「マツリ!」
暗闇に消えたマツリをメグは呼んだ。
マツリの消えた穴に走って駆け寄った。瞬間だった。
「!!」
影が、メグを蔭らせる。
男が。


「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あ、起きたかい?」
「・・・・・・・。」
ゆっくりと、左を見た。首を回す。目はしっかり、見つめる。
「・・・・・あの。」
目に映る。一人の男。メグじゃない。
「大丈夫、大丈夫。ただの脳震盪。」
いや、そういう話じゃない。
「あの、此処。」
「あー、久しぶりのお客だからちょっと驚いたよ。本当は今日は別の客との約束だったんだがね。」
「すみません。」
とにかく謝ってみた。
「この分だと、携帯に電話してきたの。君デショ。」
「・・・・・・・・・・・え?」
「今日。電話したデショ。」
「・・・・あ。」
予想は。
「ここ、やっぱり。製造元・・・・・。」
「そうそう。上の機械のね。」
「!」
上を指差す。なるほど。合点がいった。
「・・・・工場は・・・此処を隠してたんだ・・・。」
「ん?あー。そうだな。」
よく見ると、その男の容姿は、声と比べて随分ふけていた。
無精ひげなんかはやして、美系ではあるのに、髪の毛はぼさぼさ。
だらしないオヤジっぽい。
「俺は大神ってもんだ。」
「・・・・あ、私は・・―――。」
「大蕗祀。」
「!!」
はっと構えた。
「・・・身構えなくても良い。国光に誘拐された、大蕗マツリちゃん?」
「・・・・・どうして・・・。」
ふっとそいつは笑って、黙った。
「あっ・・・メグ!メグは・・・・。」
はっと思い出して、立ち上がった。
「ん?メグ?」
「一緒に・・・此処に来たんです・・・あの・・・!」
「残念ながら、此処にゃあマツリちゃん一人が落ちてきたよ。」
「・・・・え?」
急いで上を見上げた。
「・・・・・あの、私どこから・・??」
天上には穴なんかない。
というか。この空間が密室のじめっとしたようなからっとしたような地下室。
何故かドアがあって。
机があって、明かりはオレンジの黄色い照明と、机の上のスタンド。
私はあのドアの向こう側に落ちたのだろうか。
「ん。」
あっち、といって指をさすドア。
「失礼します・・・!」
その瞬間ドアに走り出した。
「聞きたい事があったんじゃないの?」
「・・・っ。」
ドアの部に手をやって固まった。
「いいの?」
にこっと笑ってた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
マツリは丸い目で彼を見た。
「・・・・・・・あります。」
「どうぞ?」
余裕の笑顔。
「・・・・・・あの機械は何を作るための物ですか?」
「なにも。」
「此処を隠すための機械なんですか?」
「大半はね。」
「工場は、あなたが管理してるんですか?」
「まぁ、つぶれないようにはしてるかな。」
「・・・・10年も前、此処で起こった事件を知ってますか?」
「・・・・知ってるね。」
「・・・・・・・お父さんと、どういう関係ですか?」



