ダブリ3


きっと、彼が投げたのは何処にも吐き出せない感情だ。
 

暫らくの日がたった。あの日以来学校でメグを見ることはない。
マツリはため息をついた。
夏休みが迫っていた。
学祭の準備や体育祭のダンスなどで心を弾ます生徒は多かっただろう。
マツリはそれでもため息をついた。
「どうしたの?」
「んー・・」
いづみがいつもどおりにマツリの肩を軽く叩く。
放課後になったにもかかわらず、掃除当番がはき掃除を始めたにもかかわらず、彼女は机に座ってため息をついていたから。
「いづみ部活は?」
「もう行くけど。」
いづみが忙しそうに帰る支度をしていた。
彼女はこの前の大会で3位への入賞をはたし、夏の大会への切符を手に入れた陸上部の短距離走選手だ。
「いいね、いづみはダンスの班わけに入れられてなくて。」
マツリがぼんやり言った。
「んなこと言ってー。なに?マツリは何すんの?」
「衣装」
「踊らないんだ・・・」
笑った。
マツリも笑った。
が、やっぱり胸をよぎるあの日の昼休み。
彼が剥き出した、あの感情。
マツリを今でも縛り付ける気がした。ため息の由縁。
「そういや最近メグ見ないよね」
ドキッとした。マツリは鞄にしまう教科書を持つ手を止めた。
「・・・・・・う、うん」
どもるなんてマツリにしては珍しい。
「?ま、いなきゃいないでも良いけど。平和だし。じゃーねっ」
そう言っていづみは教室から出ていった。マツリは手を振る。
「・・・・・・・・・」
平和。確かに近頃平和だった。
もうひそひそマツリをメグの女と囁く人たちも減ったし。刺さるような目もやんだ。
「・・・」
マツリも教室を出る。空が、灰色の世界に見えた。
「・・・・・・・・」
ざわざわマツリに向けられているわけではない人の音をぼんやり聞きながら。渡りを歩いた。
「・・・」
「あれっ?」
声に顔を上げた。かわいい声。
「あっやっぱりあの時の子だっ」
「え・・・・?・・・・ぁ」
茶髪のロングヘアー。かわいらしい顔。知っていた。
「あの時の・・・」
あの時だ。
メグが階段から落ちるマツリをかばって傷口が開いた時、一緒にメグを運んでくれた女の子。
「そーそーあの時のっ。あはは。今帰りー?」
「・・・う、うん」
どもった。
「あ、マジで!一人?」
「・・うん」
「ちょっと待って一緒に帰ろっ」
「え!?って・・・あ!」
そう言った時には駆けだしていた。彼女。変な子だった。
「・・・・・」
その場で待つこと五分間。彼女は走って戻ってきた。
「ごめんごめん」
「・・・・・」
歩きだす。なんなんだろう。いきなり。
「・・・・・・・・・・あ。この前、ありがとう・・ございました。」
マツリが切り出した。昇降口前。彼女は靴をとんとん鳴らす。
「?あー。いいのいいの。周りの奴らが動かないからさぁ。」
「メグだから・・・」
「?なに?メグって」
「・・・・・え」
校門前。
「あの、運んだ男の子・・・。」
「・・・あーっ。あれが噂の彼だったんだ!?」
知らなかったんだ。そっか。だから。
「ふーんっ。今元気なのあいつー」
「・・・・うん。全快みたい・・」
「良かったねっ」
にかっと笑った。だから、すこしあっけに取られた。
「・・・・怖く、なかったの?」
マツリが何度も言われてきた言葉を、今度はマツリが言った。変な気がした。
「え・・・?」
「メグのこと、周りの連中みたいに・・・」
「あー。うん。だって別に私が何されたわけじゃないしっ普通の男の子なんでしょー?」
明るく言った。
「・・・うん。」
「あ。ごめん。名前なんだっけ」
今更か。
「大蕗 祀」
「オオフキ マツリ?私長谷川 寥。」
「・・・リョウ・・・?」
「そ。よろしく。」
「・・・よろしく」
「私2年だよ。あんま学校来てないけど。」
「私も、2年。深町先生のクラス。」
「あー。あの化学のーっ?あはは。私担任の名前すらわかんない」
「・・・・ダブるよ?」
「いいよ。そしたらもう一年やる。」
「・・・・・・・・・」
あっさりと、しすぎている女の子だと思った。軽やかで。明るい。
「今度紹介してよ、メグ」
背の高い軽やかな女の子。


