息をついた。
「最近の女子高生は、強いよねー。」
はは、と椎名が笑った。
「呪われた手っていうのはね。メグの体に喰いついた、化け物のことだよ。」
「・・・・・・え?」
「もっとも、深くはいえない。極秘事項だから。」
「・・・・・・。国光の?」
リョウが、呟いた。
椎名は一瞬驚いた。が、またにこっと笑った。
「マツリが変になったのは、国光の男が転入生を学校に入れに来た日から。メグが国光に噛んでるのは。明白じゃん。」
「・・・・・・・・。」
なに、それ、という顔で、いづみがリョウを見た。いきなりのスケール増強。
「さぁねぇ。」
椎名は笑ったが、続けた。
「ただ、コレだけ。」
「?」
「呪われた人間に関わった人は、皆、壊れてしまうんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ぞっとした。なんでかは解らないけど。いづみは、ぞっとした。
「メグは、いろんなものを。一番壊してきた人間だけど。」
「・・・・・・・・・。」
「メグがそれを、壊そうと思って壊したかは、また、別の話だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙を泳いだ。
「・・・・・・誰を。」
いづみが、顔を上げる。
「誰を、壊したんですか・・・。メグは。」
「・・・。」
「みんなって、誰・・・・?」
ファーストフードの騒音。
「家族だよ。」
ぎしっとした。心臓。
「メグは、一番初めに、自分の家族を、壊してしまった。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・壊したかったんじゃ・・・ねぇよ。」
俺は。
肩を抱く。

―――最初に、絶望を覚えたのは、死を見たとき。

「母さん・・・・・。」
立ちすくんだまま。白い包帯を巻いた左手をぶら下げた。
黒い服。母が死んだ。
眠ったようなあの人が、病院の小部屋から、でてきて、オレの前を、静かに通った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
俺は、自分の腕を見てた。
白い包帯。うずく、うずく。出てきそうだ。
あいつが。
「・・・・・・・・ッ。」
右手で、握りつぶす。
そうやってついた、爪のあとから血が滲む。そんな、冬。
母は、静かに死んだ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
涙が、止まらなかった。
痛みが、止まなかった。
だけど、オレの側には誰も、いなかった。
いてくれなかった。と、言ったら、うぬぼれか。
もとから、そんな人、いなかったのかもしれない。
働いて、働いて、母を守ってきた、あの父は。
俺を抱いてはくれなかった。

あたりまえだ。

この ひとごろし。
周りの目が、刺さる。オレの頭。脳内。その言葉だけ。
もっともだと、思う俺の懺悔は、誰にも吐き出せなかった。
初めに俺が、壊したのは。
「メグ・・・。」
「・・・!」
父だった。
顔を上げたとき、冷や汗が、つっと出た。だって、今まで見てきた、優しい顔の父はそこに立っていなかった。
やつれて、鋭い目をした、そんな男。知らない男に見えた。
「来なさい。」
「・・・・!ぅぁ・・・っ。」
グイ!っと、力ずくだった。引いていく、手。
俺は、母の葬式には、出ていない。
そのまま。あの監獄へ、ぶち込まれたから。
ガシャン・・・!
何かが閉まる音がして。俺は、暗闇に繋がれた。
「お父さん・・・・。」
呼んでみた。
「お・・とうさん。・・・お父さん!お父さん!」
ガンッ
壁を、殴った。
涙が出てくる。
声が枯れてくる。
「おとうさん!」
声は、届かなかったようだ。
そこは、地獄のような世界だった。
世界で一番目に生まれた、ブラックカルテ。
世界中のトップクラスの学者が俺を見にやってきた。
全員が全員、俺を見る目が、実験台だった。
どんなことが、そこで行なわれたかは、きっと想像もつかないと思う。
俺は、ただ、いじくられた。
父が、時折建物の中にいた。
時々、やつれきった俺とすれ違って、一瞬目を合わす。
あぁ。
「・・・・・・・・・・。」
酷く残酷な顔でうっすらと、笑うんだ。
お父さん。
きっと、呼んでも声は届かなかっただろう。1メートルの距離にいたのに。きっと。
俺のことは、きっと、見てなかった。
オレの左手は、日々その凶暴性を増していった。
喰いたくて喰いたくて。誰かの恐怖を。
だけど、俺は押さえつけた。
毎日毎日爪をたてる。
あの頃の俺は、あいつをオレの意思だけで押さえつけるのは、困難で。酷いときには、叫んだ。
その時の俺の手は、赤く染まった。何かで切れていた。

たすけてよ。

そう思う一方で。人殺し。という気持ちにやっぱり駆られる。俺がこんな目に会うのは、当たり前だ。
ごめんなさい。
の気持ちで。いっぱいだ。
父の崩壊も。これは、オレのせいだった。
父は、オレの腕が母を襲ったその日、俺をぶん殴ってはくれなかった。
父は、オレの腕から生えるあいつを見て、明らかな恐怖を示した。ざわつく手も。流せる涙も。
俺は、止まった気がした。時間が止まったきがした。
俺との距離をずっととったまま、絶望の目で俺を見た。震えてるのが見えた。
「と・・・。」
震える声を、絞った。
「喋るなッ!」
父が、叫んだ。もう、話すことは出来なかった。
「お前は、なんだ。」
もう、ずっと。その時から、俺の声も、姿も、届いてなかったんだ。
化け物にしか、見えないんだ。



