ダブリ16
 

もしも、このまま明日が来なかったら。どうなってるんだろう。
ありえない。
だから、あてどなくつづく明日という時間に、涙が出るの。
つたない言葉で、怖がるの。


「ねぇ。」
マツリが呟いた。
朝は来た。
馬鹿馬鹿しい。あたりまえだ。
「風邪・・・ひくよ。」
目が覚めて見えたのは、ベッドにもたれかかってマツリの手を握るメグ。
ベッドに頭を落して、座ったまま寝たみたいだ。
気がつかなかった。いつのまに寝たんだろう私。
メグは、動かなかった。握られてないほうの手で、メグの肩に触ってみた。
冷たい。熱さで悶えそうな8月の朝なのに。冷えてた。日が入らない、西の部屋だからだ。
「メグ・・・・っ。」
起き上がって、起こそうとした。
だけど。起き上がれなかった。
メグの掌が、ほどけなくて。起き上がれなかった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
起こすことも、なんだか困難で。マツリは自分に掛かっている布団を、ただ、静かにメグにかけた。
「・・・・・・・・・・。」
愛しいと思った。
初めて、だと思った。
こんな風に。自分を受け入れて、こんな風に、大事にしてくれる人間は。
いづみは、優しい。でも、深く入りこまない、最良の距離をいつもとってくれた。
メグは、そんなの、押しのけて涙を拭いて、抱きしめてくれた。
お母さんが、してくれなかった、ソレを。してくれた。
親にすら、もらえなかったような愛情を、くれる人間は。初めてだった。

人間でも、化け物でも、なんでもいいよ。
私は、メグにとっての化け物にだけは、なりたくない。
そう思った。

だけど、戦慄に変わる。
「・・・・・・・・・・。」
朝日が少しだけ指しこんだ部屋に。しっかり浮んだ。
「・・・・・・・・ぁ。」
あの。へこみ。
部屋の壁に、天上に近い壁に、ベコリとへこんだ跡。
目が開く。震える、体。
私は。

化け物じゃない。

いつだったんだろう。あのへこみが、ついたのは。
いったい、いつだったんだろう。


「困った事になったな。」
「申し訳ありません・・・・!」
河口ががばっと、頭を下げた。
「それで、本当に、誰かが大蕗 祀をさらいにきてはいないんだな。」
時雨が、問う。
「確認は、してません。」
河口はそう答えた。
「・・・・・・・・・・・。」
十中八九メグだった。
だけど、あのメグが、そんな風に誰にも見つからず、進入し、大蕗マツリをさらえるか。
「・・・・・・・奔吾・・・・・か・・・・?」


「残念、あれはヌメロウーノだった。」
ぼつりと、呟いて笑った。ドリー。
カタカタカタンと、キーボードを打ち鳴らす。薄暗い部屋にパソコンが光る。
「すごいな、あの子達。」
カタン。


ピピ!
「!」
機械音に、いきなりメグが起きた。マツリは目を丸くして、驚いてた。
メグは、自分の肩に掛かるふとんと、マツリを交互に見て、それからまわりを見渡した。
「・・・・・・あ――――――――。」
ボリボリ頭をかいて体を起こした。
あ、するっと、ほどけてしまった。指先。
「ケータイ鳴ってんぞ。」
「・・・・・・・・あ。うん。」
頷いて、マツリは、赤い自分の携帯をつかんで開く。
いづみかな。思った。
だって、いづみくらいだ。携帯で連絡取るの。
「・・・・・。」
「・・・・なんだよ?」
メグが、寝起きの顔で言った。
「ドリー。」
ドリーからの、まぎれもなく、ドリーからの、メールだった。
「は・・・?・・ドリーって、あいつか?ブラックカルテ・・・・。」
「うん。」
携帯をかたかたならしてマツリは頷いた。
「・・・・・・・・。」
沈黙。
「なんて。」
「・・・うまくいったね。って。メグが、あの建物に来た事、ばれてないみたい。むしろ大蕗・・奔吾が、来たっていう疑いもでてきてるって。」
「・・・・・・。で、なんでお前の携帯にくんだよ。」
「・・・・わかんない。でも・・・・ドリーだし。」
何だソレ。
「君たちの、逃走も奮闘も、サポートしてみたくなった。」
「・・・・・・・・は?」
「国光の情報操作、また横流しは、任せてくれていいよ・・・って。」
「・・・随分惚れこまれたモンじゃねぇか。」
「・・・ドリーだし。」
だから、なんだソレ。


