なんだっつーの!?
 ああ、分かってますよ。分かってますって!
 あの人と私は、まったく、まったくもって住む世界の違う人間ですから!?
 価値観が違って当然ですから!?
 まったくもって理解できない!

 ブレトンが困った顔で笑った。
「怒ってますねぇー・・・。」
「怒ってるわよ!」

 めちゃんこ、どたまきた!

 ***

 それは日曜日のこと。楽しみにしていた『メアリーと町へ繰り出す日』だった。
「じゃ、行ってきます。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
 出かける前に書斎によると、子爵は本からこちらに目を向けて、うっすらと微笑み見送ってくれた。
 メアリーは他に用事があるからといって、すでに朝早く出てしまったので、町で待ち合わせをしている。
 そろそろ約束の時間なので、急いでいかないといけない。
「あ、ラピス。出かけるの?」
 書斎を出たところでブレトンと鉢合わせた。
「あ、うん!ちょっと町まで!」
「そっか、馬車は?」
「い!いらないわよ!自分で行ける!」
 はは、とブレトンは笑い、軽く手を振って子爵の部屋に入っていった。
 私はうきうきした気分で城を出て、町へ続く坂道を駆けた。
 今日はお金も少しはあるし、買い物でもして日ごろのストレスをぶっとばしてしまおう。
「たっのしみぃ!」
 私はこの日、相当浮かれていた。

 ***

「・・・でかけるんですね。ラピス。」
 部屋に入ったブレトンが言う。
「ああ。」
「それで?何か御用ですか?」
「こんな手紙が来た。」
「手紙?」
 子爵から手渡される。
「・・・ああ、婆ちゃんから。なんで子爵に?」
「ちょっと不穏な動きがあるらしい。」
「不穏な動き?」
 ブレトンは首をかしげた。
「そう。魔女たちの間で。」
「それはそれは・・・。」
「近々、訪ねるつもりだ。」
「それは、婆ちゃんも喜ぶと思いますよ。」
 子爵は少し微笑んで、頷いた。ブレトンも嬉しそうだったからだ。
「・・・それはそうと。ブレトン。」
「はい。」
「いつのまに、ラピスはお前に対して敬語をやめたんだ。」
「へ?ああ、この間、アーノルド候が来たときからですよ。私のこと貴族だと思ってたんでしたって。笑えますよね。」
「・・・随分親密になったものだな。」
「なんすか。嫉妬っすか。」
「うるさい。」
 おお、怖い。
「用事はそれだけですか?私は私の仕事をしたいんですけど。」
「もうひとつある。」
「はい?」
「ラピスについて行け。」
「・・・・・・。」
「・・・なんだ、その顔は。」
「いいえいいいえ。」
 ブレトンはめっそうもない、と首を振り、部屋を出た。

