ダブリ21


「お前は、なんだ。」

父の言葉だ。俺に刺さる、父の言葉だ。
神威 時雨。
俺の父親の名前。俺を憎む男の名前。
当たり前だったし、許してもらえるとも思わない。
母のために働いていた男は、もともと国光の医療関連の部に勤めていた。
母が死んだあの冬。
男は、俺を国光にぶち込んで、そのままブラックカルテ関連の医療機関を締める者になった。
刺さる言葉。刺さる視線。刺さる罰。
父親は、いない。
俺に、父親は、いない。
あいつは、俺を殺したいほど憎んでる。
あいつは、俺を化け物だと思ってる。
だけどあいつは、俺をもう、怖がってない。
ただ、憎んでる。
いつからだったかな。
父親が俺を怖がらなくなったのは。
ただの物として見るようになったのは。



「メグ。」
ボーっとしてるメグを、男が車を運転しながら呼ぶ。
「お前、あいつを知ってるのかよ。」
メグは外を見つめたまま言った。
「もともと国光の人間だからね。」
男はハンドルを切りながら答えた。
「同僚ってやつかよ。」
「んん。」
覇気のない声。
「お前は、なんだ。」
独り言のようにメグはぽつりと言った。
「んん?」
「・・・・・・・俺は、なんだ。」
「・・・。お前はお前だろ。神威 萌。」
「化け物持ちのな。」
「こだわるんだな。」
「あ?」
「化け物を手に飼ってること。」
「・・・当然だろ。」
「そいつがお前の人格に影響するわけでもないだろう。」
「・・・・・・・・・・。」
メグは答えなかった。


神威 時雨。
「・・・・なんて。」
マツリの目がまっすぐゾルバを見た。
「時雨だよ。」
「違う。その前。」
「神威。」
「・・・・・・・・・・どうして?」
「どうしてって。言われてもね。」
ゾルバは皮肉っぽく笑った。
マツリが立ち上がった。
「メグの、お父さんなの?」
「そうだよ。」
あっけらかんとゾルバが言った。うっすら笑っていた。
マツリは耐え切れなくなったような顔をして、ドアに走る。
「無理だよ。開かない。」
「どうして黙ってたの。」
振り向いてマツリは強い口調で言った。
「黙ってたんじゃないよ。」
ふいに、会話の中に出てきた彼の名前。
「知らなかったんだ。」
ゾルバは穏やかに笑ってた。
「・・・・・だって、なにも。」
だって、時雨は何も言わなかった。
だって、時雨はメグに対して、敵意すら持っているように見えた。
だって、時雨はブラックカルテの総責任者で、だって、メグは。
言葉を失ったマツリにゾルバは立ち上がって近寄った。
「怒ってるの?」
「怒ってない。」
怒ってはいない。
怒ってはいないけれど、自分の無知さにいらだった。
何も知らなかった。何も知らずに時雨とも、メグとも接していた。
「メグは・・・・っ、だから、国光から離れられないの。」
「そうだね。」
俯いた。
「・・・・私、馬鹿みたい。」
呟いた。
「・・・私が、メグを国光から放してあげることなんて、できるわけないのに。」
ゾルバが1歩マツリに近付いた。俯くマツリは拳を握る。
自分が受ける実験という仕打ちを、父親が管理してる。
メグは、傷ついたにきまってる。
傷付いたに決まってる。
メグの気持ちを思って、途方にくれた。
突っ張ったような彼は、不器用だけど優しい彼は、傷ついて、自分を憎んで孤独に堕ちたに決まってる。
私なんかが、図り知れるわけがないのに。
そんな絶望、図り知ることはできないのに。
私はなんて浅はかだったんだろう。
メグを思って、心がぐらついた。
「バカなんかじゃないよ。」
ゾルバが言った。
「そう思ってくれたことで、メグは随分救われてる。」
「・・・・分からないよ。」
「分かる。」
断言した彼をマツリは見つめた。
「最近ね、俺、変なんだ。」
ゾルバも、見る。
「今のメグの感情とかが、脳の中に充満するんだ。」
「・・・どういうこと・・・?」
「なんだろうね。気持ち悪い。精神のシンクロってやつだよ。」
「・・・・非科学的なこと、言うんだね。」
「もともと非科学的だろ?」
笑った。
「変なんだよ。」
「・・・ゾルバ。」
「俺じゃない、今にもメグになりそうで。自分の感情が俺のものなのか、メグのなのか、わかんねぇ。」
喋り方は、もうメグのものに聞こえた。
「だから、分かるよ。」
「・・・。」
「救われてるよ。ありがとう。」
「・・・・・・・。」
マツリはばっと俯いた。
その言葉は。
「メグの言葉は、メグの口からしか、出てこない。」
泣きそうな声で言った。
「うん。マツリは俺をメグのスペアとして扱ってくれない、数少ない人間だよね。」
「だって、ゾルバは、ゾルバでしょ。」
「台本に出てきそうなこと言うね、マツリ。」
茶化す。
時間が来てゾルバが出ていった時、椎名をちらりと見たけれど、何も喋ることはなかった。
一人になったマツリは、時雨のことを考えていた。
知らなかった自分に嫌気がさす。
もう一度、話がしたいと思った。
彼と、もう一度。