工場。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
やっぱり、ある。あの、へこみ。マツリはぎゅっと拳を握る。
「・・・・・・・・・・・・・。」
メグも黙ってた。きっと、思い出してた。
きっと、楓を思い出してた。
2人は、2階へと上がった。
あの埃まみれの事務室だ。
マツリはまた、工場全体を見下ろした。
「・・・・・・・・・・。」
やっぱり、なにか、違和感。
「なんか、書類っぽいものねぇかな。」
メグが、棚をいじってた。
「・・・・そういえば、メグ。傷とか大丈夫なの?」
「あ?」
「・・いろいろ、生傷だらけだったでしょ。」
「あぁ。まぁ、痛む程度だ。」
「・・・・・。」
男の子って、我慢するものなのかな。
「書類・・・っぽいもんなんか、ほぼねぇな。」
メグは呟いた。
「・・・・・・・。メグ。」
「ん?」
なんだよ、今度は。と言う顔をした。
「・・・あのね。あの・・・・。」
どもる。らしくない。
「なんだよ。」
「・・・・工場の・・・機械とかが。」
「・・・・・・・。」
「壊れてるの・・・は。」
怖かった。
訊くのが、怖かった。
自分が、化け物かと、時雨に尋ねた時よりも。
「なんでかな・・・。」
あぁ。気付かないで。
体が、小さく震えてる。気付かないで。
「・・・・・。」
メグは表情を止めてた。
「・・・お前が・・・。」
びくっとした。
「オレの事、忘れたの。覚えてるか?」
「・・・・・断片的。」
あそこらへんの記憶は、あいまいだ。
「お前、1人で、此処にいただろ。」
「・・・・・・。」
頷く。そんな気がする。
「あの時、すごい音が、した。」
「・・・・・・・・。」
マツリの表情が小さく変わる。
「お前の手は、酷く晴れ上がってた。」
「・・・・・・。」
やめて。と言いたかった。
「・・・・・それは・・・。」
「私・・・・。」
遮った。
「・・・私なのかな・・・。」
怖かった。
「マツリ。」
「私・・・・やっぱり。」
怖かった。
「あのな。」
今度はメグが遮る。
「決め付けるなよ。」
「・・・・・・。」
「お前じゃねぇ可能性だってあるだろ。」
「・・・・・・。」
そうかな。
そうかな。じゃあ、私の部屋のあのくぼみは。
「あ。」
メグが声をこぼした。
「これ。」
「え?」
近寄った。メグは、腐りかけた古い紙をもってた。
「工場の持ち主の名前・・・・、だよな。」
「・・・・・・・・・大蕗・・・奔吾・・・・・・・・・・・・。」
あぁ。此処は、これは。
「・・・・・・っ。お父さん・・・・ッ。」
「・・大蕗奔吾は、此処で、何をしてたんだ・・・?」
「・・・・・わかんない・・・でも・・此処。」
「・・・・?」
「此処に・・・・・。いたんだ。本当に。」
1つ、確かなものを、知った気がした。本当は疑ってた。
「・・・・・・・そうだ。ドリーに此処の事と、大蕗奔吾のこと、調べてもらうように言えねぇか?」
「え・・・?」
「俺らはその間ここの機械を作った所を調べる。」
「・・・・・・うん。」
揺れる心臓を、抑えてマツリは頷いた。
時だった。

