知る世界16

母が来た。
「・・・お母さん。」
いつもどおり、居留守を使いたかった。だけど、それは叶わない。マンションの前で、会ってしまったから。もしかしたら待っていたのかもしれない。私を。
「子姫。久し振り。」
震えるような声だった。
なぜ、この女性は私を見るたびに怯えるのだろう。
「・・・こんにちは。」
「・・・子姫、話があるの。」
「・・・そうですか。」
部屋に上がる。彼女はついてくる。
「あなた、記憶は戻った?」
「・・・記憶・・・。」
ずくんとした。
今日はやけにダイレクトに来るな。
「・・・いいえ。」
首を振る。仕方ない。思い出すわけがない。
「・・・あなたを病院に戻そうかと思うの。」
「え・・・?」
「あなた、まだ情緒不安定でしょう?それに・・・記憶、やっぱりある程度努力して取り戻さない?」
「・・・なんで・・・?」
「あなたのためよ。」
あなたのため?
誰だって?
私?
違うでしょう。
違うでしょう。本当は。
「・・・私、思いだしたら。いいことあるんですか。」
「当たり前じゃない。あなたのその不安定なところも、治るかもしれないし・・・それに」
「私の母親のことも、思いだす?」
空気が凍った。
あ。
しまった。
「・・・何言うの。」
「・・・違う?」
「あなたは私の子よ。」
「・・・そうかもしれない。」
バシ!
殴られた。
「いい加減にして!」
こっちのセリフだ。
「子姫!あなた・・・言っていいことと悪いことがあるわよ!」
「・・・本当に?」
呟く。
「本当に、じゃあ、あなたは私のお母さん?!」
大きな声になっていた。
「子姫!」
「じゃあなんで!じゃあなんで私はこんなところに居るの!」
バン!壁を殴っていた。
「お金に物を言わせて、罪滅ぼしのつもりなの?早く家から出て行けって!そういうことだったんでしょう!」
爆発した。爆発した。止まらない。
「子姫!違うわ!」
「此処がおじさんの住んでいた場所だって言ってましたよね・・・。おじさんは転勤になるから、ちょうどいいって・・・大学が近いから是非此処から通えって・・・言ってましたよね。」
止まらない。
「でも・・・此処に前住んでいたのは、おじさんなんかじゃなかった。」
「子姫あなた・・・」
「全然知らない人だった!なんで嘘ついたんですか!体よく追い出すため!?」
「子姫・・・っ!」
「誰なの・・・あなた・・・ッ」
涙が出てた。
「私の何!?私は何なの!」

母親は、帰る際に、ぽつりと言った。
「あんたは・・・私の姉さんと・・・父さんの子よ・・・。」

お前の存在が、赦せなかった。
私の前から・・・消してしまいたかった。
そう、聞こえた。


誰って?
姉さん?
いないでしょう。そんな人は。
誰、それ?
誰・・・?

何故、思いだせないのだろう。
私は高校生よりも前のことは思い出せない。
こんなにもかたくなに、思いだすことを拒んでる。この脳。

めんどくさい。


「子姫」
「・・・・・・・・・・正峰さん。」
朝が来たようだった。
「・・・ずっと、此処に?」
彼はため息をついて頷いた。
昨日の夜彼は来た。そのままずっといたらしい。私は途中からの記憶がない。
「・・・すみません。」
シーツの中にくるまる。
「謝るな。」
「・・・。」
「子姫」
呼ばれた。圧迫される。シーツごと。
「重いです。」
「起きろ。」
「・・・起きてます。」
「体を起こせ。」
「・・・どうして。」
「顔を見せろ。」
「・・・どうして。」
「昨日のような顔をしていたら」
「・・・ら・・・?」
「・・・いや。なんでもない。」
重みがなくなる。
「大学は、いいのか。」
「・・先生こそ。病院は。」
「・・・昼からだ。」
「そう。」
「・・・あの薬は何だ。」
「・・・どれ。」
「机の上の。」
「・・・あぁ。」
ずんと、心が重くなる。
「・・・あの人が、置いていったんです。なんか・・・安定するらしくて。」
「・・・なるほど。」
大嫌い。
大嫌い。あんな人。
「正峰さん・・・・」
「なんだ。」
「・・・私・・・あなたに似てますか?」 



→次のページ 


■ホーム■□□   鬱になった人拍手   意見箱   投票
 

16

inserted by FC2 system