「梓。」
「なんだ。」
ゾルバが歩きながら椎名を呼んだ。
下の名前で呼ばれたのは久しぶりだった。
楓をふと、思い出す。
「来週の、いつ?俺のオペ。」
「水曜。」
「そっか。」
「怖いのか?」
「梓の腕を疑ってるわけじゃないよ。仮にも国光の人間なんだから。」
そういう意味で言ったんじゃなかったけど。
「俺をメグに無理矢理しようとしなくたって、俺、そのうち、メグになっちまうと思うよ。」
「・・・悲観的なんだな、意外と。」
「事実を述べたまでだよ。」
ゾルバは椎名を見て笑った。
「俺がもうマツリに手を出さないのは、別にメグがマツリと一緒にいないからだけじゃないんだよね。」
「いや・・・手は出すなよ。」
冷静に椎名は言った。
「・・・マツリが大事なんだよ。」
「・・・・・・・・それは。」
どう言う意味だ、と訊こうとしたが、ゾルバが何かを話す気がして、黙って待った。
「メグが、マツリを大事に思ってるから、俺の体はマツリを傷つける事ができないんだ。これ、重要な参考資料だぜ。梓。精神のシンクロが、機械を通すことなく起こってるんだ。驚愕だろ、科学者にゃ。」
「・・・驚愕だよ。」
椎名は、静かに呟いた。
「最近本当に困惑するんだ。メグの感情なのか、自分の感情なのか、わからない。でも、確かにマツリに反応する俺の化け物が指先にいて。そこでやっと自分は自分だと思える。だからマツリといると、心底ほっとする。」
「それでマツリの所にちょくちょく行くのか。」
「まぁね。マツリの化け物にも非常に興味があるし。骨を折られたものとして。」
椎名は驚いた。
「マツリに折られた?」
「あぁ、うん。マツリの化け物に。見事にぼっきり折られたよ。」
椎名は黙る。
マツリの化け物。想像がつかなかった。
「・・・その、骨は。」
「ん。国光の人間がなんとかしてくれた。時々痛むし関節が外れたりするけど、問題ないよ。」
「そりゃ、無茶されたんだな。」
「話が分かるね。同情ありがとう。」
ゾルバが皮肉っぽく言った。
「まぁ、今更。メグにされても、されなくても、もう、かまわないかな。」
「諦めか?」
「どうかな。その類だけど。このままの俺じゃ、結局、何も得られないからね。」
「・・・何か欲しいものがあるのか?」
「うん。もう、手には入らないけどね。」