「・・・・・。」
暗くなった教室で、一人の少女が立ったまま、見る。
「やっぱり・・・。この絵・・。」

「梓!」
がらッ。
保健室の、戸が開く。
「んー。」
ファーストフード店から帰ってきていた椎名が書類をバサバサさせながら、答えた。
「梓っ、梓なんでしょ!あの絵描いたの!」
「なんの絵―?」
そっけない。それでも少女は噛みつく。
「美術室の!美術室の絵!マツリのやつ・・!」
「・・・・・・・・・あぁ。」
ガタン。
立ち上がった。
「・・・・・・・・・つか、お前なんでマツリのこと知ってるんだ。」
そしてカバンの中に、それらの書類をつめる。
「ッ・・・。」
「・・・・・・・・・・・楓。」
すっと楓を見る。
「お前ちょっとやりすぎだろ。」
「・・・・。」
「メグを恨んで殺しても、何もかわんねぇよ。」
「そんなんじゃないっ!」
「どんなだよ。」
「・・・・っ。」
「お前のお父さまは、メグを殺したって、お前だけを見ることはないよ。」
椎名が、楓を見つめて離さない。
「あの場所は、メグが消えても、消えないよ、楓。」
「・・・っうるさい!」
ばっと耳を塞いだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・楓・・・。」
椎名が言葉をこぼす。
「・・・・・・・・・・・じゃあ。」
楓が顔を上げないまま、呟いた。
「・・・・・?」
「マツリを殺せば、梓は私を見てくれる?」
「・・・・・かえ・・。」
「私だけに絵を描いてくれるっ?」
「楓・・・っ。」
「マツリが死んだら、メグだって、死んでくれる!?」
「楓!」
「あははっ・・・・っあははははは・・・っ!!!!!」
楓は壊れたように笑い出した。
その目に、こぼれる、涙。歪んだのは表情だ。
「楓っ!」

楓が、壊した物は、なんだったんだろう。



「・・・・・・・・・・・・・メグ・・・・・。」
マツリが呟いた。
頭に、確かにひっかかる。言葉だった。
一人で、部屋で。マツリは肩を抱いた。
「誰だっけ・・・・。」
薄暗い部屋で、外の外灯だけが指す部屋で、呟く。外を見る。
「・・・・・・・・・・。・・・・あれ・・・。」
ぽつ。
と落ちたのは。
「・・・・・・なんでだろ。」
涙だった。

―――思い出したくないの。
どうして?

あの、落下の感覚を、もう、味わいたくない。


その夜を境に。

「・・・・マツリも学校来ないままだし、メグもいないし。」
「おまけに噂の転校生も来なくなったみたいだよ〜。」
リョウがふーっとため息をつく。あの体育館裏。
「さらに、私まで授業をサボると言う始末。」
「不良が増えたものだよね〜この学校も。」
「うっわー。ダブったらどうしよ。」
「仲間が増えるだけだよ。」
やめてくれ。



国光。
「大蕗、マツリ・・・?」
「はい。楓が、その名を、呼び続けてます。」
「・・・・・・。」
空気がざわめく。
「大蕗、だと?」


「大蕗、・・・大蕗・・・マツリ・・・・。」
カチャカチャカタカタ・・・
キーボードをうつ指々。
椎名の珍しくかけた眼鏡に光が跳ねる。
「・・・・・やっぱ・・・ねぇな。」
ないんだ。
――学校に住所も連絡先も、なんの個人情報もないなんて。
おかしい。
奇妙な話だ。
ありえない話だ。
学校の不手際、とずっと思っていた。
だけど、それにしても、おかしい。
学校の一教師ですら、マツリの情報がないことを知っていた。
それならばなぜマツリに書類の再提出を求めないのか。
答は1つだ。
マツリに、それが許されている。
学校以上の国光レベルの権力で。
「・・・・・・・・・大蕗・・・・・・。・・・大蕗・・・?」
ひっかかった。
「・・・・・どっかで・・・・。」
どこかで。
聞いたことがあるような気がした。
「・・・・・どこだ・・?」
プルルルルルル・・・!プルルルル・・・!
「!」
なんだ、一応動くのか、この電話。
椎名が呟く。だってこの電話。
椎名が赴任してから鳴ったことは一度もなかった。
「はい。・・・・・・・はい。なんだ・・・あなたですか。」
国光。
「珍しいですね電話してくるなんて。何かあっ・・・・・えっ!」
ガタン
立ち上がる。
「楓が逃げた・・・ッ!?」

摩天楼も、月に飲み込まれそうな夜だった。
その日の夜は、誰の心も波のように穏やか。
誰の心も、何にも映さない冷たい海の波。
誰の心も、これから起こる、大きな衝撃に、波をうつ。

あの日を、まだ。覚えてる。

 

ダブリ9   終わり 

ダブリ10へ⇒

■ホーム■□□   拍手   意見箱  投票
■ダブリ イントロへもどる■□□


 

 

inserted by FC2 system