月が、猫の爪のよう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暗い暗い、部屋の中に、寝台ひとつ。
美木はぼうっと突っ立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・美夜・・・・・・」
呟いてみた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
返事はない。あたり前だ。
ミヨが死んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ボタ・・・・。
性懲りもなく、まだ落ちるか、涙。
「・・・・・・・・・っ」
嗚咽がこぼれた。
我慢なんてもう出来ない。
ミヨはオレの事、強いって言ったけれど。
それってやっぱり買いかぶりだと思う。
だってこんなに震えてる。
殺されそうになっても、睨むことしか出来なかった。
君を守ることも出来なかった。
ミヨはなんて強いんだろう。
怖かったに決まってるのに。
俺は。
君を抱えて走る事も出来ないくらい、小さかった。
そして今、涙さえ抑える事も出来ない。
声さえ漏れていくんだ。
誕生日の贈り物なんていらないから。
だから、どうか、生き返って。


バチ・・・・・
小さな客間で、海座が一人、将棋の駒をうった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
バチ・・・という音が、美木のそろばんに似ている。
そこに戸の開く音がして、高羅が入ってきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・海座。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
応えない。
また1つ、歩を動かす。
「・・・・・・・・・・・・・・正地の奴ら。一通り、拷問にはかけたから・・・・・。」
「・・・・・ああ・・・・・・・・・ご苦労だった。」
高羅の耳にはなれない命乞いの声。
「正地のノコリは、もう、10人足らずだと・・・・・・。」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・・・どうすんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
応えない。
今度は角を動かした。
バチ。
「・・・・・・・・・つぶすか・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
小さくうなずいた。
「・・・あのな、海・・・」
「あおいかぜ。っていったんだ。」
「あ?」
海座が振り向かず、遮るようにいった。
「・・・美夜はな。生まれた場所は、あおいかぜって言ったんだ。」
「・・・・あぁ」
「実際生まれたのは戸籍からいくと、負我なんだが。凛に聞いてみたんだ。あおいかぜってのに、心当たりないか。」
「・・・・あぁ」
高羅は海座の後ろに座りこんだ。
「・・・そしたら、倭名国の西の海の町にな。青風って言う町があんだってよ」
「・・・・・・・・・!ってこった・・・」
「おそらくその町は父の故郷だったんだろ。あの子の名前は、高島 美夜。母は正地の民。だから半分、倭名国の人間だったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
握り締める。歩兵の駒。
「関係ねぇよな」
「・・・・・・・・・・・・」
「関係ねぇじゃねぇか・・・!!正地と真文のいさかいに!倭名国の民は!」
「・・・・」
「なんでだ!なんで正地の残党の頭なんかになった!!!??どうやって海からここに来て!なんで正地に行ったんだ!」
叫んだ。
「・・・・・・・そうしてなかったら・・・、あの子にも、美木にも、別の道があったんだろうか・・・・・・・」
こぶしを頭に当てた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんねぇ・・・」
高羅がうなだれた。
「けどな海座。道は引き返せねぇんだ。」
「・・・・・・」
「・・気休めはいわねぇよ。だけど、おめぇにも美木にも、これからも続く道があることは忘れんな・・・」
海座は、また将棋をバチッと言わす。
「・・・・・友達だったんだ。」
高羅は海座が放った小さい言葉に、目を丸くした。
「・・・だけどあいつら・・・ッ・・・友達だったんだよ!!!!」
握り締める。
香車。
失っていいものじゃなかった。
大切な物だったはずだ。
俺が知らない友達って奴を、美木はちゃんと見つける事が出来たのに。
失っていいわけなかったのに。
「・・・・・・・・・・・。」
高羅は黙ってた。
海座は歯を食いしばって、握り締める香車の角っこの痛みを覚えてた。
「・・・・・・・そういやお前。昔っから将棋だけはものすごく強かったよな。」
何を言い出すのかと思った。
海座は手を緩めた。
「・・・・・・。馬も武術も俺には敵わなかったが、将棋だけは俺に負けたことなかったろ。」
「・・・それがなんだよ・・・・」
ドカ。
っと高羅が海座の前に座った。
「指そうか。久しぶりによ。」
にっと笑った。
その高羅の顔に確かに流れる悲しそうな面影を見逃したふりしながら、海座は握る香車をぽとっと落っことした。