「考え直したか。」
幾日か前に、ドリーと話をした。
「よっく考えたつもりだけど。」
「・・・・それで。まだ消してくれって言うのか?」
「いや、もういいよ。」
ドリーは、ゾルバを見つめた。
「消したって、おんなじだって分かった。リナを消してしまったら、きっと俺はマツリを好きになる。」
「・・・・マツリ?」
「メグの感情が流れ込んでくるんだ。リナは唯一、俺だけの感情だから。俺を保つ事が出来る最後の感情だろうから。」
「・・・・・・嫌なんだな。」
「なにが?」
笑った。
「自分が消えるのが。」
「・・・そうだね。嫌だ。結構自分でも驚いてるよ。こんなに自分ってものにまだ執着があるなんて。」
「・・・野暮は承知だが。」
「俺も分かってるよ。」
「一つ訊いていいか。」
「どうぞ。」
「なぜ、リナなんだ?」
「・・・さあ。気がつけば一番大事になってた。」
ゾルバは笑った。
その笑顔のドコに、そんな情熱があるんだろう。
さらっと言ってのける。
「メグの実験が一層激しさを増していて、俺が体のリハビリも終えて歩けるようになった頃。リナに初めて会った。その時は、メグがリナの所に行かなくなって、随分経っていたのかな。リナはやつれてて、メグを欲してばかりいた。」
昔話を始めたゾルバを、ドリーは黙って見つめた。
「俺を見るなり。ひどくねぇ?メグみたいだって、言ったんだぞ。」
笑ってみせた。
「胸糞も、気分も最低に悪くて。俺はただ黙ってた。そしたら、泣き出すもんだから。もう、どうしたらいいか、分からなかったな。」
「・・・。」
「多分ね。」
「あぁ。」
「メグの代わりでも、何でも。俺のこと、頼ってくれたのが、嬉しかったんだよね。」
笑っているゾルバの声が、柔らかくてドリーは黙る。
あぁそうか、と思う。
あぁそうか。ゾルバは、自分がいなくなればいい、と思って化け物を生み出した人間だったんだ。
自分を必要だと思ってくれる人間に、どれだけ救われたか知れない。
「他に頼ってくれた人間なんていないし。」
ははっとゾルバが笑った。
「ブラックカルテなんてのは、そういう扱いを受けるものだろ。」
ドリーは呟いた。
「ドリーは?」
「なにが?」
「ドリーはなんで此処にいるの?そういう扱いに、満足してるとでも?」
「そう思うか?」
「思わないね。ブラックカルテなんてのは特別扱いを受けるただのモルモットだからね。でも、ドリーなら、簡単にこんなところから出れるだろ。その頭脳も、その化け物も、国光をいくらでも欺ける。」
「・・・買いかぶるな。」
「買いかぶってなんかないよ、本気で買ってるんだ。」
「・・・俺は。誰かに自分を知ってもらおうと、もう、思わないから。此処でひとりでいるのはいいかなと思ってるだけだ。」
「・・・戒め?」
「・・・そうかもな。」
「今日で会うのは最後かな。」
「なんでだ?」
「メグになったら、俺は死ぬから。」
「・・・オペか?」
首を横に振る。
「国光の連中に、殺される前に。死にたいんだよ。」
「国光の連中が・・・?」
「契 ゾルバがいなくなって、神威 萌がもうひとりできあがれば、国光は喜んで俺を弄繰り回すだろう。」
否定はしない。
「でも、俺はメグになっても、ヌメロウーノじゃない。ゾルバでもメグでもない中途半端な化け物を、国光が放し飼いにするわけもない。」
「・・・メグは放し飼いにされてるだろ。実験の一環として。」
「ん。でも、俺。そこまでして生きたいとは、思わないよ。もう。俺。じゃないからね。」
「・・・・・・リナは。」
「会ったら傷つけるだろうからね。というか、拒否られるだろうから。それは、結構、辛いからさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。他人の生き様に文句を付ける趣味はない。」
「ご理解ありがとうございます。」
へら、と笑ったゾルバ。
あの日はそのまま、ドリーも何も言わなかった。

 

「ゾルバ?」
椎名がのぞきこんだ。
「あぁ、ごめんごめん。ぼーっとしてた?」
「あぁ。」
「梓。」
「なんだ。」
「何のためにこんな実験をしてるのか、考えたことある?」
「・・・・考えても、答えは見当たらないからな。」
「じゃあ、真実を知りたくない?」
不敵に笑うゾルバ。
「真実を、見に行くか?」


