「マツリー!」
「あ」
「もーどこいってたのよ五限!ホントにもー!」
「ごめん。先生怒ってた・・・?」
「自習だったからよかったもののー!」
「あ・・・・良かった。」
「反省の色無しっ?」
いづみはガーンとなった。
「もー・・・これ。課題!ちゃんと出しなよー?」
「・・・うん。ありがと」
「あー次リーダーかぁ・・・・ったりいなぁ」
いづみが伸びをして、そういって。席に着いた。
「・・・・・・」
メグは。
もう帰ってしまったかな。
「・・・」
マツリも席に着いた。
「・・・・・・・・・・・」

あの後。メグは暫らくマツリを離さなかった。
暫らくして、彼の手はマツリを放し、そしてため息をつく彼の顔に持っていかれた。
「・・・・・・・・メグ・・・?」
「・・・・・お前・・・やっぱありえねぇわ」
顔を上げた。メグの顔は。
「・・・・・・・・・そうかな」
「あぁ」
笑ってた。
「・・・・そうだね」
「あぁ。」
いつもよりずっとかわいい顔で、笑ってた。だから、マツリも小さく、笑った。


「・・・・・・・・・・・」
授業。聞いてないけど適当に分かる。だからかったるい。授業。マツリの成績は、中の上だった。
は、とため息をはき出し、そして、ひじをついた。
「・・・・・・・・・」
ただ。気になることがあったんだ。
メグの、その、病院での出来事。
「・・・」
聞かないほうがいいに決まってる。だけど。気になった。
あぁ。やっぱり私って。
マツリは呟くように思った。
「・・・・・」
やめとこ。


夕。
 

「マツリッ!」
「・・」
振りかえる。メグの声に。
「・・・メグ」
繁華街の帰り道。マツリが初めてメグとであった道の側。
「帰り・・・?」
「あぁ。」
並んだ。もうすっかり慣れてしまった。この距離。
「家、どこなの?」
「あー・・・あっち」
「・・・・・」
どっちだよ。
「マツリは」
「・・・・南町」
「近いじゃねぇか」
「うん。だから歩き。」
メグは笑った。
なんか。素直な単なる少年に見える。あの狂気が、一寸も見えない。
「・・・・・・・・メグ・・今でも、その左手。あの化け物がいる・・・?」
「あ・・・?」
聞き返す。
だって。もういないと思えるほど彼の顔は以前に比べて穏やかになっているんだ。
「・・・・・・居るに決まってるだろ・・・・」
その顔も。曇らせてしまった。
「・・・・・・・そう・・」
ごめん。
「・・・・一時たりとも気を抜いたことねぇよ・・・。」
「・・・・・・・・・・」
「こいつの暴食の欲は、でかいから。近くに恐怖があるだけで、うずくから・・・・」
「・・・・・・・・いつも・・飛び出してくる・・・・?」
「・・・・・・・いや」
悲しい顔をした。
ドキッとした。
「・・・・たったの二度だけだ・・・。出てきたのは。」
顔は悲しい笑顔だった。どうしたら。
どうしたらいい?こんなときは。私。
「・・・・・・・・・・怖かったんだね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」
素直だな。
「・・・・・・・」
無言で歩いた。歩いた。
ひとつのガードのところでメグが止まった。
どうやら彼はガードをくぐるらしい。マツリはそのまま道を行く。
「・・・・・あ・・・じゃ・・」
「マツリ」
「・・・・・・・うん」
応えた。
「本当にオレのこと、怖くないのか・・・?」
「・・・・・・」
マツリは口を一度占しめた。
「・・・・・・ううん」
小さく。
「本当は、いつもその手が、少しだけは怖いよ・・・・だけど。」
「・・・・・・」
「メグは大丈夫だって。思うから。」
「・・・・・・・・・・・・・は・・・」
笑った。
「俺がさ。」
「・・・・・・・・・・え?」
「俺が初めて傷つけたのは、母さんだったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・?」
いきなりそれを言いだしたメグにマツリはあっけに取られた。
「・・・・・・それ・・・・」
「俺の。手、初めて怖がったのは、母さんだったんだ。」



雨が、降ってきたんだ。

 

私立病院のG棟。
母親が、入院していた棟だ。
うんと寒い季節が来ていた。
今年は降りそうだった。久しくみていないあの白い雪。
母親の病気は、なんだっただろう。
ただ、時間と共に体を蝕む、酷い病だった。治らない病だった。今の医学でも。
「・・・・・・」
幼かった。
俺は、幼かった。あの日俺は。まだ、九つだった。あの頃、オレの左手は軽かった。
毎日のように病室へ通った。
父親は、母親の入院費を稼ぐため日々働きづめで家に居ることは殆んどなかった。
そんな生活にもそろそろ慣れていた。
病室へ行けばお母さんに会える。それだけで、俺は良かった。
だけど、その母親も。やっぱり日に日にやつれていった。
発病から病死まで、この病気は平均6年で死んでしまうと言われていた。
母親は、そのときすでに発病から4年になっていた。
もう死がいつ目の前に現われるか、わからない。
そんな毎日だったんだ。
空気が白かった。口から出る空気だ。
「お母さん大丈夫?」
莫迦なことを尋ねたものだ。
「・・・うん・・・大丈夫・・・心配しないで、ね。」
やさしく笑う、だけど苦しそうな姿。
母親が、大好きだった。

