15,
フェレスは気高い人だった。
誇りに対して潔癖で、自分に対して厳しく、自分の道をずっと見ていた人だった。
微笑んだりしない。安く笑みを見せたりしない。
笑わない理由は分からなかったけど、きっと彼のあの芯が、彼の塔が、彼をそうさせていたんだろう。
彼と一緒にいて、心地よかった。その優しさが、その気高さが、すがすがしかった。
大事な人だった。
量れないほど。

「ここか?」
地上に降りたって呟いた。
辺りを見渡す。
草が茂っている。
空気がひんやりとする。
北の風だ。
「ここであってるのか?」
顔を上げて問う。男は頷いた。
「確かですよ。人に訊きましたので。」
「・・・・・・・・だが、これじゃ・・・。」
歩きだした。
「あっ、何処へ?」
「すぐに戻る。見といてくれ。」
男は止めようとしたが、止まらなかった。
辺りを注意深く見渡す。
空を見上げる。
気持ちいい色の空が見える。
「・・・・。」
「何か御用ですか?」
振り向く。後ろから女の声がしたからだ。
「ここはバルガンだと思ったんだが・・・。」
「あなたのような高貴なお方が何の用ですか。」
「・・・人を探してる。」
「・・・ここはもうバルガンじゃありません。」
「なに?」
顔をしかめる。
「2ヶ月前の伝染病で、殆んどが死にました。国が村閉めを行って、もう殆んどバルガンの武民は残っちゃいません。早くここを去りなさい。」
「・・・・・村閉め・・・・。」
辺りをもう一度見渡す。
そうか、だからこの有様なんだ。
はっきり理解する。
そこには村と呼べるものはなかった。
争った傷跡が見える。
焼き払われた建物がいくつも見える。
この土の黒さは、そのせいだ。
地図から、無理矢理消されたそのせいだ。

「スザンナ。」
赤い髪が揺れた。
北の風で。ゆらりと。
旅を始めた時よりは随分伸びた髪の毛だ。
フェレスの声がした。
だけど振り向けない。口も開けない。
足元に置かれている墓をひたすら見つめていた。
いや、それすら見えてなかったかもしれない。
ふいに彼が私の横に立った。
彼は私の顔をのぞきこんだりはしなかった。
ただ横に立って、白い石の墓を見つめていた。
表情と呼べるものはない。
風の音がするだけで沈黙がずっと続いた。
「薬。」
フェレスがその沈黙を破る。
とても小さな声で。
「・・・間に合わなかった。」
フェレスが私の手を取った。
ぬくい手だ。
彼の手だ。
その手は前より随分大きくなっていたような気がした。
下を向く私の目から垂直に涙が落ちた。
嗚咽が落ちた。
手を握りしめる。
痛いかもしれないくらい、握り締める。
肩が震えた。
左手で頬をぬらす涙を抑えようとする。
フェレスは何も言わないままそこに立って、じっと、ただ私の家族の墓を見つめていた。
大きな風が吹いた。
フェレスは一歩前へと出た。
そして屈みこんで、持っていた白い袋を置いた。
多分、薬が入っていたんだと思う。
そしてくるりと向き直って、やっとこっちを見た。
「スザンナ。」
私の名前を呼ぶ。
「笑って。」
笑って。
「俺はスザンナが泣いてるのを見たくない。」
フェレスの目は不思議だ。
「笑って。いつだって、笑ってて。」
フェレスのお願いはめちゃくちゃだ。我侭だ。
一層涙がこぼれた。
熱い涙だった。
「たとえ悲しいものが襲ってきても、スザンナだけは、いつも笑っててくれ。」
「・・・なにそれ。なんのお願いだよ。」
声がかすれた。
「笑えないのは俺だけで十分だ。笑ってスザンナ。」
涙を一滴落っことしてから、顔をゆっくりと上げてフェレスを見た。
フェレスは相変わらず無表情でこっちを見てる。
不思議な目の色でこっちを見てる。
真剣な目でこっちを見てる。
無理矢理、笑って見せた。
「そう。」
フェレスがもう一度私の手を取る。
そして口元だけうっすらと微笑んだ気がした。
フェレスの事を、心底好きだと思った。

きっとフェレスがいなかったら、ずっと泣いていた。
そう思う。


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