知る世界23

「お前。馬鹿なの?」
「・・・お前に言われる日が来るとは思ってなかった。」
木下が、コーヒーを飲みながら俺の吐き出す言葉を聞き流した。
あの日から数日経った。
木下が休日を利用して俺の家にやってきた。
かなり腹を立てているようだった。
木下は普段めったに怒ることはない。
多少怒ったとしても顔には決して出さない。
むしろにこにこ笑ってやり過ごす。
饒舌な奴の特権的必殺技だ。俺にはできない。
だが、この日の木下はそうではなかった。
無言で、威圧的な空気を放つ。
「・・・木下。」
「あのな然。」
うつむいたまま言う。
「あのな。これはお前の責任だからな。」
「・・・責任?」
なんだそれは。意外な言葉が出てきた。
「お前。子姫ちゃんに惹かれてたんだろ。」
否定はしない。
「惹かれてたが、その感情を頭で整理はしなかった。何故好意を持つのか。何故彼女なのか。」
「・・・そんなことを考えるのは、心理学者だけだ。」
「人間ってのは、無意識にそれをやってのけるんだよ。」
「俺は人間じゃないってのか。」
「お前は。特殊ケースだ。」
「特殊?」
異常ということか。
「お前は、頑なに、恋慕ってもんを拒んでいた人間だ。」
「・・・拒んでいたか?」
「トラウマがあるからな。恭子さんっていう。」
「・・・・・・・・。」
「人を好きになることで何かが破滅に向かう。それを目の当たりにして、傷ついた人間が、意気揚揚と恋愛できるわけないだろ。お前は人を好きになることをずっと拒んでた。」
「・・・決めつけるんだな。」
「それくらいじゃないと、商売も上がったりなんで。」
にっと笑った。
「それでお前は、心のどこかで『好きじゃない。』『好きになんてなってない。』そう言い聞かせてきた。」
「・・・。」
「でも、惹かれていた。だから、子姫ちゃんに触れたんだ。自分の感情も分からないまま。」
「・・・知るか。」
「聞けよ、然。」
睨むようにこちらを見る。
「その後悔が。その後ろめたさが。お前の中にある。」
「・・・ない。そんなものは。」
「あるね。」
決めつける。
「だから、再び、拒絶したんだ。」
「・・・・・木下。」
「・・・なあ、然。」
ため息をついた。
「お前、どうしたい?」
「は?」
「感情は置いといて。どうしたい?子姫ちゃんに触れたい?抱きしめたい?愛撫して、キスしたい?」
「・・・お前な・・・。」
「どうなんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
黙る。
そんなもの。
知らん。
知りたくもない。
「感情じゃなく、願望から考えろ。お前の感情は、はっきりいって、普通の思考回路ではない。」
「・・・断言しやがったな。」
「するよ。俺、お前のことずっと見てきたんだぜ?」
・・・そして、腕は確かな医者だ。くそ。
「感情を理性とトラウマで捻じ曲げて自分では気づけない。それがお前だ。だから、お前がどうしたいかを考えろ。より具体的に。感情見たいにあいまいな、『〜な感じ』ってんじゃない。具体的にどう、行動したいかを考えろ。」
「・・・考えたらどうなる。」
「俺に言え。そしたらそこから俺がお前の感情を代弁してやる。ただし、その際は俺の言うことを信じること。俺は、お前の脳だと思うこと。」
「・・・・・・・くだらん。」
「くだらなくないよ。失礼なーっ!」
腕を組む。
「・・・気が向けばな。」
「あぁ。いつでも言ってくれ。ただし、早いうちにな。」
「・・・・・分かった。」
ため息。


数日後。
「あ。」
「・・・銀か。」
「あの・・っこ、こんばんは!」
「・・・こんばんは。」
銀が、マンションの前で立っていた。
「子姫か。」
「え・・・・いえ!違います!」
「・・・俺か?」
「はい・・・。」
銀はうつむきかけた。
珍しい。何か物憂げだ。
俺はため息をついて銀を家に招いた。
「・・・で。なんだ。」
コーヒーを出しながら問う。
「・・・あの。」
「・・・早く言え。」
「姉ちゃん、見ませんでしたか?」
ぎくっとする。
「・・・姉・・・?」
「あの、覚えてませんか?多分、何度か会ったことがあるはずなんです!恭子って名前の。こういう顔!」
「・・・・・・・・・・あぁ。」
あいまいな返事を返す。
恭子の写真。今より少しだけ若い。
「・・・・で、姉がどうした。」
「いなくなったんです。」
「・・・いなくなった?」
「・・・いないんです。このところ。ずっと。」
「・・・姉は大人なんだろ。心配する歳か?」
「違うんです。だって・・・。姉ちゃん・・・。母さんの・・・。」
ぴくっと眉が反応してしまった。
「母さんのこと、すごく心配してて。ずっと・・・看病してて・・・。だから、今、母さんを置いてどこかに行くなんて思えない。」
「・・・なるほど。」
「・・・然さん・・!」
「姉ちゃんのこと。気づいてたんでしょう?」
「・・・気づいて・・・・?」
「・・・姉ちゃん。ずっと。然さんのこと・・・好きだったんです。」

馬鹿な話だ。
 


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