知る世界18

チャイムが鳴る。
無視をする。
でも、開いた。
「・・・・・先生・・・。」
体をもたげる。
それは彼だと、確信していたから。
「子姫。」
「先生・・・、どうかしたんですか・・・。」
起き上がって、正峰さんが入ってくるの見た。
「銀が来てる。」
「・・・え?」
「銀だ。」
「・・・銀君って・・・・・・。」
心臓が少しだけ、ドクン。
だって、銀は正峰さんの半分血のつながった弟だ。
彼にトラウマティックな『女』を刻みつけた、あの女性の弟じゃないか。
ぞくっとする。
彼と、銀が一緒にいることに。
「どうして。」
「お前がメールをちっとも返さないから心配になったそうだ。」
「・・・あ・・・。」
携帯の電源なんて切っていた。
あの母親を名乗る女からの電話を、拒むためだ。
「・・・会うか。」
「・・・。」
迷った。
会いたいか会いたくないかは、どうでもいい。
ただ、あの恭子という女性のことを思い出して、今までの目線で彼を見れるかどうかが不安だった。
「・・・来てくれてる。会ってやればどうだ。」
「・・・先生は。」
「・・・その、先生っていうのを、やめるなら、一緒にいてやる。」
「・・・・・・・・うん。」
頷いた。

私が彼を無意識に先生と呼ぶ理由。 壊れてる、患者だから。

自分が壊れてる、と思うと。どうしても彼を先生と呼んでしまう。
それは、希望に縋るというものなのか、自分の変化を彼から望んでいる証なのか。
わからない。
ただ、彼に甘えている証ということだけは、分かる。

「お、おじゃまします。子姫ちゃ・・・」
彼は入ってきて、そう言って、私を見て、止まった。
「・・・銀君。」
「あ・・・あの!ごめんッ。俺、風邪だって聞いて・・・。」
「・・・うん。ごめん。心配かけちゃった?」
「や・・・ううん。いいんだ。それは。あの・・・。」
何故口ごもるのだろう。
もしかして、恭子さんから、何か聞いて此処に来た?
「・・・銀く・・・」
ぼろ・・。
「・・・え?」
彼の眼から涙が落ちていた。
「あ・・!ご・・・!ごめん!」
慌てて眼に手をやって彼は謝った。
「どうしたの・・?大丈夫?銀君・・・。」
手を伸ばした。
その手はギュッと強く掴まれる。
「だって・・・っ。」
優しい手で、温かい。
「だって・・。子姫ちゃん・・・すごく、苦しそうだから・・・!」
人のために、泣ける人。
優しい人。
愛しい人。

なんの汚れも、知らない人。


一種の憎しみすら、抱いてしまう私は、やっぱりどこか壊れてるんだろう。


正峰さんと、銀君は、一緒に部屋を出て行った。
取り残された私は深呼吸をして、天井を見つめた。


ガチャ。
彼の家の扉を開いた。深夜二時。
鍵を貰っていた。
「正峰さん・・・」
暗い部屋。
「お前は。」
声が響く。
「何時だと思ってる。」
「・・・すみません。」
ため息。
暗闇で何も見えない。
「どうした。」
「・・・・・・・・・・。」
答えない。
「・・・なんだ。」
立ち上がる音。近寄ってくる、音。
「正峰さん。」
「ここにいる。」
手に触れた。
「・・・泣いてるのか。」
「いいえ・・・。」
首を振る。
抱きしめられる。
何も感じない、ハグだった。
ただお互いが荒んだまま、なんの渇きも満たされない、そういうものだった。
心が噛み合っていない。もしかしたら拒んでいたのは私かもしれない。
「銀君・・・何か言っていましたか。」
「・・・いいや。」
「嘘。」
信じない。
「嘘でしょう。先生。」
また、縋る。甘える。
「先生。」
抱きしめかえす。
「・・・ごめんなさい。」

どうしようもなく。
甘えた。

忘れさせて欲しくて。一瞬でもいいから。


→次のページ 


■ホーム■□□   鬱になった人拍手   意見箱   投票 ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「知る世界」に投票 
 

18

inserted by FC2 system