「どうかしたんですか。」
松田が手すりに寄りかかって言った。
側に煙草をふかす男。
時雨だった。
「松田。・・・どうもしない。」
「珍しいですね。屋上で1人煙草なんて。」
「・・・新機材はどうなってる。」
「報告にきたんですよ。」
「終わったのか。」
「えぇ。」
「一段落だな。」
煙草の煙がうねった。
「大蕗 マツリか。」
「どうか?」
「・・・いや。大阪の奴らの報告からは今の所何も発見がない。未知数ばかりで、非科学的だ。」
「ブラックカルテはみんな非科学的でしょう。」
「そうなんだが、リナとの拒絶反応。ブラックカルテでは異例だ。0%の拒絶反応の根底を覆す。」
「ブラックカルテではないと?」
「だとしたら彼女は一体なんだ。大蕗のみつけたブラックカルテはなんなんだ。」
「ヌメロゼロだけの特異性かもしれませんよ。」
「それでは、それはまた別のデータになる。」
「必要ないと?」
「興味は深い。」
煙草の煙。松田もボッとライターで火を付けた。
「ただ、このプロジェクトに、間に合うほど有意義なデータは得られないだろう。」
「・・・プロジェクトですか。」
松田が呟いた。
「・・・あなたのエゴ、ですか。」
「・・・そうだな。否定はしない。」
「なんにしても、最新機は完成しました。」
松田は煙草を吐きながら言った。
「・・・・・・・恨んでいるか。」
「何をですか。」
「家族から引き離したことだ。」
「・・・あれは仕方なかったことですよ・・・。僕は国光の最深部まで食い込む研究に携わること、あなたの研究に手を貸すことに決めたから。機密保持のために切らないといけない縁なら、切るほかない。」
「しかし、お前にはたった一人の肉親だったろ。」
「らしくないですね。僕たち兄妹のこと、気遣ってくれるんですか。」
松田は笑った。
「僕はあなたのエゴの研究のその先に、必ず人々を救うもの何かを選る事ができると信じてやってるんです。それができれば、何千万の人間を救うことができる。僕の頭脳はそのためにあると信じてるんで。後悔はしてませんし、恨んでもいませんよ。」
「そうか。」
「マツリさんを首都に戻さないといけませんね。」
「その件だが、大蕗 マツリとともに、全てのブラックカルテを首都に集めろ。」
「それはなぜ?」
「プロジェクトが大詰めだ。必要な事もある。」
「わかりました。ゾルバのオペはどうしましょう。」
「木曜にずらして首都で行なわせろ。」
「わかりました。あ、それから。」
「なんだ?」
煙草を灰皿に突き刺した。
「全てのブラックカルテの中に、ヌメロウーノは、入ってるんですか?」
「・・・・メグか。」
「まだ見つかってませんよ。」
「・・・見つかればでいい。」
「・・・・・・・・・・罪滅ぼしですか?」
「なにがだ?」
「なんでもありません。では、また。」
松田は笑って去った。
「・・・・罪滅ぼし、か。」
時雨は呟いた。


「首都?」
「そうだ。」
「首都に戻るんですか。」
「あぁ。」
「じゃあ、機械、直ったのかな・・・。」
「あぁ。出発はあさってだ、それまではここで。」
「分かりました。」
マツリは呟いて歩きだした。
「今日、ゾルバは来ないぞ。」
「・・・?なんでですか?」
「首都に戻った。」
「なんで。」
「さぁな。ゾルバの気まぐれだろう。椎名も大変だな。」
「・・・・・・。」
なんのために?マツリは思った。
このタイミングで、ゾルバが気まぐれに首都に戻るだろうか。
「首都にはリナも連れていくらしいな。」
「え?」
「なんでも、ブラックカルテ全員を集結させるらしい。」
「・・・メグも?」
とっさに呟いた。
「・・・・・・まだ見つかってないらしいがな。」
河口の顔が一瞬曇った気がした。
「・・・河口さん。メグのこと、知ってるって言ってましたよね。」
「あぁ。」
「メグのこと、嫌いなんですか?」
「・・・・・・・・・・・嫌いとかじゃない。許せない。」
「・・・許せない?」
「・・・なんでもいいだろう。」
「はい。」
河口が少し強い口調で言ったので黙った。
何があったんだろう。
お得意の好奇心はこんな時にも働くんだ。
メグは今どうしているのだろう。ゾルバは?
他人のことには、興味を持てるのに、自分のことはどうでもいいと思う節がしばしばある。
自分の感情が全部私の中にある小さな箱に閉じこもってしまうような気がした。
そして、それが開く瞬間に感情の風が私から吹き出すんだ。
首都に戻れば、無理矢理にでもその箱をこじ開けられてしまうだろう。感情の挿入によって。
マツリは肩を抱いた。
怖い。
ゾルバでも、誰でもいい。
メグ。
私を消して。
いなかったことにして。