ガラン

「!」
音が、下のほうからした。
ぐいっと、メグがすぐさまマツリの腕を引っ張って奥へ押しのけた。
心臓は、より、揺れた。
「・・・・・・・・・・誰だ・・・?」
楓の一件で国光にこの場所のことはばれている。
マツリを探しにきた可能性だってある。
メグは恐る恐る埃で曇ったガラスを通して、下を見た。
「・・・・・・・・・・・?」
そこには誰も居なかった。
「メグ・・・。」
マツリは心配になって呟いた。
「・・・・・・!隠れろ!」
小声でメグがいきなりマツリを押し込んだ。
「ぇ・・・っ。」
メグもすぐに、窓から顔を引っ込めて伏せた。
沈黙はおよそ5分。
メグは微動だにしなかった。物音もかけらも聞こえなかった。
「・・・・・・・・・・・・・メグ・・・?」
「・・・・・・・・・行ったか・・・・?」
そういってメグが体勢を起こそうとした。
「え・・・?」
「や、男が1人・・・・・・・・・・。」
はたと目があった瞬間に、メグは言葉につまった。
マツリが、複雑に倒れてる。
机の側面にひっかかる形で、半分体を起こしてはいるが。
さっき押した時に、倒れたのは明白。
「・・・・・・・・あ・・・・。」
「?」
「・・・・わりぃッ。」
メグが、なにが?と言う顔をしてる彼女のひっかかってる服を急いで外した。
そしてぐいっと体を引っ張り起こす。
「い、たくなかったか?」
「平気。」
「・・・・・わり・・・。」
「平気だよ。」
何度も、謝る彼に、マツリは何が何だかわからないまま平気と繰り返した。
メグは、眉間にしわを寄せたままマツリの細い体を見た。
折れそうな体。抱きしめることすら躊躇する細い肩に、細い腕。
「・・・・メグ?」
「・・・。」
絶対乱暴に扱いたくなかったのに。そう思って後悔した。
「なんでもねぇよ。」
ぶっきらぼうに言って、そろっと戸を開けた。
「・・・・・・さっきの・・・誰だったの?」
「わからねぇ。だが・・たった一人だった。国光じゃねぇ。」
「どんな・・・?」
「スーツに帽子。おっさんだった。」
なんでこんなところに、そんな男が。
「降りよう。」


「廃工場?・・・それと、大蕗奔吾。・・・実父じゃないのか?なんで今更こんなこと調べろって・・・。」
ドリーが帰ってきた返事に、疑問をこぼす。
「ま、いいか。」
カタン。
コンピュータを起動させた。


「ねぇ。これじゃない?機械の製造元。」
「・・・・?あー。ぽいな。・・・電話・・・・かけてみっか。」
「大丈夫かな。」
「大丈夫だろ。俺の携帯は国光の管理化だ・・・マツリの使っていいか?」
「・・・ん。」
ひょいと、メールを打ち飛ばした携帯をメグに渡した。
赤い携帯。シュールなスタイルの、それ。
「・・・・・・つながんねぇな・・・・。番号自体は、存在してるんだろうけど・・。」
メグが携帯に耳を押し付けながらそう言った。
内から響く機械音。絶え間なく鳴る。
「・・・・・・・・・・・・んーー?」
メグが歩きだした。
転がっては動かない機械に触れながら、無意識に歩きだした。
耳に届く電子音に、脳が劣化しそうだ。
機械音とは、もう、厭というほど付き合ってきた。
それこそ反吐が出るほど。
だから、嫌いだ。この唸るようなミクロの世界の音や、はじくような、安い音は。
「・・・・・・でねぇのかな。」
と・・・・、指先が、ある機械に触れた時だった。
「・・・・・・・・・?」
ふいに携帯を耳から引き離した。
「・・・・・・・・・・・・・なんだ?」
「ねぇ。」
マツリが呟く。
「ねぇ、メグ。」
「・・・・・・・・?」
「電話の音が、する。」
「・・・・・・・・・。」
メグはばっと、携帯を出来る限り耳から遠くに引き離した。
「・・・・・・。・・・・・・・!」
ピッ!
消した。音を消した。
「どこだ。」
「わかんない。」
「携帯の着信音がどうして此処から聞こえるんだよ!」
「・・・・・でも。随分小さかったよ。」
たしかに、こもった音が2種類聞こえた。手元からと、もうひとつは。
「足元から、轟くような。地鳴りみたいに。」
「・・・下か!」
メグがバッと何かを探し出した。
「え?」
「下になにかある!」
「・・・・・?」
メグは機械の間をすり抜けるように走って、何かを見つけようと必死にしていた。
「メグ・・・。」

空気が裂けて、音が消えたような気がした。

あ、と小さな声が聞こえたと同時に、それを掻き消す、機械音。
うわ、と体が浮んで、髪が浮いた。目は閉じなかった。
何も見えなかった。
地も、天上も。
ただ、白く。
落ちる感じ。
「マツリ!!!!!」


また、落ちた。
 



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