俺は、大好きだった。
思えば、苦しそうではあったが、俺はそれまで一度も発作を起している母親も、病により体に走る激痛にうめく母親も、見た事がなかった。
隠してたから。あの人が、俺にそんな姿は見せまいと、酷く頑張ってくれていたからだ。
にこっと笑う母親。その姿しか。見えてなかった。
俺。
だけど、あの寒い日。
雪が降った。俺は嬉しくって。走って病院へ行った。
「お母さんお母さ・・・・っ」
病室のドアに手をかけたときだった。
ガシャーン!!!
酷い音がした。何かが崩れたような。割れたような。
「!」
ドアの隙間に思わず目をやってしまった。
「ううううううううううううううっ」
「神威さん・・っしっかり・・!・・・・・・・・・・・ナースセンター!G508号室の神威さん発作です!鎮静剤と痛み止めを至急持ってきて!!・・・・・神威さん!」
「・・・・・うあああああっ・・・・」
叫ぶ声が。
耳に焼きついた。
そんなふうに取り乱して叫ぶ母親に。痛みと苦しさに耐えて叫ぶ母親に。
怖いと思ってしまった。
どうしよう。どうしよう。・・・そればかりが頭にまわった。
「かあ・・・」
がたがた震えてた。ドアにかけた手。そこに。
「どいて僕!」
「!」
がらがらっ・・!
何人かのナースが駆け込んできた。
そして苦しんでもだえる母さんに処置を始めた。
「・・・・・・・・・・・・・っ」
俺は怖くて、泣きながら、逃げ出していた。
外には雪が降っていた。

残酷だと思った。

「・・・・・・・・・・・っ・・・・」
涙が溢れて止まらなかった。
怖かったから。
あの、母親の姿も。来るであろう母親の死も。怖すぎた。
ぬぐい去ってやりたいと思った。
彼女がぶち当たってるであろうその恐怖を。
俺は、いつのまにか病棟の隙間の暗い細い通路に座りこんでいた。
雪が降っていた。
寒い、とは感じられなかった。
ただ。泣いていた。
母親の苦しみの大きさを目の当たりにして、どうにかしたくて、泣いていた。
きっと母は、俺がこのとき流した涙の数倍の涙を、その恐怖と苦しみのために流していたんだろう。

助けて。
助けてくれよ。
あの人を。
あの人の痛みを。
取り除いて。
たのむから。
死なないで。
誰か、あの人の苦しみを、取り去って。
取り去ってやりたい。俺が。
それ。強く思った。
俺。強く思った。

雪が体にぶち当たって小さく融ける。融ける粉雪。
俺は泣いた。うずくまって腕を抱いて、泣いた。
ぽつ、ぽつ。
と、体に雪が当たった。積もりはしないけれど。
「・・・・・・・・・・・・」
ぽつ・ぽつ。
ぽつ・・・。
ぽっ。
「・・・・」
ぽっ・・。ぽっ・・・。
「・・・・・・ぇ・・・」
左手に雪が落ちてその都度融けていっていたのに。
雪が当たったその部分が白くぼんやりと燃えるように揺れる。目に光が映る。
ゆっくり、ゆっくりと、雪が当たる所にどんどん浮んで揺れる。
白い影。
白い。焔。
「・・・・・・なん・・・だこれ」
呟いた。どんどん。雪が当たるところ。燃えていく。
「ぅぁぁ・・・ぇ・・っ・・・えぇ・・・?」
こんなこと。あるんだろうか。
左手が、白い光の影に包まれていた。
そして。
「ギギャギャギャギャギャギャギャギャギャァァァ・・・・!!!!」
「!!うっ・・・・っうあああああああああああああああ!?」
声を上げた。くるりとあいつが振り向いてつぶれた目を向けて、高笑いをしたんだ。
あの時の恐怖は。きっと、生涯一。
「うああああああああああああああああああああああっ・・うああっ・・・!」
恐れた。
「ギャハハハハハハハハハハアアアアアアアアアアアアアア!!」
あの高笑いは、一生忘れられそうにない。
「うわああああああああああっ!!これ・・っくそ!!」
左手を掴もうとした。だけど。
「!!」
自分の左手なのに、酷い冷気が噴出していて、手を引っ込めた。
「・・・・・・・っ!!母さんっ!」
走り出した。
振り切りたかった。左手。
思いっきり走った。
通りすがるとき、ときどき俺を見る周りの目。
もう、この頃からだ。あの目は。
左手にくっつくように揺れるあいつを振り切ることなんて出来るはずもなく。
俺は、それでも逃げるように走った。
俺は、生きてきた中で最も間違っていた選択を、ここでする。
俺が向かった先は。母さんの病室だった。

