知る世界10

「子姫ちゃん!」
横に座った銀を見る。相変わらずぎりぎりの時間にこの授業にやってくる。
「出席確認まだだよ。」
「あ、ほんと?良かった。」
にこっと笑う。そしてこちらをじっと見る。
「・・・・・・・・・。」
「え?」
「・・・え、や!いや!別に!」
慌ててた。
「・・・何?」
「・・・。・・・や。」
そういって彼は自分が巻いていた襟巻を取って私に掛けた。
「・・・え?」
「・・・いいから。貸してあげるから。つけといて。」
「・・・。」
頷いた。
「今日、一緒に帰ろうよ。俺、この授業で終わりなんだ。今日。」
「・・・うん。」
何かを意気込んだ風に言った。

「然さんと・・・付き合い始めた?」
「・・・え?」
「や、なんか。聞いてみただけ。」
「・・・関係は・・・変わらないと思うけど。」
 誓約的なものは交わしていない。
「・・・そっか。」
「正峰君は、『女』が汚いって思ったことある?」
「へ!?」
彼はとても驚いてた。
「え!?そ、どういう意味で?」
「・・・えと。そのままの意味で。」
「・・え。えー?」
考え込んだ。
「ない・・・けど。あ、でも狡賢い時あるよな。「キタネェ!」って思うこと時々ある。」
「・・・へぇ。」
「って、俺の姉ちゃん限定な。」
「・・・お姉さんいるんだ。」
「そ。俺の姉ちゃんは狡賢いぞー。貿易会社の秘書なんだけどさ。」
「すごいね。」
「全然!昔から俺のことこき使いまわすしさ!」
「へぇ・・・。」
「母さんがちゃんと、家に来てからは、ちょっと・・・ましになったけど。」
「・・・・・・・・・・。え?」
銀は笑った。
「母さんずっと内縁の妻でさ。しょっちゅういなかったんだ。家に。もともと忙しい人だったけど。」
「・・・ふーん。」
「でさ、そのストレスっての?そういうの全部俺にあててくるからさ。」
「そうなんだ。」
頷く。
「結構深刻だった。俺、姉ちゃん強い女だと思ってたけど、時々家出することあってさ。今考えたら、弱かったんだなって・・・。」
「・・・うん。」
「なんて。変なの。俺、こんなの話しても仕方ないのにね!」
「・・・ううん。」
「子姫ちゃんは。」
にこっと笑った。
「子姫ちゃんは、ちゃんと幸せになってよね。」
「・・・うん。」
頷いた。だが、幸せが何か、分からなかった。


「子姫」
「あ。」
エレベーターホールで彼に会う。
「早いですね。」
「あぁ。」
無言。
「今朝、何時に出て行った。」
「6時です。」
「そうか。」
「起こした方が良かったですか?」
「いや。」
顔が赤くなる。熱くなる。
ツキアイハジメタノ?
銀の言葉が思い出される。
エレベーターが到着し、乗りこむ。
「なんだそれは。」
「え?」
襟巻を見る。
「あ・・・えと。これ、つけといた方がいいって、正峰君が。」
あ。
どきっとする。彼の眼の奥に不機嫌さが見えた。
慌てて襟巻をとった。
「・・・なるほどな。」
「え?」
「子姫。」
「え?」
襟巻を私の手から取って首に掛けた。
そして首元にキスをした。
「ゎ・・・っ」
びくっとする。くすぐったいやら恥ずかしいやらで。
「ちゃんと鏡で見とけ。」
「え?」

赤いあざ。
これが何を意味するかを、その時初めて知った。

「あの・・・。正峰さん。」
「なんだ。」
台所に立っている。彼の家の。
「こんなに早く帰ってくること・・・あったんですか?」
「いつもはない。今日はたまたまだ。」
「・・そうですか。」
じゃがいもの皮をむく。
「今日、正峰君が女の人は汚いってことに、ちょっとだけ同感してましたよ。」
「・・・またあいつか。」
「あ、えっ?す、すいません。」
「いや。なんて。」
「や、狡賢いとかなんとか。言ってました。お姉さんがって・・・。」
あ、と。思った。そう言えば彼とは親戚だった。
「知ってますか?正峰君のお姉さ・・・」
正峰さんは、外を見ていた。
「・・・正峰・・・さ」
「いや、知らない。」
「・・・そうですか。」
その時の、空気は、どう描き表わせばいいのか分からなかった。
ただ。
怖かった。



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