知る世界28

「銀君。」
「あ、お。おはよ。」
どもりながら挨拶される。
テスト最終日。これが終わればこの一年は終わりだ。
人気がある。らしい。銀をまじまじと見る。
「な、なに?」
「ううん。」
少しだけ。少しだけ、然さんに似てる気がした。
「なんか、久し振りだからさ。」
「うん。忙しくてあんまり会わなかったもんね。授業は友達と座ってたし。」
「うん。・・・元気だった?」
「元気だったよ。」
沈黙。
どうしてこんなに気まずいのか。
・・・あぁそうか。前回。私は彼に好きだと言われたんだ。
だからか。
だから。
こんなに挙動不審なんだ。
ふっと笑ってしまった。他人事みたいで申し訳ないけれど。
なんだか銀がかわいくて。
「えっ!?俺、なんか変?」
「ううん。かわいいなって思っただけ。」
「・・・・・・・か・・・ゎぃぃ・・って。」
赤くなる。
「・・・なんか。子姫ちゃん。ちょっとだけ変わったね。」
「・・・そうかな。」
微笑んだ。
「うん。・・なんだか。強く見えるよ。前よりも。」
「・・・うん。」
頷いた。
「・・・私ね。銀君。」
「ん?」
「私。ずっとこの世界が怖かったの。」
「・・・え?」
「私。記憶喪失だったの。」
「・・・記憶・・・・。って。え?!」
「ずっと。変な眼で見られるのが。怖かった。」
「・・・子姫ちゃん。」
「知らないことがあることがずっと怖かった。私がおかしいんだってずっと。」
「・・・・・・。」
「だけど。違ったのかもしれないって。最近思った。」
「・・・うん。」
「世界は分からないことだらけで。皆、分からないまま生きてる。分からないまま、死んでいく。」
「・・・子姫ちゃん。」
「・・・そう考えたら少しだけ気持ちが楽になった。」
「・・・うん。」
微笑んだ。
「いけね!俺次テスト!じゃあ子姫ちゃん・・・また!」
「・・・うんまた。」
彼はあわただしく行ってしまった。
私は空を一瞬見上げて、雲を見た。
冬の空。

私は、歩みだした。
今日行くって決めていた場所があった。


「し・・・子姫!」
母がうろたえた。
何も言わずに帰ってきた私を見て。
「ど、どうしたの。連絡もよこさずに・・・。」
「お母さん。」
「!」
「・・・話してほしくて。私のこと。」
父がいないこの時間しかない。
「知りたくて。」

知りたい。

私はずっと。知らないことがあるのが怖かったわけじゃない。
知るのが。知ることが怖かったんだ。
知りたい。分かりたい。あなたのこと。あなたの世界。
単純な欲望。
惹かれる。
それは単純な、願望だったんだ。


「お母さんは。生まれてすぐ捨てられてね。ずっと施設で育ってたの。」
「・・・・・。施設。」
「そこでずっと。一緒に育った人がいた。それが、あなたの母親。」
「・・・姉・・・?」
「そう。」
母は熱いお茶の入った湯呑を握りしめた。
「・・・一緒の人を。好きになった。」
あぁ。
「だけど。選ばれたのは、姉だった。」
遠い眼をした彼女はきっと。今までで一番、私に向ってきてる。
「・・・でも。急なことだった。」
「急?」
「あなたを身ごもったの。」
「・・・私。」
「結婚なんてできる立場じゃなかった。その時はね。」
「・・・。」
「だから一人ひっそりとあなたを生んだ。彼には何も言わずにね。」
「・・・言わなかったの。」
「言わなかったわ。負担になりたくなかったみたい。でも、次第に。・・・姉は心を病んでいった。」
「・・・病んで・・・?」
「強い人だった。だけど、弱かった。」
「・・・どうして・・。」
「分からない。不安とか、疑念とか、後ろめたさとか。言えなかったの。きっと。何も。言えなかったから。一人で全部飲み込んで、でも飲み干せなくて。それで苦しんでいたんだわ。」
「・・・・・・・・。」
「それであなたが・・・。記憶を失う、少し前に・・・。」
次にくる言葉は。なぜか。分かってた。
「自殺したの。あなたと、無理心中しようとして、姉だけが・・・。死んだ。」
母の涙が見えた。
「思い出してほしくなかった・・・ッ。」
悲痛な声になった。
「だけど、思い出さなければ、きっと、あなたの精神不安定は・・・治らないと言われた・・・。だけど、私には、話す勇気がなかった。」
「お母さん・・・。」
「ごめんなさい子姫・・・っ!」
「お母さん・・・。」
「傍にいると。どうしても姉が思い出されて・・・。どうしたらいいか分からない・・・!ずっと・・怖かったの・・っ!あなたが思い出して、私を本当の母ではないと知って・・・知ったら・・・。あなたになんて言えばいいのか・・・!分からなかった!」
泣き崩れた。
「お母さん・・・。」
私は母の傍に行って肩を抱いた。
「・・・子姫・・・。」
「お母さん。私。思い出せない。まだ。全然分からない。」
「・・・。」
「でも。いい。分かった。今。分かっただけで、それでいい。」
私の眼からも、涙が落ちてった。

母が優しく、私を抱き寄せた。
 


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