高羅は、優しい、男だった。
妻もまた、優しい女だった。
今日が、彼女の、誕生日。
30年も昔のこの日、彼女が息をした。


―――――――彼女とであったのは、もうずっと前。

風を切り殺しながら、槍を振り回す。
ブンブン振り回す。
重石をつけた、太い槍。
高羅がまだ。兵に入った頃だった。
「ふっ・・・・!」
汗をだらだら流しながら、高羅が槍を振り回す。
顔や腕は生傷だらけ。
12歳の高羅。
真文国では12歳で兵に加わることができた。
高羅もまた、一族が代々王直属の将軍だったので、12であたりまえに兵に入った。
ブンッ
高羅はものすごい勢いで鍛錬を重ねた。
この頃まだ真文国は小国で、小さな諍いがあったものの、そこまで大きな戦に巻き込まれるようなこともなかったが、それでも高羅は真面目だった。
父との手合わせでは、常に打たれた。
槍を満足に、まだまだ振り回せなかった。
だからこそ、自分を苛め抜き、鍛えつづけていた。
ミンミンゼミが、鳴きじゃくる、城の中。
「は―・・・・・・。」
手を止めた。
汗が額から流れ、傷に染みる。
高羅は日陰に脚を運び、座りこんだ。
「・・・・ん?」
そこに聞こえてきたのは、琴の音だった。
高羅はしばらくその音色を聞いていた。
・・・時々音を外す。結構、外してる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
あ、止まった。
また同じ所を弾いてる。
「・・・・・・誰だ?」
高羅が立ち上がった。
明らかに女官ではないし、でも、ここまで下手な人も珍しい。
というか、いなかったような。
「・・・・・・・ここか・・・・?」
高羅がその音を追うように歩く。
そして1つの曲がり角に指しかかったところで脚を止めた。
ビン・・・!
また音を外した。
「・・・・あ・・・。」
高羅が声をこぼす。
その声に、琴の弾き手がばっと顔を上げた。
琴の音が止まる。
「・・・!!」
驚いたような、照れたような。
彼女は慌てていた。
「あ、いや、あの、・・・っ失礼!」
高羅がどもりながら謝った。
彼女は慌てて琴を隠すように手で触れる。
「俺・・!いや私は、怪しい者ではございません!あの・・・!兵総隊長日向の第一子・・!高羅と申します!!」
高羅がびしっと背をのばした。
彼女が美しく、立派な身なりをしていたので、どこかの官職の子だと思ったから。
彼女は、その細い手を口元に持っていき、照れながら言った。
「わ・・・っ私は文官李氏の娘・・・っ由姫っと・・・もうします!あ!あの・・・!ごめんなさい!私・・・!」
顔を下げていく。
文官の李氏といったら中の上の位の男だった。
「こんな下手くそな琴・・・!聴かれてると思わなくて・・・っ」
「あ・・!いや!そんな!」
高羅がブンブン手を振る。槍がブンブン音を鳴らす。
「あ!失礼・・!」
槍をすぐ後ろに隠した。
「・・・・あの、兵職・・・なんですか・・・・?」
由姫が少し怖がったように言った。
「あ、あぁ。俺は第6部隊に所属しています・・・!っていっても・・わかんないですよね・・・!」
高羅が笑顔で頭をかきながら言った。
その顔がとても少年らしく、優しかったので、由姫は、少し安心した。
「あ、どうぞ、こちらにお座りくださいな。」
由姫が自分の座っている石段に手をむけた。
そして琴を少しずつかたして言った。
「そ・・っそんな、失礼な!」
高羅がブンブン両手を振った。
「あら、おきに召しませんか?」
由姫が琴を触りながら言った。笑顔で。
「・・・そんな、ことはありませんが」
「でしたらどうぞっ。そんな日の照るところではお暑いでしょう?」
「あ・・・は、はい」
そして高羅が黙って由姫の隣に座った。
なんでか、距離をとって座った。
ミンミンゼミがうるさい。
「お年はおいくつなんですか?」
由姫が尋ねる。
「12です。」
高羅が照れて応える。
「あっ!じゃあ私の1つ上なんですねっ私11なんです」
笑う。
高羅もつられて笑う。
「もう琴の練習をしてるんですか?」
官職の子はだいたい皇女や、女の官につかえる女官や、宮廷音楽家や舞者になった。
その稽古も、だいたい12から始められた。
「はい琴の音が好きなので・・・。って・・・・敬語、やめてもらえますか?・・・年上のかたなのに・・なんか・・・」
由姫が戸惑ったように笑いながら言う。
「え!しかし!文官の娘とあれば・・!」
「そんな。総隊長といえば武官の第一人者ではないですか・・・!」
「・・・・・・・・・は・・・はぁ」
高羅が力ない返事を返すと、ふふっと由姫は笑った。
そしていくつか歌を教えてもらい、20分もしたときに訓練が再開されたので別れた。

