知る世界24

見ていただけの話だから。本当のところは知らない。

「姉ちゃん?」
ある土曜日のこと。姉はずいぶんおしゃれな格好をしていた。
「大学?」
「んー。ちょっと、その後ね。出かけるの。」
「へー。」
年の離れた姉で、俺はこの時まだ小学生だった。
「デート?」
「あははっ。」
笑う。
「ボン。ませたねぇ。」
「なんだよ。」
膨れてみせた。姉はにこっと笑った。そして俺の頭をなでた。
「いいもん買って帰ってきてあげるから。」
「うん。」

俺のことをボンと呼んだ。
なんでもぼっちゃんと銀を混ぜたらしい。
頭のいい姉ちゃん。
優しい姉ちゃん。
自慢だ。

その頃の姉は、とても輝いていた。
だけど、ある時期を境に、少しだけ塞ぎがちになっていた。
「姉ちゃん?」
ドアをノックしても返事はない。
部屋に閉じこもっている姉を心配して、俺は思い切って扉を開けた。
「・・・いない。」
いなかった。
一体何時からいないんだろう。
床がずいぶん散らかっていた。
らしくない。
几帳面な姉の部屋はいつも小奇麗だった。
「・・・あ。」
足もとに写真が散乱している。
男の写真だった。
「・・・彼氏・・・かな。」
そこに映ってたのは、クールな顔つきな男だった。
笑うでも、睨むでもない。ただ、まっすぐ見つめてくる。そんな男。
「・・・面食―い。」
呟いた。そして笑った。
なるほど。喧嘩でもしたんだろうな。
納得した。
だけど。違った。

それから少しして、母の問題が発覚した。

隠し子?
いや、むしろ俺たち姉弟が、隠し子だった。
頭がガーンとした。
優しい母が好きだった。
父が好きだった。
二人して、隠していた事実だった。
本当は、母は、結婚なんかしていなかった。
父は、母の実の夫である男とは、嘘みたいに遠い親戚だと言っていた。
母は泣いた。謝りながら。
話はよく分からない。だが、状況は芳しくなかった。
日に日に、おかしくなりそうで。焦った。子供ながらに。
母は、ついに家に帰らなくなった。
今までほとんどいなかった「本当の家」とやらに、閉じ込められてるらしかった。
当たり前のことだ。とも、冷静に考えた。
だって。俺達は、なんの正当性もない家族だ。
でも、母を返してほしかった。
俺たちの母だ。間違いはない。
どうして今までは放っておいたくせに今更閉じ込めたりするんだ。
子供らしい考え方で、母を奪った正峰本家を恨んだ。
進まない話を進めるために、姉は立ち上がった。
そして、むこうにいる、父違いの兄とやらに会いに行った。

ガチャーン!
「!」
しばらく経って、姉が荒んだ。
発作的に物を壊し、そして、一日中ベッドの上で転がってた。
卒業論文のゼミ、とやらに全く行かなくなって、していた出版社でのバイトもやめて。
転がってた。ひたすら。一日中。
日に日にやつれていった。
日に日に細くなって、そして、力なく笑うようになっていた。
「姉ちゃん・・・。」
心配で、見ていられなかった。
「姉ちゃん・・・。」
そばについていた。
「大丈夫だから。」
姉は病的な笑顔で微笑んだ。
「え?」
「お母さん。もうすぐ帰ってくるからね・・・?」
「・・・え?」

それは真実になる。

母が怪我をして入院した。
原因は、息子の暴力だった。そう、ずいぶん後で教えられた。
母の入院がきっかけで、結局母はこの家に帰ってきた。

俺は、どういう興味本位かは忘れたが、兄という存在を一目見たくなった。
そして、一度だけ、見に行った。
正峰の、家を訪ねた。
「・・・あ。」
どこかで見た顔の男がそこにはいた。
「あの人、写真の人・・・。」
間違いなく、あの写真の男だった。
男は、然、といい、そして姉と同じ大学に通う医学生だった。
「・・・・。」
姉のキラキラした笑顔を思い出す。
姉の荒んだ眼を思い出す。
「・・・・あ。」
つながった気がした。

姉は、きっと。この男が好きだったんだ。
そしてそれは、永久に失われた。

俺は、どうすることもできず。
少しずつ回復していく姉を見守ることしかできなかった。
だけど知っている。
あの日以来。姉は誰とも恋をしていない。
あれだけ美人で、もてないはずがない。
だけど、誰とも付き合ってはいない。
ずっと。
ずっと。
きっと。
然さんのことが、好きだったんだ。
 


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