「野暮だなもう。」
 ため息。
「これでこの愛が伝わってないんだから、泣ける。」

 ***

「メアリー!」
「あっラピス!」
 町に着くと彼女はすでに待っていた。姿を見つけて駆け寄る。
「ごめん、遅れたかな?」
「ううん。私が早く来たの。ね、どこ行く?」
「えっと、私買い物したいな。久しぶりに服とか。」
「いいわよ。じゃあ、あっちね。」
 彼女は土地勘があるらしく、案内してくれた。
「うわ~!こういうショッピングみたいなのってすっごく久しぶり!!!感動する!」
「なぁに?それ。いつもは子爵に買ってもらってるから?」
「違う!断固!」
 キッパリ。
「私借金まみれだったから・・・(今もだけど)、服とか、・・・自由に買えなかったのよね。」
 ああ、哀れな日々!最近やっと少々お金に余裕が出てきたからできる贅沢だ。
「へえー?何それ、どうして?」
「親の借金でさ・・・。あ!思い出した!手紙って、出せる?」
 都への手紙を、きちんとしたためてきた。
「ああ、それならこっちよ。」
 メアリーはまずは郵便局に案内してくれた。
「ご両親への手紙?」
「うん、まぁなんていうか・・・。色々。借金のせいで今は親の行方が分からなくなってて、届くかわからないんだけど。」
「そうなんだ・・・。それで、ヴァーテンホール家には出稼ぎかなんかで?」
 いや、騙されて。
「んーそんなとこ。良いお金出るからさ。他より。」
「それは言えてる。」
 ふふっとメアリーは笑った。
「メアリーは?なんで?」
「え?」
「子爵の城で働いてるのは。」
「ああ、昔住んでた村でね。魔女のおばあちゃんにすごく親切にしてもらってて。」
「へぇー!魔女っているんだやっぱ!」
「な、何をいまさら・・・・。」
 いや、その存在知ったの、ごく最近なので・・・。
「その人がね、子爵のこと、それはそれは褒めるのよ。」
「へぇ。」
「だから、どこかに奉公に出るなら此処かな?って。」
「・・・そうなんだぁ。」
「うん。初めはやっぱ怖かったよ。でも、やっぱり此処でよかったな。」
 メアリーの言葉に嘘はないように感じた。本当に満足しているんだと思う。
「そっか。親は?」
「親は、昔流行った伝染病で二人とも死んじゃった・・・。」
「えっ!あ・・・、ごめん!」
 下手なことを聞いてしまった、と後悔した。
「ううん。いいの。弟がいてね、二人で暮らしてたんだけど、その時助けてくれたのが魔女のおばあちゃんだったの。」
「そうなんだぁ。」
 なんだか、隣にいるメアリーがすごくしっかりした娘に見えてきた。
「あ、ほら、此処よ。」
「わ!可愛い!」
 服が売られている店や屋台が並ぶ通りについた。
「いこっ!選んであげる!」
「いいわよー!自分で選べるから!」
2人は楽しそうに店の中へ入っていった。

 ***

「・・・うーん。すっごくいきいきしてるなぁ。」
 ブレトンが陰からその様子を見て、一言。
「全然心配するようなことはないじゃないか・・・。」
 一体何が不安なんだ、あの子爵は。と首をかしげた。
「ん。」
 しばらくすると2人がバールに入っていったのを見て、ブレトンは見つからないように後を追った。
「ワインふたつ。」
「私白。」
「私も!」
 二人は席に着くなりワインを注文した。
「昼間っからお酒かよ・・・。」
 19歳の若者のはずなのに、彼女たちがいっぱしのオヤジに見えた。実際、周りの客はオヤジばっかりだし。
「ラピス。私こんなところ来るの初めてかも、この時間に。」
 メアリーが言った。
 そう、それが正常だ。
「え?そう?私よく来るよ。仕事の情報とかが集まるから。」
「へー・・・。」
 メアリーはラピスのたくましさに感心するとともに呆れていた。
 そう言えばラピスと初めて会ったのもバールだったなぁと、ブレトンは回想した。
「ねーちゃん!昼から飲むたぁ、のんべぇだな?!さては。」
 さっそくからまれてるじゃないか。とブレトンはハラハラした。
「まぁね。何よ。飲み比べでもしたいの?」
「いいねぇ!強気な娘!」
「言っときますけど、私負けなしだから!今まで!」
「おお!?期待できるなこりゃ!」
 ラピス達を中心に場がすごく盛り上がってきた。
「ラ、ラピス!?」
「大丈夫だって。」
 相手は大柄の男だっていうのに、どっからくる?その自信。
 ブレトンは止めに行くか一瞬躊躇した。
「で、何賭ける?」
 賭け?!
 ブレトンはなんとか止めに入ろうとする自分を諌めた。これは尾行。ばれたらプロ失格だ。
「よし、ここの飲み代!」
「乗った!」
 乗るな!とブレトンは心で叫んだ。
「ラピス~・・・!」
 不安そうな声を出すメアリーをほっぽって、その賭けはスタートした。
「スタート!」
 それはもう、すごい勢いだった。
 そして、勝った。

 ラピスが。

 ***

「の・・・飲み過ぎよ!平気―?」
「うーん。うん。うん。」
 ああ、飲みすぎた。ダメそうだ。
「ちょっと休ませて・・・。」
 飲み勝負なんてちょっと久しぶりだったから、手を抜くことを忘れて、圧勝してしまった。
「いいわよ。ほら、あそこに座りましょう。」
 メアリーが優しく支えてくれて、広場のベンチへ誘導してくれる。
「ごめんね、メアリー。」
「いいのよ。なんか、面白かったもの。」
 メアリーは、あははと笑った。
「良かった。」
 私もつられて笑った。