バチッ・・・・


――――だって友達だもん。
はっとした。
聞こえてもいない声が聞こえた気がした。
もう何時間も立っていたのだろうか。
美木は、がくがくする脚を見た。
その目の前に、もう動かない彼女が眠る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
涙はいくら美木の意識がぶっ飛んでいても、つつっと流れ続けた。
「美木?」
後ろから聞きなれない声がした。
美木は振り返る力もなく、涙を拭った。
「誰・・・・」
振り向かずに言った。
コツコツ・・と足音が近づいてきた。
美木はうつむいて、止まらない涙を垂直に落とした。
「・・・・私だ。」
目の前にたったのは、王だった。
美木はその服のすそを見てばっと顔を上げた。
「ぶ・・・!文・・」
涙が散った。
そこに浮かんだ文王の優しい顔。
「・・・な・・・!こんなとこまで!どうしたんですか・・・!?」
美木は涙をぬぐい続けながら尋ねた。
文王はゴソゴソ何かを取り出しながら優しくいう。
「・・・彼女が、亡くなったときいてね・・・」
ゆっくりとミヨのほうを見て、それから手に取った白い布を美木に差し出した。
美木はそれを受け取らなかった。
随分手が重くて、受け取れなかった。
「・・・・・・一人で出歩かれるのは・・・危ないんじゃないですか・・・」
「ん?あぁ。大丈夫だ。ちゃんと人をつけてるよ。」
そう言いながら、美木の顔を伝う涙を、文王は優しく拭った。
顔が冷たい。
一体いつからこうやって立っていたんだろう。
文王は思った。
「・・・・・・・・・・・・」
美木は黙ってその手を払うこともせず、やっぱり止まらない涙を感じながら突っ立っていた。
「ねぇ、美木。」
美木はうつむきかけた顔を上げた。
文王の温かい手がすっと顔を離れる。
「美木は早く大人になりたいか?」
美木は少し胸をつかれた気がした。
だって、ずっと考えていた。
その言葉。
「どうだ?」
微笑んでやさしく尋ねる。
美木は、その笑顔につられるようにゆっくりとうなずいた。
いつもだったら、絶対そんなこと言わない。
「・・・・そうか・・・。」
王が美木の肩に手をおく。
「でもな美木。」
「・・・・?」
「大人になるって言う意味は、自分にしかわからない。」
美木は文王を見上げた。
言ってる意味がわからずに。
「強くなることだけが、大人になるって意味じゃないし。ずるくなることだけがそうだって言いきれない。」
「・・・・・・」
ふっと文王が笑った。
その笑顔に美木は泣きそうになった。
「・・・慰めに・・・きたんですか?」
「・・・・・」
「・・・俺のこと、可哀想で・・・慰めにきたんですか」
子供だから、慰めに来たんですか。
「・・・・・・・、違うよ。」
美木は顔を一瞬上げた。
「・・・・!」
あまりにもはっきりと思っていた言葉と違う言葉が耳に届いたから。
「・・・彼女は、ただの迷子で、正地の人間だったとは言え、客としてこの城に向かえた大切な客人だ。」
「・・・・・・・・」
「その客人が亡くなったんだ・・・・。私は彼女を送る義務がある。義務の前に、そうしたい気持ちがある。」
文王の優しい声が部屋に響く。
「それに・・・、慰めに来たとして、此処にいるのが美木じゃなくても、わた・・・。僕は、此処に来たよ。」
美木の目から、また涙が転げ落ちていった。
握り締める。
小さなこぶし。
目から止まらない、止まらない涙。
つぶれるほど、目を硬くつむった。
だって、俺。
弱いんだ。
こんなに、弱いんだ。
ぶるぶるふるえる肩は止める事は出来ない。
嗚咽だってもう今にもこぼれそうなんだ。
生き返って、なんて莫迦なこと願ってるんだ。
「慰めるのは、子供だからじゃない。」
「・・・・」
文王が深く優しく言った。
「だって、本当に強い人なんていないから。」
美木は涙が止まったのを感じた。
「大切な人を亡くすのは、やっぱり。一番辛いから。」
美木はしっかりと文王の目を見た。
優しい色の中に、はっきりと浮かぶ、哀色。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「此処に立つのが軍師でも、総隊長殿でも。麗春さんでも。」
麗春はその部屋の外の廊下で、肩を上げて反応した。
自分の名前が出てくるとは思わず、驚いた。
「僕は、・・・・・此処に来たよ。」
美木はその目に、今度は引き込まれるように、涙を流した。
文王はその肩に手を置き、優しく二回たたいた。
「・・・・・・・・・・・・っ・・ぅ」
ついに美木から嗚咽がこぼれた。
我慢なんてもう、無理だった。
「よく泣くんだよ美木。」
肩が震えた。
「泣けることって。本当は強いんだ。」

ああ。月は、もうすぐなくなっていく。



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