「まぁた、ぼーっとしてる。」
いづみが呆れた顔でそう言った。マツリが顔を上げる。
「あ。」
「移動教室だよっ。家庭科」
「・・・・そか。」
「カロリー計算だよー。カロリーブック持ってきた?」
「うん」
ごそごそと机を探る。
マツリは本当に最近ボーっとしていた。いづみはそれに慣れてきた。
移動。
「メグが気になるー?」
「え?」
いづみがついに切り出した。
「・・・・・・・なにそれ」
「気にしてるんでしょ。だってずっとだもん。メグが現われなくなってから。」
「なにが。」
「ぼぅっとしてる。考え事?」
「・・・んー」
「メグとなんかあったの・・・?」
「・・・・・・・・・・」
黙った。
「・・・・ま。言えることならいってよ」
「・・・・・・・うん」
小さく頷いた。
きっとさ。
きっと。
私は触れてしまったんだよ。きっと。
あの人の、深き傷に。初めて爪で触ってしまったんだよ。
家庭科の授業は本当につまらなかった。
マツリはふっとため息を漏らす。なんだかんだ要領は良いから、彼女のできは早かった。
「・・・・・・・・・・」
ただ、無言でいたかった。


「おっ。またあったねーっ」
「・・・・あ」
リョウがいた。そこに。廊下に。
「・・・・・おはよう」
「もう昼だよー。なに今から昼?」
「うん。いづみが今日は委員会でいないから」
「じゃ、一緒に食べようよっ。いいとこ知ってんのっ!こっち!」
そういってマツリの手をひっぱって駆けだした。凄い子だ。
「ほらっ此処!」
「・・・・!」
「ね。いいとこっしょ。」
体育館裏。殺風景ではあるが芝が植えてあって、空が青く見える。いいとこ、だった。
「・・・・・・」
「ほらっ座りなよ。平均台あるから。」
「・・・うん」
すでにリョウは座ってパンを広げている。
マツリも赤い平均台に腰掛けて、パンの袋を開けた。
「どーしたの?」
「え?」
マツリは振り向いた。一瞬何も考えてなかった気がする。
「ぼーっとしてるよ。この前も。・・・もしかして天然ボー子?」
「・・・・・違う」
まぁ、ぼーっとしてる方ではあると思うけど。
「・・・触れちゃいけないものに。」
「え?」
「触れちゃいけないものに、触れてしまったら、リョウなら。どうする?」
「・・・・。・・・んー」
一瞬止まったが、彼女は考え出した。
「それ、触ったら怒られたの?」
「・・・うん。」
「んー・・・」
考えた。その綺麗な色の髪が、太陽できらきら見えた。マツリはリョウを見つめた。
「悪気があって触ったの?」
「・・・・・・・・違う」
「ならどうして?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうして
「・・・・なんでだろ」
「問題はそこだよ」
「・・・・・・・・・・・」
にこっと、リョウが笑った。マツリは一瞬黙って、そしてパンをほお張った。


 逢いに行こうと思った。

メグに逢いに行こうと思った。
だって、リョウは加えてこう言った。
「それ、触って傷つけてしまったんなら、謝れば良いじゃん。心こめて謝れば良いじゃん。許してもらうためじゃなく。謝ればいいんだよ。」
謝らなくちゃ。
許してほしいからじゃなくて。
傷つけたこと。傷に爪で触ったこと。
それ、私は傷つけるためにしたんじゃないってこと。
ただ、知ってほしいから。
マツリは走り出してた。
普段あまり走るほうではないけれど。走っていた。
廊下。職員室。保健室。ぬけて。
保健室を通りすがるとき、中から良い香りがした。
「あれぇ?マツリじゃん」
「あ」
脚を止めた。目の前にあの金髪の保険医がいたからだ。
「・・こんにちは」
「こんにちは。なに?どうしたの。走って」
「・・・あ・・・。メ・・。あ。そうだ先生」
「ん?」
「メグって、・・・・その・・・・病院で使ったっていったあの手・・・何に使ったんですか。」
「・・・・・・・・・・。・・・・・聞いてどうするの?」
「・・・・・・・・・・・どうする・・・とかは」
「・・・・・・・ふ」
ため息をついた。保険医。
「傷つけたんだよ。」
あの手が。あの化け物が。
「自分の母親を」
「・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・?」
びしっとなにかが 皹入る音がした。
「そ・・・」
「母親がどうなったか、知りたい?」
「・・・・・・そん・・・」
「・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・事実だよ。」
ずしっとした気がした。
「君には言わなかった。事実だ。」
また。
「・・・・・・・・・・どうして・・・言わなかったんですか」
鐘がなった。
「・・・・・・・・なんでだろうね」
悲しく笑った。
「・・・・・お母さんは・・・」
マツリは。分かってたのに。
「・・・・・・・・亡くなったみたいだよ」
聞いてはいけないって、分かっていたのに。その言葉の結末も分かっていたのに。