「大丈夫?」

 すると突然知らない声が上から降ってきた。
「・・・え?」
 顔を上げると、そこには青年が立っていた。
「さっきの飲み勝負の子だろ?平気?」
「あ・・・。ええ。まぁ。」
 背が高くて、綺麗な萌木色の服を着た青年だった。
「ラピス、私お水貰ってくるわ。ねぇあなた、この子あそこまで運んでくれない?」
「うん。お安いご用。」
「ええ?!歩けるよ大丈夫・・・!」
 うわ!
 っと思った瞬間に、体が浮いていて、青年がにっこり笑って見下ろしていた。
 彼はあまりに軽々と、私を、いわゆる“お姫様抱っこ”したのだ。
「こういう時はお互いさま。」
 うわ、すっごい好青年だ、この人。
「・・・はい。」
 私はしぶしぶ頷いて身をゆだねた。
 近くのベンチまで運ばれると、私は膝を借りる形でベンチに横たわらされた。
「君、どこの子?」
「え・・・、っと。」
 どう言ったものか。
「家まで送って行こうか。」
「えっ!?そこまでは!大丈夫です!メアリーがいるし!基本的にお酒強いから!少し休めばすぐ治るし!」
「・・・そう?」
 頷く。
「・・・ねえ。もしよかったら、また会わない?」
「えっ?」
 唐突に言われた。
「これも何かの縁だし。なんだか君、すっごく面白かったから。また会いたいな。」
「・・・はぁ。」
 これは、ナンパと言うやつだろうか。
「も!もちろん・・・!君がよければだけど。」
 彼は私の心を読んでか顔を赤らめて慌てたようだった。
「・・・名前も知らないのに?」
「わ!ごめん、俺はダイド。」
「・・・私ラピス。」
「良い名前だね。よろしく。」
「よろしく。」
 彼がっこり笑ったので、私はなんだかほっとした。
 軽い男なわけじゃなさそうだし、なんとなく良い友達になれそうだ、と思った。
「ラピス!」
 そこに水を持ったメアリーが帰ってきた。
「あ、友達が来たみたいだから、俺は行くよ。」
「あ、うん。」
 私は体を起こして、彼の膝から頭を離した。
「俺、よくあのバールの近くにいるから、もし通ったら声掛けて。」
「うん。分かった。」
「じゃ。」
 そういうと彼は手を振って駆けていった。
 メアリーとすれ違った時も、さわやかに手を振り去っていった。
「今の人、すっごい好青年だったね!」
 メアリーも私と同じ印象を彼にもったらしい。
「うん。」
 メアリーからコップを受け取り、水を飲んで息をつく。
「ありがとう。メアリー。」
「もう平気なの?」
「うん。大丈夫。帰ろ。」
 メアリーは頷いた。
 帰り道は、近くを通った荷車に、少しだけ乗せてもらった。

 ***

「ただ今戻りました~。」
 帰るなり、酔いも冷めかけの状態で子爵の部屋をたずねた。
「お帰り、町はどうだった?」
「楽しかったです。服も買えたし。手紙も出せたし。」
「手紙?」
「あ、両親に。届くか分からないけど。」
 へらへら笑っていると、子爵は私につられたように微笑んだ。
「へぇ。他には?何かあった?」
「お酒で勝負しました。」
「お酒!?」
 子爵は思ったより驚いた。
 何よ、飲むわよお酒くらい。
「勝ちましたよ。」
「強いのか?」
「強いです。」
「それは今度私とも飲んでほしいものだ。」
「強いんですか?」
「そこそこだ。」
 うわ、つよそ。
 ちょっと勝負したくないなぁ、と思った。
「あ、ねぇ子爵。今度の日曜、また町に降りてもいいですか?」
「?かまわないが。またメアリーと出かけるのか?」
「いえ、友人ができたんです。町ももっと歩いてみたいし。」
「友人?」
「お酒に酔っちゃった時介抱してくれた子で。また会おうって約束したんで。」
「・・・へぇ。」
 ん?
「と、とにかく。ちょっと疲れたんで、一休みしてきます。」
 なんか、一瞬。変な感じがしたぞ?
「じゃ、失礼します。」
 こういうときは、とにかく逃げるが勝ちだ。
「ああ。」
 私はそそくさと逃げるように部屋を後にした。

