知る世界15

「アハハッ」
短い笑い声が聞こえた。
あの女が笑ってた。
「傑作ね。然。」
「・・・帰れ。」
「言われなくたって帰るわよ。」
睨んだ。
頭が痛くなるくらい。
「でも。一言。言ってから。」
コツ、コツと近づいてくる。足音。
俺は動けなかった。拒めない。知ってた。この女には、屈するしかできない。
「私、あんたの存在自体が赦せないのよ。然。」
「・・・っ。」
「あんたの存在がどれほど私たちを苦しめたか。母親を苦しめたかわかる?」
汗が伝った。
「今ね、お母さん。入院してるの。」
「・・・知らん。」
「でもうわごとで、あんたのことばかり。」
「・・・知らん!」
「もう、そろそろあんたの存在には迷惑してるの。私たち。」
耳を塞いだ。
彼女はくすっと笑って、その細い手で、俺の手を耳からはがす。
「あの女の子の話もね。」
「!」
「銀から聞いたわ。あんた、あの子に手を出してるんだってね。」
クスクス笑う声が、耳ざわりだった。
「あんたには何にも与えたりしない。赦さない。」
「放せ。」
「あの子、銀にやってよ。やり方、わかるわよね?」
それだけ言うと、彼女は消えていった。
闇に。

がんがんする。頭。
頭が痛い。


「悪い。話した。」
「・・・あ?」
木下が玄関でそれだけ言った。
「殴れっ。」
「・・・・・・・・・。」
思いっきり殴った。別に、苛ついたからとかではなく。

子姫と話をした。
彼女は俺とはなれるとまた怖い世界に戻ってしまうと言った。
それは怯えだった。
「子姫・・・。言っただろう。俺に・・縋るな。俺は、お前より、弱い。」
「・・・弱い?」
「18歳の女に、縋るような男だ。」
「縋った・・・?」
何の事だか分からないらしかった。
俺は縋った。彼女に縋った。だから、抱いたんだ。
突然、彼女がキスをしてきた。
「!」
驚いた。体が強張る。情けないことだったが、怖い、と感じた。
だけどそのぬくもりは、熱さは、どうしようもなく愛しくて、ぐっと、彼女の体を抱きしめた。
突き放した。なのに、結局絡まってしまった。
『女』なんて大嫌いだった。
だけど、彼女におかしくなるくらい惹かれてた。
銀。
「ボン」
彼女がよく自分の弟のことをそう呼んでいた。愛称だ。
あいつなんかに、やるものか。じわりと、湧き上がるのは、これは独占欲か。
「・・・正峰さん・・?」
「いや・・・。」
彼女を放した。
「いつから、先生、と呼ばなくなったかな。」
「あっ、先生のほうがいいですか?」
「いいことはない。変態か俺は。」
「あはは・・・。」
彼女は笑った。
「・・・銀君に会ったころ・・・かな・・・。」
「そうか。」
「先生?」
「なんだ。」
「・・・でも結構すんなりきますね。」
彼女は微笑んだ。
「・・・・どっちでもいい。子姫。」
「はい。」
「あの女に二度と近づくな。」
「・・・・・・。」
「利用される。俺への復讐に。」
「復讐?」
「・・・復讐だ。」
実際には、こちらにはなんの恨みを買われるようなことをした記憶はない。
だが、あの女の心理はそうとう捩れている。
異常だ。
俺に執着し、俺に幸福を許さない。
「わかりました。」
彼女は微笑んだ。

だけど、その笑顔は、次の日には失われていた。


母親が来た。
横で激しい言い争う声が聞こえたから。
沈黙した後、部屋を訪れた。
そしたらまた、あの暗闇でシーツに包まった人形のような彼女がいた。
「・・・子姫?」
近づいた。
「・・・やっぱりね。」
子姫はそう呟いた。
「・・・どうした。」
「・・・やっぱり。私、あの人の娘じゃなかった。」
くっと、彼女は笑った。
「・・・めんどくさい。」
荒んでしまっていた心。
彼女の目。

どうしようもなく、惹かれた。

馬鹿だと、思う。
 



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