「俺、実際まだ首になりたくないんだけどね。」
「じゃあやめとく?」
「や、あいにく。ここまできて引き下がるような性格でもない。」
ゾルバが笑った。
椎名はいつになく真剣な顔であるいた。
細い通路の中。沢山の管がはっている細い道。
「大丈夫だよ。ドリーに頼んで、カメラは全部止めてるからさ。」
「一応こんなところにもカメラあるんだな。」
「当たり前だよ。これが国光の、いや。違うな。このブラックカルテ研究機関の真実で、核だからね。」
「・・・・国光の、ではない理由は?」
「国光はとっくの昔にブラックカルテとは縁を切ってるからね。」
「・・・・・え・・・?」
「ここが国光であるのは確かだよ。ただ、ここは独立してる。ほかの国光の機関はここには触れたがらない。」
「どういうことだ。」
「知らない?」
ゾルバがいつもの笑顔で振り向いた。
「ブラックフライデーだよ。」
「・・・20世紀の株の大暴落か?」
「国光の全機関の監修の下、行われたメグの実験で起きた暴走のことだよ。大惨事でそこにいた研究員や、近くで監修していた国光幹部たちが相当数死んだ。ユーモアセンスのある奴が名づけたんだろうね。それによって引き起こされた日本経済の少なからぬ打撃は手痛いものだったらしい。金曜日に起こったこの事件をブラックフライデーって呼ぶんだ。」
「・・・初耳だな。」
「事実の揉み消しは国光の専売特許だからね。」
パイプをふんずけて進む二人。入り組んでいる。
「だから国光の幹部連中はブラックカルテを恐れてる。でもだからと言ってこのブラックカルテを国光の監視下に置かないわけにもいかない。ここで放棄したとなると世界的に批判を受けるだろうしね。ブラックカルテがこの国の人間だけだったら問題なかったんだろ浮けど、あいにく、リナやドリーやクリスもいるんで。一度俺やリナまで日本に集めた手前放棄は出来なくなった。で、この機関は国光本部に、悪く言えば見放されたってわけ。まぁ、よく言えば時雨の独壇場になったってわけだ。」
「・・・・・そうか、それであまり国光本部の連中を見ないんだな。この建物の中。」
「そ。」
ゾルバが笑った。
「で、その深層部が、ここ。」
「・・・つまり、ブラックカルテのプロジェクトは、時雨さんの、目的に焦点があってるんだな。」
「御名答。頭いいじゃん梓。」
「どうも。」
「これが真実だよ、梓。」
ゾルバが立ち止まってカードキーを取り出した。
「真実を捕まえる勇気はある?」
「・・・言っただろ。此処まできて引き下がる性じゃない。」
「よろしい。」
笑ってカードを通した。
ビビ!と言う音と共に、扉は自動的にゆっくりと開いた。
内側から冷気が流れ出した。椎名は息を呑む。
「真実は、常に残酷なものだよ。梓。」

楓。

「楓。・・・ってやつがいたんだ。」
「んん?」
メグが男の後ろ、立ち止まって言った。
「ここに、いたんだ。」
「・・・・・・・・・・・。あぁ。楓っていうのか。。」
頷いた。
ここ。廃工場。
メグと男は初めてで会ったこの場所に来ていた。
大阪からブラックカルテの首都集中をきいて、急いで引き返してきたところだった。
そして男は何故か真っ直ぐにこの工場へ来た。
「そうか。」
ガコン。
男はそれだけ言って、機械の一部を押した。
するとその一部が外れて現われたのは地下へ続く鉄の梯子。
「大神。いるか。」
梯子を下るや否や、男はそう言った。
「久方ぶりだな。」
大神がぎしっと椅子を軋ませて振り向いた。
「大阪まで行ってきた。ある程度下準備は済ませてきたつもりだ。」
「・・・いよいよか。」
「あぁ。国光は今此処で止めないといけない。」
メグはそんな二人の会話を離れたところから聞いた。
大神はふっと煙草を吐き出した。
「あの計画は、まだ生きてるんだな。なるほど、時雨はいい目くらましだ。国光連中がアイツを泳がしてるのはそのせいもあるのな。国光は医療機関に重きを置いてる、なんてのは浅はかな想像力と言わざるを得んが。」
どの計画だ。
メグの口には出さない疑問。
「まぁ国の連中は動かされてるようなものだからな。その程度にしか考えないだろう。」
男はため息混じりに言った。
「多くの国の連中が犠牲になるぞ。」
「そうなる前にたたむ。」
「時雨の計画と同時にたたむんだな。」
「あぁ。」
「アイツの計画?」
ついにメグが口をはさんだ。
「なんだそれ。」
「彼は?」
大神が尋ねた。
「時雨の倅だ。」
「・・・あぁ。萌か。はじめまして。だな。」
「はじめまして。・・・あいつの計画ってなんだよ。」
メグが食いついた。
「・・・。いわゆる、神への冒瀆ってやつだよ。」
大神は煙草をはき捨てながら、呟いた。