 ***

 そしてまた、日曜日が来る。

 町へ出かけることが、楽しみ過ぎて、この一週間、妙に仕事が進んだ。
 待ち望んだ日曜日が早く来たのはこのせいだろう。
「ラピスー、今日も出かけるの?」
 今日はメアリーは仕事らしく、城に残っていた。
「うん。お土産、何がいい?」
「よし、ブラオス通りのお菓子で。」
「任せて!いってきます!」
 そうしてまたしても浮かれた気分で私は町へと下ったのである。

 言っていた通り、彼はあのバールの近くにある小さな喫茶店にいて、本を読んでいた。
「ダイドっ。」
「あっ・・・!ラピス!」
 私が彼の名を呼び近づくと、彼は立ち上がった。
「本当に来てくれたんだ。あれから来ないから、こりゃ振られたかなって。」
「あはは、普段は仕事で。此処には日曜くらいしか来れないから。」
「そうなんだ、なんの仕事?」
 彼は流れるように椅子をひき、隣に座らせてくれた。
「えー・・・っと。本を直したり、片づけたりする仕事。」
 間違いではない。
「本屋?」
「とはちょっと違うかなぁ・・・。」
 本は売ってないしね。
「そうなんだ。いいな、本に囲まれて仕事するなんて。」
「!本が好きなの?」
「好きだよ。」
 彼はすごく爽やかに笑った。
「今読んでるのは何?」
「これは、『舞女』。」
「ああ、クリスティーナね。」
「そう。」
「私も読んだわ。面白かった。」
「最後は言わないでね。」
「言わないわよ。」
 私はふふっと笑い、店員さんを呼んで紅茶を一杯注文した。
「ダイドはいつもここで何してるの?」
「ん?俺は仕事が夜からだから、此処で暇つぶし。」
「へえ、何の仕事?」
「バーテンダー。」
「・・・意外。」
「あはは、よくいわれる。」
 彼は笑いながら、紅茶を飲んだ。
「お酒より紅茶の方が似合ってるわよ。あなたには。」
「そうかもね。」
「・・・お酒好きなの?」
「うん。好き。というか、人と話すのが好きかな。」
「そうなんだ。」
 それは、なんだかとても納得のできる理由だった。

 それから夕方まで主に本についてお喋りをして、私はお菓子を買い、城に帰った。

 城に帰ると子爵とすれ違った。彼は重そうな本をいくつも抱えていた。
「どうだった?今日は。」
 すれ違いざまに子爵が尋ねてきた。
「楽しかったですよ。気の合う友人ができたんで。」
「へぇ。」
「この前、アーノルド候に・・・――」
 う、思い出したくないことを自分で言ってしまった。
「――お、すすめした本。彼も読んでて、意気投合しちゃいました。」
「・・・ふーん。」
「子爵も読みますか?次町に行ったときに買ってきますよ?」
「ああ。読もうかな。」
 そう言った子爵の顔が、なんだか俯きがちで気になった。
「・・・子爵?」
「ん?」
「なんか、無理して、読むって言わせちゃいました?」
 子爵は不思議そうな顔をした。
「何故だ?」
「いやなんか、渋そうな顔してたから・・・。」
「・・・いいや。」
 首を振って子爵は笑った。
「そんなことはない。楽しみだ。」
「・・・良かった。」
 なんだか嬉しくて、私も自然と笑顔になった。

 この時、私はかなり有頂天だった。
 不幸とは対極にいる気分だった。
 友人とか、本とか、大好きなものが溢れてる。
 一人じゃない。逃げなくてもいい。それはかなり幸福なことなのだ。
 だけどまぁ、私はもともとラッキーガールではないので、そんな幸福感はすぐに途切れてしまうのだった。

