知る世界29

帰り道。
彼女に会った。
「あの!」
思わず、走り寄ってつかんでいた。袖。
「・・・あ・・・。」
彼女は振り向いて、驚いていた。
「あの・・・っ。」
「・・・子姫ちゃん・・・だっけ。」
「・・・はい。」
恭子さんは、こちらを見てうっすらと微笑んだ。
「どうしたの?私に、用?」
「・・・用があった・・わけじゃないですけど・・・。あの。」
「・・・お茶してく?おごるわ。」
「あ。」
彼女は私の手を引いて、喫茶店に入った。

「然とは、まだ一緒にいるの?」
「・・・・・。」
苦いコーヒーを飲んで沈黙。
「・・・別れたの。」
「・・・別れる、別れないの関係ではありませんでした。」
「・・・付き合ってなかったの。」
「はい。」
彼女はため息をついた。
「然が好き?」
「・・・・・・・。恭子さんは。」
「え?」
「恭子さんは、然さんが好きでしたか?」
「・・・・・話、聞いたんじゃなかったの?」
「聞きました。」
「利用したのよ。」
「知ってます。」
「それで、訊くの?愚問ね。」
「愚問だとは思いません。」
「・・・。」
「だって。悲しんでいた。」
「悲しんで?」
「・・・赦せないことを。悲しんでいた。赦してもらえないことを。悲しんでいた。」
「・・・あなたに何がわかるの?」
「分かります。」
「分からないわよ。」
はっと彼女は笑った。
「分からないわ。私のことは。」
「・・・然さんは、あなたのことを愛していたと思います。」
彼女は笑うのをやめた。
「愛してたから。憎んだ。」
「・・・やめて。」
「あなたを本当に、愛していたんだと思います。」
「やめてってば!」
大きな声を出した。
「・・・聞いてください。」
手を伸ばした。
そっと耳に触れる。彼女はびくっとしていた。
「・・・見てください。受け止めて。」
「・・・あなた。」
「然さんを愛していたこと。認めてください。」
「・・・なんの・・意味があるのよ。そんなの。」
ぼろっと彼女の眼から涙。
「・・馬鹿にしないで・・・ッ!」
「してません。」
はっきりと言い切った。
「認めて。」

彼女は、泣いた。

愛してた。
愛してた。
きっと。生まれて初めて人を愛した。
涙が出るほど。
自分を醜く変えるほど。
それは愛でしょう。
いかに歪でも。
それは愛でしょう?

「然のこと・・・。好き?」
「・・・分かりません。」
「・・・分からないの。」
「もう一度。」
強い意志をもって、私は言葉を紡ぐ。
「もう一度、彼に会わないと。分かりません。」
「・・・そう。」
彼女はうつむいた。
でも。微笑んでた。でも、泣いてた。


家に着くころには。夜中を回っていた。
夜道を歩く。駅からの道を歩く。
あぁ。今日は月が大きい。宇宙にいるみたいだ。
コンビニの側を通りかかる。
「あ。」
気がついた。
然さんが、何かを買っていた。
立ち止まった。そして彼が出てくるのを待った。
「・・・・・・・。子姫。」
彼は自動ドアをくぐり、私を見つけて呟いた。
「・・・こんばんは。」
私はそう言って、一歩だけ近づいた。
彼は一歩下がった。私との距離をとるかのように。
「なんだこんな夜中に。」
「・・・実家に行ってきました。」
「・・・・・・・・・そうか。」
彼は何かを言おうとしたのか、相当ためらってからそう言った。
「母に会ったのか。」
「会いました。」
「そうか。」
「はい。」
歩き出す。
「それから・・・恭子さんにも。」
「・・・・・・・・何処でだ。」
「帰る途中で。」
「・・・今何処にいる。」
「・・・あの後、家に帰ったみたいです。銀君が途中で来て、一緒に帰りました。」
「・・・そうか。」
「はい。」
頷く。
「ねぇ、然さん。」
「なんだ。」
「少しだけ。遠回りしませんか。」
「・・・夜遅い。」
「月が。」
「月?」
「大きいから。宇宙の散歩みたいでしょう。」
「・・・。」
 


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