「はは・・・。」
絶句していた椎名がようやく口を開いて笑った。
「なんだこれ。」
「・・・真実さ。」
ゾルバは平然と言ってのけた。
「・・・・・・・はー・・・・。」
椎名はため息をついてその場にしゃがみこんだ。
「ブラックカルテは、神が人間を憎んで生み出した存在、なんていった事があるが・・・。」
金髪の頭をかく。
「時雨さん・・・。あんたはそれすら利用して、神になろうと言うのか。」
椎名はそう呟いて、顔を上げた。
「・・・楓。」
目の前に浮んだ少女の死体。
コードやらなにやらに繋がれて、フラスコを浮遊する眠る少女。
椎名は顔をゆがめて見つめた。
死んだブラックカルテは、ここにいた。
たくさんのフラスコ、たくさんの体。
彼らはここにいた。
「綺麗なもんだろ、楓の身体。自身のブラックカルテに噛み殺されたとは思えぬほど。」
「・・・・・・あぁ。」
「わざわざ死んだ人間の完全治療まで施したのは、楓が計画実行の足がかりだからだよ。」
ゾルバは楓を見つめながら言った。
「楓が死んだから、計画は動き始めたんだ。楓の体の大部分を元に作り上げる予定だから。」
「新しい死体を、待っていたってことか。」
「そうなるね。」
「・・・頭おかしくなりそうだ。」
ゾルバは笑いながら、そうだね、と言った。
「人間を作り上げるなんてのは、夢のまた夢であるべきだ。」
椎名はうなだれた。
「一体誰を、作る気なんだ。」
「決まってるだろ。」
「・・・。」
「誰しも、失った物を、再び手にしたくなるものだ。」

「ふざけんなよ。」
メグが呟いた。
「・・・・・ふざけんな・・・。」
もう一度、呟いた。
「事実だ。」
大神が言ってのけた。
「そのためにブラックカルテは、あんな風に研究されてんのか・・・っ!」
「そういうことだな・・・。」
ドカ!
左手で壁をぶん殴った。
「ゾルバの移植成功後から、計画は始動し始めた。その後の研究は度を超えたものもあっただろう。」
大神。
「・・・ブラックフライデーも、そのせいで引き起こされたようなものだ。」
「・・・・・っ!」
メグの目の色が一瞬だけ変わった。
「自身を責めるなよ。そんなつもりで言ったんじゃない。」
「知ってんのかよ・・・!」
メグが叫んだ。
「あの事件であれだけの人間が死んだのも、俺以外のブラックカルテが研究中に苦しんだのも、死んだのも!今・・・っ、マツリが来るしんでんのも・・・!俺がアイツを変えたからだろ・・・っ。」
「メグ。」
「俺が・・・母さんを殺したからだろ!」
悲痛な、叫びだった。
目は硬くつむっていた。
ただ、感情を口から吐き出した。
左手は硬く、握りつぶしてた。
「殺したんじゃないだろう。」
男がメグを見ずに言った。
メグは目を開けて、彼を見る。
「誰のせいでもない。自分ばかり責めるな。」
「・・・・・・・っ何者のせいでもないものなんざ、ねぇよ!」
「・・・。」
メグを見た。
「じゃあお前はなんの罪悪感もねぇのかよ・・・!マツリの、母親を変えたのは、お前だろ・・・!それでマツリが今苦しんでるのも、誰のせいでもないっていうのかよ!」
感情に任せてしまったのは、分かってた。
それでも、メグは叫んだ。
男は何も答えなかった。
ただ、メグを見つめ続けた。

表情を曇らすこともなく、真っ直ぐとメグを見た。
あぁ、似てる。と思った。
真っ直ぐすぎる目で見るところが、マツリに似てると思った。
「・・・・・・・そうだな。わるい。」
男は呟いてメグに近寄った。
「それでも自分を責めるのは、やめてくれ。子どもが胸を痛めて喜ぶ大人なんか、いない。」
真剣にそう言うので、メグは黙って、頷いた。
「で。国光の、計画ってのはなんなんだよ。」
「・・・馬鹿げた計画だよ。言う価値もない。実行される前に、手荒だが、ぶっ潰す。」
大神が言い切った。
「国光の、全機能を停止させる。」
男もそう告げた。
「好都合なことに、マツリちゃんの実験に、ブラックフライデーと同じように、国光幹部が医療機関を見学するらしいぞ。やつらブラックカルテを懼れてはいるが、人体再生には興味があるらしいからな。」
大神がコンピューターを動かしながら言った。
「・・・・・そうか。」
「その日か。」
「あぁ。決行する。」


全てが動き出す。


ダブリ 21 終わり
 

 

 

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