 ***

 ある昼下がり、次の日曜日も再びダイドに会う約束をしていた私は、念のためその日に仕事が入らないか確認した。
「子爵、来週の日曜日、また出かけたいんですけど、いいですか?」
「町か?」
「あ、はい。本も買いに行きたいし。友人と会う約束をしたんです。」
「・・・ラピス。」
 子爵は物書き机から立ち上がって、近寄ってきた。
「はい?」
 そして私の目の前に立ち真剣な顔をしてこう言った。
「あの青年とは、もう会うな。」
「・・・・・・。え?」
 一瞬頭がうまく回らなかった。
「って、え。あの、ダイドのことですか?」
「そうだ。」
「・・・なんで、知って・・・・。」
「ブレトンに調べさせた。」
「はあ?!」
 なによそれ。
「どうしてですか?」
「君は此処のトップシークレットを知る人間だからだ。」
「っ私は秘密なんて洩らしません!」
「君を信用していないんじゃない。」
「じゃあなんですか!」
「あの青年が、情報屋だからだ。」
「・・・・・・は?」
 何?なんて?情報屋?バーテンダーでしょ。
 頭が混乱した。
「彼はバーテンダーで・・・」
「そう。情報屋の集まるバーでバーテンダーをしている。そして、彼自身、情報屋だ。」
「でも・・・っだからって!」
 あ、ダメかも。
「君を町には行かせない。私の側にいろ。」
「・・・ッ!」
 その瞬間、カッと頭に血が昇った。
「なんですかそれ!」
 思わず叫んでしまった。
「人の友人のこと、こそこそ陰でかぎ回って!侮辱しないでください!」
「侮辱しているわけではない。」
「失礼なことを言っているのは事実です!」
 目頭がじわりと熱くなってくるのを感じた。
「彼は私のことを利用したり!情報目当てで近付いてきたわけじゃない!本当に彼が情報屋でも、此処の秘密が目的で近づいてきたとは限らないじゃない!」
「落ちつけ、ラピス。」
「どうして?!」
 リミッターが壊れて、一気に涙があふれてきた。
「どうしてそんなに人を信用できないの!?なんで友人関係まで干渉されないといけないのよ!」
「・・・ラピス。君は分かってない。」
 分からない。それに、分かりたくもなかった。
「子爵は!私のことだって、結局信用してないんじゃないですか・・・・!」
 涙が止まらない。悲しいからだ。むかつきすぎて。
「ラピス・・・。」
 困った顔をした子爵の手が伸びてくる。
「嫌い!」
「!」
 子爵の手はびくっと、私から離れた。
「さわらないで!子爵なんて、大ッ嫌い!」

 私は、そう言い捨てて逃げた。


「・・・怒ってますねぇー。」
 しばらく部屋に閉じこもっていると、心配したらしいブレトンが部屋にやって来て笑った。
「怒ってるわよ!」
 めっちゃくちゃ頭きた!
「なんで人の友人をそんな風に見るの!?調べさせたり自体おっかしいわよ!それから、外出禁止!?これもおかしいでしょうが!人のこといくつだと思ってんの!?
「・・・まぁ、大体怒ってる内容も分かるけど。」
 ブレトンがため息交じりに呟いた。
「子爵の気持ちもわかるなぁ。」
「なんでよ!」
「子爵なんて、可愛いもんだよ、ラピス。」
「・・・はあ?」
 なにそれ。
「時々、ブレトンって本当は子爵に仕えてなんかないんじゃないかって思うわ。」
「あはは、よく言われるよ。」
 彼は他人事のように、すごく軽く笑った。

 ***

「で。ご傷心ですか。子爵?」
 ブレトンは次に子爵の書斎を訪ね、まず第一声でそう言った。
「・・・呼んでない。」
「一応報告しておこうと思って。ラピスの様子を。」
「想像できる。」
「ま、確かに、ご想像通りでしょうね。」
 ため息、からの、沈黙。
 その沈黙の中、ブレトンは息をついて笑った。
「・・・嫌われちゃったら、もともこもないでしょうに。」
「やかましい。」
 おお怖い。ブレトンは心の中で呟く。
「だって、アレ。単なる嫉妬でしょ?」
「・・・・・・・・・ブレトン。」
「はい?」
「時々本当に、お前のことが憎くなる。」
「ええ。僕もそう思われてるって思ってました。」
 ブレトンはにっこり笑う。
 ・・・まったく、喰えない男だ。と子爵は呆れた。
 そんな子爵に全く動じず、ブレトンは尋ねた。
「それで・・・。僕が動きましょうか?」
 子爵は少し黙ってちらりと窓の方を見やると、再びため息をついた。
「いや、いい。今日はもう休め。」
「はい。」
 ブレトンは微笑み、頭を下げて部屋を出ていった。

「大嫌いか・・・。」
 一人書斎に残された子爵はため息をつき、無理やり微笑んでみた。
 その笑顔が上手か下手かは、言うまでもなく。



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