失ってもなお、残るよ。傷は。

「高羅」
麗春が声をかけた。
高羅は、井戸の近くで座りこんでいた。
上半身の着物を脱ぎ捨てて、このくそ寒い中、座りこんでいた。
「・・・・・」
高羅は黙って麗春を見上げた。
「・・・・・・寒くないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」
嘘にしか聞こえない。
麗春はこのくそ寒い空気が大ッ嫌いだった。
眉をひそめて、高羅の側に座った。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
沈黙。
「・・・・・・・・・・」
麗春が手の中の物を握り締めた。
「・・・血・・・くさい」
「・・・あぁ」
血の匂いで頭が死にそうだった。
一番知ってる匂いで、一番嫌いな匂い。
「・・・正地ね・・・」
「・・・・・・・」
一気にさっき殺した男たちのことが思い浮かんだ。
麗春の声が軽く耳に響く。
「残党のほとんどだったらしいわよ、あいつら。」
「・・・・・・・・」
「今までの兵の働き分の手柄、全部取ってんじゃないわよ。」
「・・・・・・・・」
麗春は息が白いのを眺めながら、下をむく。
高羅も、下をむいて、動かなかった。
「・・・これ」
麗春が地面を見たまま手を差し出した。
高羅がゆっくりと顔を上げてその手を見た。
「・・・なんだよ」
「取って」
「・・・」
不思議そうな顔をして高羅は麗春の手の中の物を取った。
そして手を開いた。
自分の手の中にあるのは、琴の糸と爪。
「・・・・・・・・・・・なんだ。これ」
「由姫様の。」
高羅が大きく身体を起こした。
「え・・・・・?」
「由姫様の、遺物よ」
麗春が少し遠くの地面を見ながら言った。
「どっ・・・!どこで・・・!」
「由姫様の女官の遺物の中から。」
「・・・・・・っ!」
高羅は目を覚ましたような顔をした。
「・・・・・・」
麗春は黙って自分の息を見た。
「・・・・・・」
高羅はまた下をむく。その手を握り締めながら。
「・・・・痛い・・・?」
麗春。
「・・・あぁ・・・・・・」
「・・・・・・・・・どこが?」
「・・・・・・・・・・・あちこちいてぇよ」
「傷じゃなくて。」
麗春の声。落ち着いたような。
高羅の声。落ち込んだような。
「・・・・・・・・・・・」
高羅は少し考えていた。
あの日言った。痛い。と言う言葉が頭を回った。
「・・・・・・・いてぇ」
「・・・・・」
「殺すのって・・・・いてぇよ・・・」
高羅が握り締めた手を、額に押し当てた。
彼の腕が震えるのは、寒さからなのかどうなのかわからない。
「・・・・・・・・」
麗春は黙った。
「・・・・・っ」
高羅が悔しそうな顔をした。
「・・・・後悔があるの?」
麗春が鋭く、でも、穏やかに言った。
高羅は、目を開く。
そして、考える。
「・・・・・・」
ある。のかもしれない。
いつもとは違う。
憎しみを噛み締めながら、殺すことに、何か違う物を感じた。
「・・・憎しみとか」
「・・・!」
「自分の感情を織り交ぜて闘うのって、すごく。辛いわ」
麗春がそんなことを言いだすので、高羅は心を見透かされた気がした。
麗春の言い方は、すごくすごく深かった。
麗春は、弟を思い浮かべながら言ったわけだけれど。
「・・・・なんでかわからない。そんなの考えてもしょうがないし。・・・でも、血を被ることが、痛いのよ。」
麗春が目を閉じた。
脚を引き寄せた。
「手が、痛い。」
ああ。痛い。
「肩も、痛い。」
痛いな。
「それから。」
麗春が目を開けた。
「身が裂かれるって、言葉がそのまま、当てはまるくらい、全部が痛む。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
痛い。
痛い。
討つたびに。
自分の身は、どんどん壊れていった気がした。
壊されてるのは相手のはずなのに。
切り裂けば切り裂くほど、自分の身が裂けていく気がした。
高羅は掌の糸と爪を見た。
「護るために闘うことは、意味があること。」
高羅は麗春を見た。
「誰かを奪ってしまっても、手段を、選べなくても、後悔は、しない。」
あの日高羅が麗春に言ったことだ。
「・・・・・・・・・・・れ・・・」
「あんたに後悔はないでしょう。」
振り向き、高羅を見た。
「・・・麗・・」
「あんたは、部下を護ったわ。」
闘わせずにすんだ。
全面戦争になれば、必ず、死者は出るんだから。
「それから、民を護った。」
あの男達を生かせば、おそらくいくつかの町や村が奪われた。
「・・・・それから、私たちを、護ったわ。」
麗春が芯のある声で言った。
高羅は掌を握った。
「座りこんでんじゃないわよ。」
「・・・・・・・麗春」
「此処は、あんたの、本当の居場所じゃない。」
「・・・」
「まだ、行く場所が。あんたにはあるじゃない。」
麗春は笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ボタ。
糸に落ちて降りかかった。涙。
ボタタ・・・
大粒の、涙。
「・・・・・・・・・」
麗春は見つめ続けたけれど、高羅は目を固くつむって、掌をつぶしたこぶしを額に押し当てていた。
「・・・・・・・は」
麗春がまた息を吐き、息を見る。
そしてそのまま黙って高羅の肩が震えるのを見て見ぬふりをした。
高羅の気持ちが落ち着くまで。
寒い空の下で、横に座っていた。
あの日言えなかったありがとうを、込めて。

―――ありがと



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