「おっさん、何者だ?」
「知らない人に、よくついてきたものだね。」
「・・・・・・・・・。」
つぶれそうな喫茶店に二人。
目の前に、さっきの。スーツに帽子のおッさん。
ついてきたのは、この男が国光だったら、へたにマツリを追いかければ国光にマツリを見つけさせることになりかねないと思ったからだ。
「君は、大蕗マツリと仲がいいようだね。」
「・・・・・・・・・・・。」
睨む。こいつ、やっぱり国光か?
「国光ではないよ。」
「!」
読まれたかのようなこの台詞に、余計睨んだ。
「むしろ、彼女を逃げ切らせてやってほしい。」
「・・・・は?」
「俺達は、国光とは逆の組織。まぁ、モグラゴッコなんだけどね。」
「・・・・・・・・国光を。敵に回してるってことか。」
たいそうな夢だ。
「なんでまた。」
「・・・・ブラックカルテ。」
「!」
びくっとした。
なぜ、この最重要機密事項のはずのブラックカルテが、ころりとこんなおっさんから飛び出した。
「あの、計画を、屠るために。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
計画?
「なんにしても、国光から逃げ切るために、俺達は出来る限り協力するつもりだ。」
「・・・・・・・は・・・?」
意味不明だ。
「国光の目をくらますなら、俺らの道を使うのが一番だからな。」
「・・・・・ちょ・・・。」
「安全地帯だけ教えとこう。これを。」
「ちょっと待て・・・ッ。」
どさっとメグの掌に置かれた。
一冊の小さな手帳。古そうな茶色が渋い。
「此処、此処に連絡すれば力になれることもあるだろう。あと、ここにかいてある住所は全部国光の完全管轄外だ。情報は国光には漏れない。いわゆる同盟だ。」
「・・・・・・・ちょっと待てよ。」
「質問か?」
「あぁ山ほどあるぜ。」
質問。
「おっさんはなんで俺とマツリを・・・・。」
「・・・国光から逃れたい人間を助けたいだけだよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「単なる人がいいおっさんだ。気にするな。」
「・・・・・・・・・。」
ガタンと立ち上がった。よく見れば、古ぼけたスーツだな。
「あ、そうだ。」
「?」
「気を付けろよ。ゾルバが、お前を狙うかもしれないぞ。」
「・・・ゾルバ!?」
「それだけだ。じゃあな、しっかりやれよ。」
そのまま、しわしわのスーツは、歩き出した。
メグは立ち上がって何かを言おうとしたが、口から飛び出させたい言葉が多すぎて、パンクだった。
「・・・・ゾルバが?」
男はカランという音と共に店を出て行った。