また。走り出した。ただ、脚が重かった。

私って、やっぱり、化け物なんだろうか。


ガチャ!!
「!」
5限を最近よくサボる。マツリが思いっきり屋上のドアを開けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そこに。
「・・・・・・・・・・・・メグ・・・」
メグがいた。本当はいないと思ってたのに。彼はいた。
「・・・・・・・・」
だけど、黙ったままだった。
「・・・・・メグ」
もう一度。
「・・・・よぉ」
振り向かずに言った。
「・・・・・・・・なんか用か。」
付けたす。
「・・・・・・・・探してた・・」
「なんで」
即答。
「謝り・・・たくて」
「・・・・・・・・・なんで」
「・・・・・・・・・・・・許してほしいからじゃない」
「・・・・・答えになってねぇよ」
たしかにね。
「傷つけた」
「傷ついてねぇ」
即答2。
「言ったろが。傷つく傷つかねぇってのは・・・・・―――」
「化け物同士でなら」
「・・・」
メグが振り向いた。
「ありでしょ」
マツリが言った。
その目が。いつもと違って見えて、メグはまた前を向いた。
相変わらずマツリの目の前にあるその背中。
「・・・・・・・・・・俺がなんで手を使ったか聞いたか」
呟くように尋ねた。
「・・・・・・・・・後で・・聞いた。」
嘘は付けないと思った。
「・・・・・・・・・・そうかよ」
「・・・・・」
ため息交じりに息をする。メグの背中が寂しく見えた。
「・・・・・・分かったろ。俺が正真正銘の化けモンだって。左手だけじゃねぇんだよ。俺自身が、化け物なんだ。」
「・・・・・」
メグは。きっと傷ついたんだろう。
「メグ・・・・・」
きっと、その時。一番深い傷を負ったんだろう。そして膿んでしまったその傷を今で負っているんだ。
「痛かった。でしょ」
「・・・・・なにがだよ」
その傷に触れられてしまった時の痛みは、激痛。あたり前だ。怒るのは。
「・・・・・・・」
マツリは答えなかった。これ以上言うと。なにかが嘘っぽくなってしまうと思った。
「傷つけたくて傷つけたんじゃないよ。ただ。それを解ってほしいんだ」
だから。これだけ言った。
だけど。メグに深く突き刺さった。
メグがマツリをまた、見た。
「メグがその時、お母さんに謝りたかった理由とおんなじだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
その時のメグの顔は、驚いていると言うか、なんというか。解らなかったけど。
「・・・・・・・・・・わっ・・・」
立ち上がった。
「わっかんねぇだろっそんなのお前には・・・・!!」
「・・・・分かるよ」
マツリと向き合った。
「・・っ・・・」
メグの言葉は言葉にならなかった。
マツリの目が、やっぱり真っ直ぐで、本気でメグに向かい合っていた。

わかんないだろ。普通。「メグ」が母親を傷つけようと思って傷つけたと、考えないんだろうか。この女。
だって、マツリは「メグ」が、その手を使って故意に人を傷つけているところしか見てないんだ。
彼女は。
なのに。
なんで。
そう。
「・・・・・・・・・・っ・・・・・」
信じるなよ。そんなに真っ直ぐに。
俺を、信じるな。

メグは下を向いた。
マツリはそれでもメグを見続けた。
その目線が、刺さった。
でもいつも刺さってくる視線の鋭さとは違っているのはメグにも分かった。
あったかかった。
「・・・・・・マツリ・・・っ」
「うん」
応える。
「お前・・・っなんなんだよ・・・・!」
「・・・・・・・・」
メグが左手で前髪を、顔を隠す前髪をクシャッとした。
「ははッ・・・もう。お前・・・」
「・・・・・・・・」
笑った声も震えてた。
「ありえねぇ・・・!」
「・・・・・・ありえないかな」
「・・・・ちったぁ怖がれよ・・・ッ」
話をそこに戻すか?
「ちったぁ疑えよ・・っ・・・ちったぁ嫌悪しろよ・・っ」
「・・・・・・」
「理由ならあるだろ・・っ・・・・。なんなんだよお前」
笑うように、震えたような声で言った。
いっそうぐしゃぐしゃになった。メグの髪の毛。
「なんで・・・俺にそんな風に言うんだよ・・・・・・・・・っ・・・・・・」
左手が緩んだ。マツリはただ、それだけ見てた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
メグが顔を上げない。
「・・・・・・・・・・なんでだろ・・・。本当は、一番私が私の意味が分からないんだ。」
マツリは呟いた
「はっ・・」
メグは笑った。
「!」
がっ。突然。マツリの肩辺りの制服をメグが掴んだ。右手。
「・・・・メグ・・・?」
「・・・・・・・・・っ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・五限の授業・・・単位取れるかな・・」
呟いた。

救われた気がしたんだ。

きっと、救われた気がしたんだ。
 



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