知る世界6

「暇なのか。」
「今はねー。」
ため息をついた。また木下がやってきた。やっと得た休憩時間だったのに。ぶち壊しだ。
「いっそ一生暇を貰え。」
「それ、あれだよね。解雇だよね。」
「何か用か。」
「この間子姫ちゃんに会ったよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・どこでだ。」
「あっ別にお前んちになんか行ってないよ!駅で偶然。」
「・・・駅?」
「そ、大学多分C大だよ。頭いいね。」
「・・・で。」
「や、最近子姫ちゃんに会ったか?」
「ない。」
そう言えば最近全然見ない。あのお菓子の時以来だ。
「へぇ。」
「あぁそうだ。これをやる。」
「?」
「菓子だ。子姫がよこしてきた。」
「・・・・お菓子!?」
何をそんなに驚く。
「あぁ。」
「い・・・いいいいいいいなあぁ。お菓子のプレゼントとか、味わえないよ?この仕事。」
「いるのかいらんのか。」
「いるいる!ありがとう。」
嬉しそうに食べた。
「なぁ然―・・・。」
「なんだ。」
「今日あたり、顔出してあげなよ。」
「・・・どこに。」
「子姫ちゃんのところ。」
「・・・何故。」
「あの子さ・・・日に日に痩せてる気がするよね。」
やつれているの間違いだ。
「この間、電車待ってる時さ、この子、危ういなって思ったんだ。」
「・・・。いつもだ。」


ピンポーン・・・。
初めて使った。インターホンというものを。この家の前で。
思ったとおり、居留守を使われた。苛ついたので無作法だがドアを開けた。
「ひゃ!」
彼女は驚いていた。
「・・・居るじゃないか。」
「い・・居ますけど!」
「何故無視した。」
「す・・すいません・・・。」
「や。いい。こちらも不躾だった。子姫。」
「は・・い。」
子姫は戸惑いながらもこちらへやってきた。
「菓子、木下も喰った。感謝していた。」
「あっ・・食べてくれたんですね。」
彼女は少し嬉しそうな顔をした。
「・・・あぁ。」
「先生。・・・中、入ります?」
「・・・や・・・。」
「コーヒー入れますよ。」
「・・・。いい。」
「そうですか。」
「・・・用はこれだけだ。じゃあな。」
「・・あっ!先生!」
立ち去ろうとしたところを止められた。
「なんだ。」
「私、今日、正峰銀っていう男の子に会いました。先生のこと・・知ってるって。」
全身の毛が逆立った。
「・・・せ・・。」
彼女は一瞬おびえた顔を見せた。
「それで・・・何か言っていたか。」
「え・・・いえ・・。特に・・・。」
「・・・そうか。」
ガチャン!
戸を閉めていた。別れの挨拶も何もなしに。
心臓が呻いている。息をやっと吸うことができた。
「クソ・・・。」
部屋に帰るなり、座り込んでしまった。情けない。情けないな。そう思う。
汚い。
そう思う。心底。そう思う。
女なんか大嫌いだ。気持ちが悪い。心底、思うんだ。
大丈夫だ、と言いきかす。
あの子供は何も知らないはずだ。と言いきかす。
それどころか、誰も知らないだろう。あの女と木下以外は。絶対に、知っちゃいないだろう。
頭が痛くなってきた。
弱いな。クソ。
子姫のことを弱い少女だと考えていた自分を責めたくなった。
自分の方が、こんなにも。こんなにも弱い。

翌週、職場で木下に会った。その時、やつは少し驚いたような顔をしていた。
そしてこう言った。
「・・・またか?」
「また?」
またってなんだ。
「いいや。」
木下は首を振った。
「なんかあったのか?」
「・・・ない。」
「あっただろ。」
追及。
「・・・お前はエスパーか何かか。」
「マミじゃーないよ。」
笑えない。いつの時代のアニメだ。
「お前さ、いつも無表情なのに、すっげぇわかりやすいよな。」
「なにがだ?」
「不機嫌、マックスじゃん。」
「・・・不機嫌?」
「うわ、自覚ない。」
「・・・いったい俺のどこが不機嫌そうなんだ?」
「顔。」
「・・・あいにく手鏡は持ち合わせてない。」
ははっと木下は短い声で笑った。
「・・・で?何があったの?」
「何もない。」
「嘘だ。」
木下は追及をやめない。このマッドドクターめが。
「恭子さんにでも、会った?」

カッとした。

「・・・痛てぇよ。」
木下が、俺の手を押さえて言った。
「・・・悪い。」
無意識だった。無意識に木下を遠ざけようと手を振り上げてた。
「俺も、悪かった。」
木下はため息をついた。
「・・・あの女の名前なんざ、タブーだったな。」
「・・・。」
俺はため息をついた。この男には、なんの隠し事もできないらしい。
「・・・銀に会ったらしい。」
「・・・銀?あぁ、ボンのことね。誰が。」
「子姫。」
木下は少し表情をこわばらせたが、すぐに柔らかく取り繕った。
「へぇ・・・。そりゃまた、何で。」
「同じ大学だそうだ。」
「・・・へー。世間が狭いとはこのことだ。」
感心したように言った。
「そっか。それで。」
何かに納得したようだった。
「ボンかぁ。めんどくさいね。」
「めんどくさいか?俺には関係ない。」
「関係あるでしょ。めちゃくちゃ動揺してたじゃん。」
「黙れ。」
「黙んない。」
木下は、ははっと笑う。苛っとした。


その夜、一週間ぶりにまた会った。
「・・・子姫。」
「え・・・?」
意外そうな顔をして、見上げてきた。
「また夜中に出歩いてるのか。」
「あ・・・っ、先生・・。」
彼女はコンビニでパンを物色しているところだった。
時刻は2時だった。
急患の手術を終えた帰りだ。明日は非番。ビールを飲んで寝ても、バチは当たらないと思った。
久しぶりに飲まれて寝てやろうと思った。
むしゃくしゃしていたからだ。
「・・・おかえりなさい。」
「・・・君も早く帰れ。」
「・・・明日の・・朝ごはんがなくて。」
「それで夜中に買いに来るのか君は。」
子姫は俯いた。
その姿は儚げで、美しいと思った。
「・・・飲むんですか?」
手の中にあるビールを見つけて言った。
「飲んじゃ悪いか。」
「いえ。」
彼女は適当にチョコパンをつまみ、立ち上がった。
「・・・帰り、ご一緒してもいいですか?」
「・・・構わないが。」
会計を済ませて、俺たちは店を出る。そこで沈黙が生まれる。
歩き出すが、その沈黙はずっと続く。
子姫は少し怯えたような眼をしていた。そういえばこの間も、そんな顔をしていた。
―――顔に出る。
あぁ、なるほど。そういうことか。
「・・・子姫。」
名を呼んだ時だった。
「子姫ちゃん?」
別の声がする。その声の主を見る。若い大学生くらいの男だった。
ぞくっとした。
直感したから。
「・・・正峰君。」
その言葉を、名を聞く前から。そいつの正体が分かってた。
「どうしたの、こんな時間に。」
「正峰君も・・・。」
「あははっ俺は最終逃しちゃって。バイト先から歩いて帰るとこ。」
「危ないよ。」
お前が言う台詞ではない。と思った。
「大丈夫。治安、普通なんだろ?ここら辺。」
「・・う、うん。
頷く。
「あれ・・その人は?」
こちらを見やる。
と、同時。
「えっ」
子姫の声が、短い声が消えるように宙に舞った。

カっと、した。それだけだ。 



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