「お父さん、ね。」
「私の名前を知っているんだから、知ってますよね。」
「あぁ。そっか。そう思うよね。」
穏やかな男の声に対し、なんとマツリに声の一本調子なことか。
「お父さん、とは、そうだね。同盟だよ。」
「お父さんは、どこにいるんですか。」
「探してるの?」
「はい。」
沈黙。
マツリの目はまっすぐで、丸い。
「・・・・・・・・・・・会いたい?」
「好意的な意味でですか。」
頷く。
「わかりません。」
はっきり言い切った。
「それとも、あなたが私のお父さんですか。」
はっきり。
沈黙。およそ30秒。
「・・・あなたは国光の人?」
「まさか。その逆だよ。」
「・・・。此処で何をしてる人?」
「製造所だぞ。」
「・・・・・・・・・・。」
地下は、耳が痛むほど、沈黙の世界だ。
脚は直立すぎて軋む。
手は垂れ下がって重力を撫でる。
見つめあう目と目は、固まる。
男は小さく笑ってた様な気がする。
私は、ただなにも見てなかった。
「最後に1つ。」
「なに?」
「私は、化け物かな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
これだけは、この男すら、答えてくれなかった。
マツリは黙って、ドアにゆっくり体をむけ、ドアノブを掴んだ。やけにひんやりしてた。
ひねると同時に男の声。
「国光から、逃げ切りたかったら。」
「・・・・。」
「此処のことは忘れるな。此処は、おまえの味方だ。」
「・・・・うん。だろうね。」
此処は、父親の逃げ道だったんだろうから。
きっと、私と同じように、国光から逃げるときに、此処にいた気がする。
ドアのノブは回った。
ひんやりしてたけど、重かった。
照明も何もない部屋がそこには広がり、あたりは埃っぽくて錆くさい。
天上を向いた。
穴が大きく開いている。
ここから落ちたのか。よく脳浸透ですんだ。
だが床には広く白いクッションがあった。運が良かったのね。
「・・・・・・・・・・。」
見上げた。沈黙。あの部屋は、ドアの下からほのかに光が漏れていた。
だけど、声や音は1つも漏れてなかった。不思議な男だった。
「よ。」
柄にもなくひとりごとで這い上がる天上。ふみ台はそこらへんの粗大ゴミ。
天上は床になる。サル真似が得意になったものです。
「・・・・・メグ・・・・?」
あたりを見渡した。
良く考えて、メグは私がここから落ちたのは一目瞭然のはずなのに、どうして追ってこなかったのかな。
不安がよぎった。
「・・・・・・。メグ。」
呼んで、見た。
「・・・・・・・・メ・・・・!」
あ、と小さな声を漏らす。黒い影が機械の隙間から寄ってきた。
人の形だ。男の子だ。
すっかり夜になっている地上の世界でよく見えない。
一体どれくらい寝てたんだろう。
「メグ。」
1歩その影に近寄ったときだった。
ばっ!と差し伸ばした手が、乱暴に掴まれた。
「えっ。」
一瞬だった。そのまま引っ張られて、その手の持ち主の前に引きずられた。
「メ・・・・っ。」
はっとした。
メグじゃない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰。」
背格好こそ良く似ているが。メグじゃない。
髪の色も良く似てるが。メグじゃない。
「・・・・離して。」
黙っている彼は、メグじゃない。
口をつぐんでる彼は。メグじゃない。
誰だ。
同い年くらいのこの子は、この外国人っぽい男の子は、誰だ。
「離して。」
もう一度いった。
「お前、大蕗マツリ?」
「!」
びくっとした。声が、メグによく似てて。
「お前、メグの女なんだって?」
「・・・・・離して。」
強情にいった。
「あいつは?」
「離して。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
真っ直ぐ見上げるマツリの目は大きくて、強かった。
男の子は黙ってふっと笑った。
「あいつと、もう――。」
「離して。」
ぞっとした。
何か、何が悪いわけじゃない。
敵意を持って掴まれてるわけじゃない。
この男の子が国光であるなんて馬鹿げた想像力だ。
何が悪いわけじゃない。
ただ。怖いと思って。背筋が凍った。
「っ!」
逃げようとした。
工場が莫迦に薄暗くて。怖かった。
力が、強くて、腕が折れそうだった。
痛い。
頭が痛い。
今、すごいいい音がして、打った。冷たい機械に打ち付けた。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
冷たい手が、喉もとに触れて、ぞっとした。
冷たい手が、手首を離してくれなくて、痛かった。
目をつむることはなかった。
それは、この間だってそうだった。
メグの時だってそうだった。
でも、こんなに震えたりしなかった。
冷たい手が、体に触れては凍えそうだった。
ぞっとしてたから余計に凍えそうだった。
この殺気で凍死できる。
さっきの「離して」がどうやら可能な最後の抵抗だった。
冷たい手が、腕を抑えて放さない。
次の瞬間に、私は目を開けてられなかった。
目を閉じるのが怖かった。
目を閉じたら、次に目を開けた時に広がっている景色の理由を知る事が出来ない。
あの日、血が広がっている景色の経緯が、分からなかった私は。
目を閉じるのが怖かった。
あぁ、どうしよう。
次に目を開けたら、同じ様に、血の世界だったら。
そしたら殺して。
そしたら、いっそ私の血であって。
きもちわるい。
脳が、揺れる。
いっそ、今死にたい。
唇が、温かくて、冷たい手が、氷に思えた。
氷が心臓にあと2センチの所で滑った。
メグ。
今、来て。それから殺して。私を。

ガシャーン!
けたたましい音が、した。
でもそれすら。もう死へ堕ちる音に聞こえた。
その瞬間、詰まっていた息が出来た。無駄に呼吸を許された。
このまま沈んでしまいたかったのに。
白く狭い視界から、少年が去っていくのが見えた。
ぞっとした。また。
だって、笑ってた。
膝が震えすぎて、立てなかった。
床に落ちた。同時に掌も床を叩いた。
目は開いていた。でもそこに血はなかった。
「・・・・・・・・・・・・・ッ。」
絶句だ。

