知る世界17

「似てるよね。」
「・・・馬鹿言うな。」
木下が笑う。
「で、この安定剤。母親が。」
「あぁ。」
掌に錠剤。
「本当に安定剤か?」
「え?あぁ、うん。そうだよ。」
「・・・そうか。」
「毒だと思ったの?」
「いや。」
ふっとため息をついた。
「やっぱりあの女の人、母親じゃなかったんだ。」
「あぁ。」
「で、誰?」
「知らん。聞いてない。」
「なんで。」
「聞くべきことか?」
「・・・まぁ、聞かないのも、ありか。」
「俺は詮索は嫌いだ。お前と違って。」
「なにそれ!」
ははっと木下が笑う。
「似てるよ。お前ら。」
そして突然真剣な顔で言った。
「似てる。」
「・・・・・・・・そうか。」


「似てない。お前は。俺じゃない。」


そう。それだけ言った。それだけ言って。頭を撫でて、その場を去った。
本音は、隠した。
惹かれている。そのわけを知っていた。
自分を見ているようだと思ったからだ。
おかしくなっていく自分の過去を、そのまま、見ているように思った。
愛してやりたいと思うほど。おかしくなるほど、惹かれた。
自分を愛したかったのかもしれない。
ただの、そういう、感情だったのかもしれない。
そう思った。
何故子姫は、俺に、似ているかどうか聞いたのだろう。

「先生・・・。」
「先生、に戻すのか。」
「どっちだっていいって、言った・・・。」
ため息をついた。
ベッドに転がった彼女を見下ろす。
「学校は。」
「行かなかった。」
「ずっと家にいたのか。」
「うん。」
彼女は手のをばしてきた。
儚い、細い腕だ。
「先生。」
「なんだ。」
「何時?」
「3時だ。夜中の。」
「今、帰ってきたんですか?」
「あぁ。」
彼女はふにゃりと、弱く笑った。
「おかえりなさい。」
「・・・・あぁ。ただいま。」
子姫の部屋に、その日の帰りに寄った。
彼女はシーツに包まって、動かないままだった。朝の、ままだった。
「先生。」
腕が、俺の腕に触れる。
「なんだ。」
かがんで、その腕を取ろうとした。
その手は俺の腕をすり抜けて、俺の首に触れた。
びくっとした。冷たくて。
「・・・冷えてるぞ。暖房つけろ。」
「ない。」
「・・・風邪、ひくぞ。」
「いい・・・。」
「よくないだろう。俺は面倒みんぞ。」
「先生。」
なんて荒んだ目で見るのだろう。
「・・・いっそ、壊してよ。」
そう言った彼女は、泣いていた。涙は、流れてなかったけれど。

俺も、こうやって、泣いていたのだろうか。


恭子が俺に全部を教えた。
恭子が俺に恋慕を教え、女を教え、汚いものを教えた。
あの頃の俺は、このくらい荒んでいたのだろうか。
あの女は再び、来るかもしれない。
ぞくっとする。
「やり方、分かるわよね?」
あの目に、震える。


翌々日、銀が俺の前に現れたとき、また戦慄した。
「・・・あ。」
「・・・なんだ。」
何かを言いたげにしていた。駅でわざわざ待っていたらしい。
「あの。」
「・・・話があるのか。ないのか。どっちだ。」
「あります!」
慌ててた。
「・・・なんだ。」
「あの、子姫さんって・・・もしかして病気とかになってます?」
「・・・なんでだ。」
「メール、してもぜんぜん返ってこなくって。あのっ!ぷ、プリントコピーさせてもらいたくって・・。」
言い訳っぽいことまでつけて銀は説明した。
「・・子姫は・・・。」
本当のことを言うべきなのだろうか。
「少し体調を崩してる。」
「え!」
「心配するな。直に治る。」
「・・・俺っ・・・お見舞いに行きます・・!」
「・・・行くな。」
「い、行きます!だって!心配ですもん!」
「・・・・・・・。」
睨もうかと思ったが、相手があまりにも本気で心配そうな顔をしているので、やる気をなくした。
「・・・立てる状態じゃない。」
「そんなにひどいんすか!?」
「・・・いや・・。」
何と言えばいいか。
人に会える状態じゃない。
「然さんも・・っ一緒に!それで、いいでしょう!?」
「・・・・・・・・・・・・・まぁ・・・・・・。構わん・・・。」
結局、折れた。
まったく、ボンには、叶わない。なんなんだこいつは。


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