知る世界13

聞いた話だから、詳細までは分からない。
だけど俺が知る限り。

然の家には母親がほとんどいなかった。
母親は有名なファッションブランドのデザイナーで、然が幼いころからずっと一人パリの事務所で働いていたらしい。
たまにしか帰ってこなくても、たくさんのプレゼントと、母親の愛情は然にとって嬉しいものだった。
然は医者家族の正峰家の息子だから、幼いころから塾通いだったらしい。
父親は毎日忙しくしていたし、甘えることができる人間なんてものは本当にいなくて、たまに帰ってくる母にだけ本当の自分をさらけ出して甘えることができていたそうだ。
「お母さん、次はいつ帰ってくるの?」
「んー・・・ちょっとすぐには難しいかなぁ。」
困った顔で笑う母。
その母を困らせないために然は次第に母に対してもわがままを言わなくなったそうだ。
俺があいつと出会ったのは大学の一年生の時だった。
「然?かっこいい名前だな。」
「・・・・創氏も負けてないと思うが。」
「ははっ」
あの頃から気難しそうな顔してた。
もともとものすごく明るいタイプではないし、物静かで、結構毒舌で、優しいってタイプではなくて。
でもやっぱり容姿はよくて、もててたと思う。
そして出会ってすぐの夏。
然は、恋をしてた。
生まれて初めての恋だと言っていた。
今まで機械的に生きてきた。だからずっと知らなかったものだ、と言っていた。
その女は綺麗で、頭もよくて、まぁ、つまり、才色兼備な、年上の女性だった。
然と並ぶと、二人ともめちゃくちゃ綺麗で、絵に描いたような二人だった。
キスだって。肉体関係だって持ってたと思う。
だけど、その年上の彼女は突然消えてしまった。
霧のように。

その時期を同じくして、然に人生最大の不幸が訪れた。

母親が、自分をだましていたことが、分かった。

母親はずっとフランスにいたわけじゃなかった。
ずっと、ずっと日本にいた。
だけど、別の家族とともに。
子供は、2人も、いた。
正峰の性を持っていた。
それが、正峰 恭子と、銀だった。

絶望だった。失望をはるかに上回る。絶望だった。
大好きだった母親。
唯一の泣き所だった母親。
その母親は随分昔から、それこそ20年にわたって自分をだましていた。
父は何も言わなかった。
ただ、母親を家に拘束した。軟禁だった。ほとんど。

二人の子供のうち、姉が然と会うことになった。
今後の母親の居場所について。
話をしなければならない。
父親はその二人の子供を憎み会おうとしなかった。
だから、大学一年の若造の然が、姉と、会った。
そうとう、悲劇的な構図だった。
その悲劇は、もっと、えげつない方法で然の傷をえぐった。
「・・・なんで・・・。」
その場にいたのは、他でもないあの年上の彼女だった。
「久しぶりね。」
こともなげに彼女は笑って見せたようだ。
「・・・恭子・・・?」
「そう。」
「・・・でも・・性は。岡・・・」
「正峰よ。正真正銘。」
にこっと笑ったらしい。

全て。知っていた。

彼女は全てを知っていたんだ。
「然。」
知っていて、然に近づいた。
「どう、責任とってくれるの?」
細い指で然に触れた。
「禁忌を犯したのよ。どう・・・責任とるの?正峰家、後継ぎ、クン?」
間違いなく。スキャンダルになる話だった。
近親相姦なんて、名門の正峰家がスキャンダルすれば、その名は地に落ちる。
父親に迷惑がかかる。自分にも、この先、未来はない。
「秘密にしておいてあげてもいいのよ。然。」
撫でるような声で、彼女は言う。
「だけど、その代り。お母さん。返して。然。」
計算ずくだった。
「やり方、分かるでしょ?」
全部。あの女の恣になっていた。

然は母親を殴った。
病院送りになり、そして裁判で、母親は向こうの家に奪われた。

母親を殴らせたのは。あの女だった。


憎まずにいられるだろうか。
憎まずにいられる人がいるだろうか。
誰だって憎むだろう。
誰だって恨むだろう。

壊れてるのは、どの世界だ。



→次のページ 


■ホーム■□□   鬱になった人拍手   意見箱   投票
 

13

inserted by FC2 system