「マツリ!」
メグが呼びながら工場へ入ってきた。
その瞬間。脚から凍りつく。
「・・・・・・・!」
出会ったから。
「おま・・・。」
あの少年と。すれ違ったから。
「ゾルバ・・・・・・ッ!」
メグは声を漏らした。
ゾルバは笑ってた。月明かりで良く顔が見えた。
「お前・・・此処で・・・・何・・・・。」
メグは言葉を詰まらせて、やっと言った。
ゾルバは立ち止まっていた足を動かして、出ていった。
「彼女。待ってるよ。」
「・・・・・・・・・・・ッ。お前・・・何・・。」
「早く行かないと。」
「・・・・・・っ。」
余裕綽々で、ゾルバは笑った。そして去った。
「・・・・・・・・・・・・・・マツリ!!!」
メグは駈け出した。
暗い工場、暗い世界。
灰色の世界。
「マツリ!」
耳に自分の名前が届いて、顔を上げようとしたのに、なにかがソレを許さない。
「マツリ!」
メグの声なのに。メグの優しい手なのに。近寄ってきたのに。動けない。
「大丈夫か!マツリ!」
伸ばした手は、優しいのに。
バシ!
いい音がした。
「・・・・・・・・・・っマ・・・・・!」
メグが、言葉を詰まらせた。
驚いてた。
はじかれた手は、力ない拳になってた。
そしてその手を重力に任せた瞬間、メグは息を呑んだ。
暗闇に慣れ始めた目が、マツリを見た。
「・・・・・・・・・・・・マツリ・・・・?」
マツリだって、メグを見上げた。
見たこともない表情で。
泣いていた。



「ゾルバ?」
椎名、電話越し。
「なんだ今更。2番目のブラックカルテのことか?」
電話越し。メグ。
「あいつ、いつ施設でた。」
会話。
「・・・・や、知らないよ。少なくとも俺が此処に来てからは聞いてない。本当に最近だろ。」
「・・・そうか。アイツのこと、分かったら、また教えてくれ。」
「え?なに、会ったのか?」
「会ってねぇ!!」
ブツ!
「・・・・・・・・・・・なんだあれ?」
椎名は、ぶぅたれた。逆切れですよ。最近の高校生は怖いですよ。


「マツリ・・・。」
メグが声を掛けた。マツリの家の中。
マツリは珍しく無視をした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
メグはマツリの背中を見つめた。
あの時、マツリの表情と、雫に気を取られていたが、その格好をみれば、マツリの涙の意味はよく分かった。
こすりすぎて赤くはれた唇も、全部解った。
マツリの沈黙は、重かった。
背中が、嘆きの言葉を言っていた。
メグの、拳は、怒りを抑えられずにいた。
「・・・・・・・・・・・マツリ。」
「・・・・・・・・・・・。」
沈黙。こちらを見ようとしなかった。
「あの人、誰。」
それだけ呟いた。
「・・・・ゾルバ。楔(ちぎり)ゾルバ。」
「・・・・・・・・・・知り合い。」
「2番目のブラックカルテだよ。」
「・・・・・・。」
また黙りこむ。
「マツリ。」
メグが、手を伸ばしてマツリの落ちた肩に触れた。
「!」
ただ、彼女は、ただこちらがおどろくほどビクンとして、メグを見た。
口がさっきより腫れてた。目は、驚くくらい大きく見えた。
涙はなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わり・・・・・・・・。」
「違う。」
「ゾルバは・・・。」
「っ。」
その名前すら、もう聞くのが怖い。
「・・・ゾルバは・・・・・楓と同じように俺を、憎んでる。」
マツリの赤くなった首元をみて、メグは、眉間にしわを寄せた。
声は穏やかだけど、心の中では何かが沸騰してた。
「メグ。」
「え?」
「今、その化け物は、私を食べてはくれないの?」
「・・・・・・・・・・残念ながら・・・・・。」
食べさせろと、唸っていた。
「ごめんね。」
「なにがだよ。」
「こんな、ことになるつもりは。なかったの。」
「・・・・・・・・・・・え?」
「こんな、怖いとか。おも・・、・・のは。」
マツリの声が、珍しくどもっていた。
「ずっと、なくしていってたのに。」
「・・・。」
怖いと思う事は、メグを傷つけることだったから。
「ごめんね。」
 

―――――あぁ。絶対、ぶっ殺す。



ダブリ16 終わり
 


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