知る世界21

「あ・・・っ!」
ドスっとぶつかってしまった。
「す・・すみません!」
慌てて謝った。ぶつかった女性は膝をついてしまっていたからだ。
向こうから走ってぶつかってきたにもかかわらず。
「大丈夫ですか?」
手を伸ばす。
そして、ぎくっとする。
「・・あ。」
恭子さんだった。
「・・・・・・・・・・あなた。」
低い声で、唸る。
「・・あなた・・・然のこと、信じてるの?」
「・・・・・・・え?」
彼女は顔を上げずにゆっくり言った。
「信じてる?」
口から言葉が出てこない。
しばらくの沈黙。
「・・・わ・・・わかりません。」
正直に答えた。
信じる信じないの、関係では、きっとない。
「然と私のこと、聞いたの?」
「・・・き・・・きました。」
「は・・・っ。」
笑った。
「そう・・・聞いたんだ。」
目を伏せて俯いた。
「・・・それでも。然といるのね。」
「・・・います。」
「・・・。私が怖い?」
こちらを見て微笑んだ。
怖い。
「・・・いいえ。」
逃げたい。
近寄るなと、先生は言っていた。
この女には、近づくな。と。
「然と別れて。」
「・・・・え・・・。・・・あの。」
「別れたほうがいい。」
別れる別れない、の関係だろうか。
「・・・あなた。きっと不幸になる。」
「・・・恭子さん・・・。」
「私みたいに・・・なるから。」
彼女はすくっと立ち上がって、俯いたまま歩きだした。
その背を見やる。
「・・・きょ・・・恭子さん!」
思わず呼んでしまった。
「・・・何。」
振りむいた彼女の眼から、きっと流れてた。涙。見えなかったけど。
「・・・正峰さんのこと・・・。赦せないですか。」
「・・・赦せない。」
その眼は。
「赦さない。一生。」
その眼は、でも、憎んでなんかなかったと思う。

悲しんでた。


その日。
大学に行った。
だけど、誰とも会わなかった。
帰り道に会った銀以外は。
「・・・銀君。」
「あ!・・・し、子姫ちゃん!」
「・・・どうしたの?」
「や・・・あの。ちょっと。」
待っていたらしい。
「学校で見かけたけど、話しかけられなくて。」
「そっか。あ・・・。この前、ありがとう。お見舞い。」
「あ、うん。もういいの?」
「うん。」
嘘だった。だけど、あの部屋で転がっていたって苦しいのは同じだった。
だから、今日は気まぐれで外に出たのだ。
「・・・子姫ちゃん。あの・・然さんとはちゃんと会ってる・・・んだよね。」
「・・・?うん。会ってるよ。」
「・・・今日、子姫ちゃんのとこ。本当は行くつもりだった。大学で見かけなかったら。」
「・・・心配かけてごめんね。」
「や!ううん!いいんだ!ただ・・・然さん、忙しいみたいだから、子姫ちゃん一人でいるんじゃないかって・・・。」
「・・・うん。ありがとう。」
「お茶でも、して帰らない?」
「・・・うん。」
頷いた。
駅の近くの喫茶店に入る。
銀君はアイスコーヒーを。私はアイスレモンティーを注文した。
「俺さ。然さんと実は兄弟なんだ。」
突然切り出される。
「・・・知ってた。よ、ね?」
確認される。
「・・・うん。ちょっとだけ。聞いた。」
「それでね。俺にとっても母さんは母さんで。それは然さんにとっても同じだと思うんだ。」
「・・・・・・・うん。」
母。その単語は今聞きたくない。
「母さん。病気でさ。もう多分そんなに長くない。」
「・・・・・・・・。」
「それで。俺。然さんにも、病院に来てほしいんだ。」
「・・・銀君・・・。」
それは。何も知らないから。言えることだ。
「母さんが、それを望んでるんだ。たとえ、然さんが、どういう後ろめたさを抱えてても。それでも。来てほしいんだ。」
「・・・・。」
知ってるんだ。
彼は。知ってる。あの人が母親を殴ったこと。でもその真相は知らない。
姉がそそのかしたこと。
知らないってことは、幸せなことかもしれない。でも、滑稽だ。
優しい彼は、知らないから優しい世界で生きていられる。
知らないから。優しくなれる。
「・・・銀君のお姉さんって。」
「え?」
「然さんのこと。知ってる?」
「・・・知ってる。よ。」
笑顔は苦い。
「多分ね。」
「・・・。」
「多分。姉ちゃん。然さんのこと、好きだったんだ。」

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