彼女は。このときだけの存在だった。
そうしてしばらく、会うことは、なかった。
だけど、二人は。こうして出会った。


「軍師っ」
「あぁ?」
ギバが海座を呼んだ。
海座が軍備品の調べを高羅のかわりにしていた時だった。
「なんだ?動きあったか?」
「いえ!ご報告を。」
ギバが膝をついた。
「実は正地の残党の姿がここ何日かまったく見られなくなったんです」
「・・・・・まったく?」
「はい」
海座がしわを寄せる。
「正地の印を捨てただけかもしれません。今14名が調べております。」
「・・・・・わかった・・・」
「それから、元・城下、ですけれど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「今は・・・廃墟・・・なんですよね・・・?」
ギバが訊きづらそうに言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
想う。
「・・・・・・・・・・・ああ。」
「・・・わかりました・・・。また、おいおいご報告をします。」
「おぉ。わりぃな。・・・ご苦労」
そして海座の元を去った。
海座は一人たちつくす。

――城下・・・


その次にあったのは、17のときだった。

17になると、第3旗将軍補佐にまでなっていた。
高羅の腕は磨かれるばかりで、身長もものすごく長けていった。
群を抜く、豪傑。
早く父に追いつきたい、早く自分を高めたい。
その気持ちが彼を後押しにしていた。
ビュオン・・・!!
槍の重石も7つになった。
それをブンブン振り回し、また、土に指し、弧を描くように槍を中心として回転する。
汗が散る。
風が切られ続ける。
「は―――――・・・」
一人、個人訓練をする彼が、人息をつき、木陰に座りこんだ。
そして城の窓から聞こえる、もう2歳になる海座の泣き声をききながら、小さく微笑んだ。
汗をぬぐう。
「あの、もし」
小さく綺麗な声が右手から聞こえて、高羅は水をがぶがぶの見ながら、横を見た。
そこにいたのは、綺麗な女性だった。
「・・・・・・・・・・なんでしょうか?」
高羅が少し緊張して言った。
女なんか、ほとんど会わないから。
すると彼女は小さく笑った。
「高羅さんですよね?」
彼女のながい髪が小さく揺れる。
「あ・・・あぁ」
「ふふっ・・・忘れたんですか?私、由姫です、あの5年前にお会いしたことがあるんですけど・・・っ」
由姫だった。高羅は少し考えた。
「・・・あ!あぁ!あの時の!李氏殿の!」
「はいっ。思い出されましたか?」
由姫だった。
由姫は、本当に目を見張るほど変わっていた。
5年前のあの日には、気品を持った、かわいらしい少女だった。
しかし、この日であった彼女は、美しく、優しい目をした、優美ささえ感じさせる女性だった。
5年って女にとってすごいものだ。
「あ〜・・・。お久しぶりです・・」
すると由姫はまた笑った。
「お約束もお忘れですか?ほら、敬語を・・・」
「・・・・・あっ!す・・っ・・・いや・・わりぃ・・・!」
高羅が頭をかいた。
すると彼女はやっぱりふわりと笑った。
「今日も訓練ですか?」
由姫が高羅の前にちょこんと座る。
「いや・・・今日は、昼から将軍の軍議がある・・・今は自主訓練だ」
「・・・真面目、ですね・・。そういえば将軍補佐になられたとか・・」
「あ!知ってんだなっ。そうなんだっ!俺今補佐なんだ!」
高羅が笑った。
いつもの、あの笑顔。
「いつかな!父のように軍総隊長になってこの国のために戦うんだ!そのためにやっと一歩・・・・・って・・・・・わりぃ・・・」
熱くなって、ちょっと反省した。高羅が下をむいた。
「いいえっ・・・。立派な、目標ですね・・・。」
由姫が笑う。ふわりと。
高羅は少し嬉しくて、思いっきり笑って見せた。
「そういうおめぇは、ここでなにしてんだ?琴か?」
「いいえっ。私は庭の花を少し取りに行くところだったんです。」
仕事中か。
「そうなんか・・・。手伝おうか?」
高羅が無邪気に言った。
「えっ・・・でも軍議が・・・」
「心配すんなよ。そりゃあと小一時間後だ。よし、行くかっ」
高羅が立ち上がる。
由姫はとまどったが、少し微笑んで、歩き出した。
その日は、いっそう、庭が美しかった。
もう初夏だ。赤や黄の花々が色を取る。
風が涼しく葉をなでる。
「これで・・・よし・・・」
由姫が両手に花を抱えるようにして持った。
随分たくさん摘んでしまった。というか、高羅が。
「ありがとうございました。」
振り向いて、傾くように礼をした。
高羅はただいいや、と答え、笑って風に吹かれていた。
風がいくつかの花をさらった。

その日から、二人はすこしずつ会うようになった、気がする。
変わったよな。
俺たちは。



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