知る世界25

「おかえりなさい。」
「・・・ただいま。」
「さよなら。」
「あぁ。」
ガチャン。

2カ月たった。彼と合わなくなってから。
テスト期間になり、学校ももう終わる頃。
久しぶりに彼に会った。
彼はいつもと変わらず、相変わらずの無愛想顔でこちらをまっすぐ見ようとはしなかった。
私も。
相変わらず。
恐ろしい、と思う世界を。知る世界を、生きている。
毎日知らないことを知る。
毎日分からないことを知る。
毎日、無力だということを、知る。
あぁ。
無為なのか、有為なのか。
知らない。
それを知るすべがない、知る世界。
どのようにして泳ぎ切ればいいのだろう。
人生を。
今を。
未来を。

知らないことだらけ。


「付き合ってるのー?」
大学の知り合い、とも呼べるか分からない顔見知りに問われた。
「え?」
「あ、ほら。銀君と!」
「・・・え・・・と。」
「だってよく一緒にいるよねー!あの子なんだっけ!フランス文学専攻の子?」
「・・・多分。」
知らないけど。
「え、なになに?」
他の子が振り向いてきた。
授業中なんですけど。
「や、あの正峰銀とさ、付き合ってるのかって話。」
「あ!それ気になってた。噂になってたからさー。」
「・・・噂?」
「うん。」
じぃっと見てくる二人。
「・・付き合って、ないよ。」
「へええええ!?」
小声。意外だ、という声を上げる。
「うっそ!」
「まじで?」
「うん。」
「じゃ、まだいけるね!」
「うん。まだいける。」
意気込む。
「いける?」
「銀くん人気だからねー!」
「ねー!」
「・・・・そうなんだ。」
ふふっと彼女たちは笑った。
「ね。ね。私の名前、知ってる?」
ぎくっとする。
ごくんと息を飲む。
「・・・・・・・・・・・あ。」
怖くなる。
怖い。
どうしよう。
知らない。
「知らないよねっ!話したの今回が初めてくらいだし。私、甘利馨。甘いに利益の利。アメリって呼ばれてんの。」
「私、中曽根優子。優子でいいよ。よろしく。」
「・・・・・よろしく。」
あっけにとられる。
するっと言葉を受け取れた。
苦しいのもなくなった。
「やー実はさ。話してみたかったんだ。子姫ちゃんでしょ?コヒメ!」
「・・・うん。」
「話しかけるの気が引けちゃってて!だって超お嬢様だからさー。」
「・・・お嬢様・・ではないけど。」
「あははっ。これまた噂。」
「・・・。」
「よろしくねっ。つってももう。一年たってるけど。同じ専攻として。」
「よろしくー!」
微笑まれた。
「・・・うん。よろしく。」
微笑み返した。
自然と。
笑みがこぼれた。

「子姫はさー、誰かと付き合ってるの?」
一緒にお昼を食べることになった。
「・・・ううん・・・。」
「へー!じゃあ好きな人は?」
「・・・好き・・な。人・・・。」
困る。
「・・・いるんだ。」
にまっと優子が笑う。
「・・・いる・・のかな。」
「わかんないの?」
アメリが問う。
「・・・わかんないとか・・そういうの・・って。変、だよね。」
「や。普通にあるでしょ。」
「あるある!」
「・・・え?」
顔を上げる。
「そ、そうなの?」
「あったりまえじゃんー!そんなの、心のことなんだから、わかんない時もあるよ。」
「え・・・。そう、なんだ。」
「あはは、子姫ってさ。」
どきっとする。
知らないんだ。
知らない子なんだ。
そう、言われるのが怖い。
おかしいと言われるのが怖い。
異常だと言われるのが・・・。
「恋愛、初心者なんだねっ!」
「・・・・・・初心者・・・。」
「うぶなんだよー。かっわいー!」
「・・・うぶ?」
「チューとか。憧れる?」
にやにやしながら、優子が訊いた。
「・・・キス・・・は。」
思い出す。
「!子姫!?」
突然慌てた。彼女たち。
「え?」
涙が出ていた。
こぼれてた。
私の頬。

馬鹿だな。私。

この世界は。私の思ってた世界じゃ、ないんじゃないか。


→次のページ 


■ホーム■□□   鬱になった人拍手   意見箱   投票 ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「知る世界」に投票 
 

25

inserted by FC2 system