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「スザンナ。」
顔を上げた。
「フェレス。」
微笑んだ。
彼は相変わらず微笑んだりしなかったが。
「どうした。気分でも悪いのか?」
屈みこんでいた私の心配をしてくれる。
「いやっ、なんでもないんだ。ちょっと疲れただけ。」
「・・・?スザンナ?」
手を伸ばす。
この間自分の手を取ったあの手が、今度もまた自分の手をとらまえようと伸びてくる。
だけどそれは寸前で止まる。
思わず身をのけぞったからだ。
「・・・本当に平気なんだな?」
「うん。うんうん。全然っ。大丈夫。」
微笑んでみせた。
だけど、拒否してしまった。
この人を拒否してしまった。
彼はため息を少し混ぜた息を吐きだし、そして背を向けて馬車に向かった。
「スザンナはこの馬に乗って。」
指をさす。
「・・・乗れるよな?」
「あ、え?うん。乗れるよ。馬くらい。」
「それから・・・クシス。」
馬車に向かって、誰かの名前を呼んだ。
扉が開いてそこから優雅な顔の男の子が出てきた。
柔らかい髪がすこしはねている。
だけど表情は微笑を保っている、子どもらしくない少年だと思った。
「弟だ。」
クシスは微笑んだまま頭を少し下げた。
「・・・あ、はじめまして。私はスザンナだ。よろしく。」
手を伸ばそうとする。
だけど、その手を引っ込める。
クシスも手を出しては来なかった。
「兄様、こんな若い護衛を付けるんですか?」
クシスは問う。
「あぁ。」
「護衛として、役に立つんですか?」
むっとする。
「アルブの武民だ。信用はおける。」
「へぇ。武民・・・。」
クシスは目だけは微笑ましたまま、こちらを興味深そうに見た。
「あぁ、だからかな。」
「え?」
「いいや。少しだけ血の匂いがする。」
クシスは微笑んだ。
私は、微笑む事が出来なかった。
「行きましょう。兄様。おくれます。」
「あぁ。」
フェレスはこちらをちらりと見て、それから馬車に乗り込んだ。
「・・・・。血の匂いか。」
呟いた。
あんな小さな綺麗な格好の子どもに、血の匂いが嗅ぎ分けられるはずがないのに。
そこには返す言葉はなかった。
事実自分は血まみれだと思った。

フェレスを待つ3日程の間、2人切った。

それはどちらも、アングランドファウスト家の護衛だという理由だった。
自分は怪我をしなかった。
少し切ったりもしたが、そんなものは大した怪我ではなかった。
だけど、切り裂いた傷口から吹き出た赤い液体が自分に何度かかった。
手も洗ったし、服も洗ったけれど、鼻の奥にまだ残る鉄の香り。
掌がすこし鉄くさいんだ。
だから、フェレスに触れること、とても気が引けた。
自分が汚れてるとかじゃない。
私は武民だ。
戦うことに善悪は基本的に求めない。
剣をふるう。
戦う。
それが生きることだ。
それが本物の武民だ。
野蛮な種族だとしょっちゅう批判を受ける。
魔女にも嫌われてるっていう噂だし。
―――いい。考えるのをやめよう。
そう思って前を向きなおした。
今は剣をふるう仕事についている。
護衛中だ。
神経は常に研ぎ澄まさなければならない。
一度目を閉じた。そして目を開けた。
その時には雑念は消えていた。


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