「母さんっ・・・・・・・・!!」
部屋に飛び込んだ。さっきの発作もおさまり、母親は眠っていた。
だけど、付き添っていたナースが、俺を見て小さく悲鳴を上げた。
「ひっ・・・!??!」
俺はシカトした。ただ母親に駆け寄った。
「お母さん助けて・・っ!お母さんっ」
ベットに駆け寄った。莫迦な行為だ。
俺は、発作と痛みに耐え疲れきって寝ていた母親を無理やり起そうとしたんだから。
「誰かぁ・・・・っ」
看護婦が部屋を出た。そして、俺は起きない母親に涙を流した。それから。
「・・・・・ひっこめ・・・っ・・!引っ込め・・・・っ!!」
涙を流しながら。目を吊り上げた。
あいつを見て、ブツブツ・・、唱えるように。俺は。
「引っ込めよ・・・ッ!!お前なんか・・っ!!消えちまえぇぇぇえええええええええええええッ!!
叫んだんだ。
そしたら。
ゆら・・・っ
「・・!」
すうっと、手の中に。
あいつは、ひっこんだんだ。
「・・・・・・っ・・」
涙だけが無表情の顔に流れた。そして、また。
「母さんっ・・・母さんっ!大丈夫・・・!起きて!」
今度は母親の目覚めないことに恐怖を覚えて彼女を起した。
「・・・・・・っ・・・・ん・・」
「!」
声をこぼす。
俺は、心が熱くほっとしたのを感じた。
「母さんっ」
「・・・・・・・・・・メグ・・・」
「母さん・・・俺・・っ」
「・・・・・メグ・・・。っ・・・そ・・」
母親の顔が歪んだのを覚えた。
「それ・・っ・・・なんなの・・・・?」
「・・・・・・・え・・・?」
指が震えて俺をさす。
「・・・」
俺は、また左手を、恐るおそる見た。すると。
「・・・・あ・・・」
白い光が、手から漏れるように、揺れていた。
「・・・・・コレは・・・っ」
「・・・・・・・・・」
母は絶句してた。
そして。
ボッ・・・!!
「!」
アイツが膨らんで。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・・っ!」
叫んだ。
「っ・・・っきゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
母親が叫ぶ。
「うああっ・・・!」
俺も叫ぶ。その瞬間。
ボァ・・ッ!!
あいつが、飛び出した。
体から。
飛び出して。
ブシュッ・・・・ッ!
一度も、聞いたことのない音が聞こえたんだ。
だけど、何が起こっていたかなんて、俺にはもう分かっていた。
この音は。母さんが切り裂かれた音だ。
俺が、母さんを切り裂いた音だ。
血が。俺を汚した。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
俺は、叫んだ。
赤く染まる世界も。
そして倒れる母親も。
声を上げもしない彼女も。
そして、白く揺れ続ける、満足げに笑うあいつも。
全部消えて無くなりやがれ。
って。思ったんだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
マツリは、立ち止まったままの脚が重く、痛かった。
だけど、黙って話をするメグを見続けていた。
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
「・・・・・母さんは。」
メグが口を開く。
「・・・母さんは、そのまま集中治療室に入れられて、一命は取りとめた。・・・傷は回復の見込みがあったけど。母さんの体力も。気力も。多分、間に合わなかったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・亡くなったんだ・・・」
メグは一瞬辛そうな顔をした。
他人に言われて初めて、それが現実と悟ったような子どもの顔だ。
「・・・あぁ」
「・・・」
「・・・そのまま。病気重くして、死んじまった」
「・・・・・」
マツリは黙った。
メグも黙った。
「母さんは、きっと俺自身を怖がったわけじゃないんだ。」
「・・・?」
「俺が母さんを傷つけるだなんて母さんは思うはずない・・・。だからきっと俺の手についていたあいつに恐怖したんだ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それでもあいつは母さんに反応した。だから。」
「・・・」
マツリをみた。
「お前やっぱありえねんだよ・・・」
悲しそうに彼は笑った。
「・・・・・・・・・・・・・そう・・・」
呟き返す。
彼のお母さんがメグが自分を傷つけると本当に思わなかったかは、わからないじゃない。
そう言いかけて、やめた。
「・・・・・・・メグ」
「・・・あ・?」
メグの顔をしっかり見た。
「・・・・優しいんだよね」
「・・・・あ?」
驚いた。
「メグはきっと。優しいから。」
風が。
「今までそうやって、突き放して生きてきたんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
メグは驚いた顔をしてた。
だけどマツリの顔はいつもどおり穏やかで。
「もしそれで自分が傷ついて、独りぼっちだって、感じてしまっても」
「・・・・・」
「もう誰も、近くにいてほしい人を傷つけるのは嫌だったんでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・んで」
「・・・」
真っ直ぐメグを見つめて言った。
「なんで・・お前、」
「・・・・?」
メグがうなだれた。
「なんでお前・・・オレの前に現われたんだよ・・・っ」


ガード下。


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