知る世界11

「ぜーん」
「・・・来るな。暇人。」
「ひど!暇じゃないよ。」
「じゃあ寄るな。」
「怖いなぁもー。」
木下が笑いながら近寄ってくる。
「・・・久しぶりなんだからさ。もっとこう。優しく・・・」
「お前に優しくする価値はあるか?」
「じゃあ誰に優しくするの君は。患者さんにもそんなに優しくないくせにー。渾名『ブラックジャック』だよ?知ってた?」
「やかましい。」
「あ、分かった。子姫ちゃんだ。」
「木下。」
立ち上がる。
「お、こわ。まじで、図星?」
ため息をついて、座った。
「最近子姫ちゃんは?」
木下も小さくため息をついて傍の椅子に座った。
「・・・あぁ。」
「・・・ああ?」
怪訝。
「何それ?」
「・・・。」
「・・・え。」
木下。
「え?え?嘘?まじで?」
「殺すぞ木下。」
「やっぱり!?」
馬鹿みたいに勘がいいのは、認めてる。隠しても仕方がない。
「へぇぇー・・・。」
珍しい動物でも見るような顔。
「・・・克服?」
「何がだ。」
「や、俺。ずっとトラウマ担ってるんだと思ってたんだ。」
「・・・。」
「『女』が嫌い、なんじゃなくて、怖い、ってなっちゃってるのかなって。思ってた。」
木下は俯いた。こいつの癖だ。
精神外科医としての腕はピカイチだ。患者を前にいつも一度俯く。
「でもさすがに18歳の女子大生を前に健康な・・・・――」
殴った。
「・・・ボンは?」
「・・・あいつは・・・。」
言葉を濁す。
「子姫ちゃんに、話してない?」
「話せるか。」
「俺からでいいんなら話せるよ。」
「・・・馬鹿か。」
木下は笑った。
「俺はね。」
俯く。
「お前の味方だからさ。」


その日の帰り道、戦慄。

「子姫・・・?」
「あ。正峰さん。」
振り向いた彼女。
その向こう。
「あ、この方、恭子さんです。銀・・・君の。」
「・・・。き・・」
言葉が、うまく、でない。
「久しぶり。」
にこっと笑った彼女は。
以前に増して、美しく、そして、冷たかった。
子姫は不思議そうな顔をしている。
「正峰さん・・・?」
子姫が近付いてきた。その間にも自分の目があの女お見据えて離さない。
「正・・・」
「子姫。」
「はいっ」
「帰るぞ。」
「え?」
ぐいっと乱暴に手を引っ張った。
そしてそのまま足早に歩き出した。あの女から一秒でも早く離れたかった。
頭がぐるぐるしている。
何故今、あの女が此処にいるのか。
何故、子姫といるのか。
何故、笑うのか。笑えるのか。
汚い。
汚い。
あぁだから『女』なんてものは。
「正峰さんっ!いた・・・」
はっとした。手を強く握りしめていたらしい。手を放す。
赤くあざが残る。手。そこにはなまめかしさなどなく。ただの痛みだけ。
「・・・正峰さん・・?」
少しだけ、怯えているように見えた。
「なんでもない。」
突き放す。
「正峰さん!」
「寄るな!」
叫んでいた。
「!」
「寄るな、汚い。」

落っこちるように。
自分を掴むように。
もがいていた。
もがいて、いた。

汚い。
その言葉が、どれほど傷つけたか、知らない。
あの後、子姫がどういう顔をしていたか、知らない。
子姫がどういう風に自分の前からいなくなったか、知らない。
気がつけば路上に一人だった。
いや、二人だった。

あの女が、笑ってた。



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