ダブリ続 6

それは不気味なほどに静かだった。
「・・・いないじゃねぇか。」
クリスは呟いた。
そんな、はずはないのに。
「・・・でも、確かに誰かが此処にいた・・・って形跡はあんな。」
綺麗にされた一室を見渡してクリスが言った。
「・・・此処に神威時雨が帰ってくるのか、まぁ。待たせてもらおうじゃねぇか。」
「・・・ずっと待つつもり?」
「まあそんなに長くねえよ。俺の気も。」
知ってます。
「・・・・・・。」
ちらりとあたりを見渡す。
時雨さんを助けるのは、自分、と言うことになった。
だから、現状把握は怠れない。
「・・・。」
手を握り、そして放す。
緑堂さんから習った、人体急所を確認する。
一瞬で良い、ひるませることができたらそれで。
幸い、自分の手は相当自由だ。
クリスの化け物は、すごく遠くまで伸びていくことができるから、その余裕から来る自由だと思う。
「クリス。」
「黙ってろ。」
相変わらず、付け入らせない。ってオーラ、ぷんぷんだ。
「・・・。」
窓から空を見る。快晴だ。秋は、まだ来ないのか。

その時だった。

ッ・・・ドオオオオオオオオオオオオオオオオン!

「!!!!!!」
爆音が下から鳴り響いた。
「え!?」
驚く。
クリスが爆発させたのか。
いや、そんな様子はなかった。
ドオオオオオオオオオオン!
もう一発。
「な・・っや・・・!」
無理矢理髪の毛を掴まれて、マツリはよろけた。
クリスは厳しい顔をしながら、窓まで行くと下を見る。
「・・・だ・・・。」
誰?
時雨さん?
煙がすごくて見えない。
「・・・っち」
舌打ち。
「お前か?」
ガン!
壁に頭を打ち付けられる。
痛い、とも声を漏らすことができなかった。
「ち・・がう・・!」
かすれる声で否定。
「じゃあ誰だ。」
「分からない・・っ!」
不可抗力で右の眼から涙が出る。
悲しいとか、痛いとかではなく。
建物全体が揺れた。
すごい火力なのかもしれない。
「・・・糞が。」
クリスは、マツリを強引に引っ張って走り出した。
階段を下る気だ。
マツリは廊下に出たところで、もう一度、拳を握って、それを解いた。
いち、にの。
バシ!
「!!!!」
クリスはよろめいた。腕はマツリから離れ、マツリは立ち止まる。
「・・・てめ・・・!」
「・・・っ!」
マツリは来た道を引き返し、階段を上がった。
「待て・・・!」
ッドオオオオオオオオオオオン!
再び爆音がして、今度は大きくビルがぐらついた。
「・・・誰だよ畜生!」
マツリはその声をだいぶ遠くで聞いた。
自分の荒くなった息の方が、耳の奥で響いてる。
逃げなくては。
逃げなくては。
逃げて、クリスより早く、あのホテルに戻らなくては。
此処に時雨さんはいない。
緑堂さんを助けなければ。
でも、クリスに捕まれない。
だから、今は上へ。
上へ。
上へ。
「・・・。」
足を止めた。
冷静に考えて、上に逃げ道はない。
「・・・っ!」
振り返る。クリスは来ていない。
下るべきか?いや、下るべきではない。
マツリは廊下の窓に駆け寄り、下を見る。
5階、ってところだ。飛び降りたら絶対、骨は折れる。
「・・・っ!」
マツリは階段の側に会った見取り図を見て、別の方面に階段があるのを確認し、その階段に向かって走った。
そちらから降りて、2階から飛び降りればいい。そして走る。
「!」
階段を下り始めたところで、人の声を感じた。
人の気配がある。
「・・っ!」
クリスかもしれない。
マツリは見えないものの恐怖に身体をこわばらせ、4階のところでとある部屋の一室に逃げ込み、そこに身をひそめた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
こんなことしてる場合じゃない。でも、動けない。
あの人の暴力的な力が、怖い。
頭を押さえてマツリは身をかがめた。
――痛い。
頬に伝っていた涙をぬぐい、マツリはしばらく息を殺していた。
暗い部屋だ。
いろんな本が重なってて、洋本の匂いがする。
このまま捨てたい。全部。
「・・・馬鹿だ・・・私。」
頭が冴えてきて、呟いた。
だって、緑堂さんを助けるにしても、あのホテルまでの道が分からない。
せめてクリスの車が、この爆発で潰れていてくれたらありがたい、と思った。
結構遠かった。
すぐには戻れない。
それだけが希望。願望。

爆音が、止んだ。

「・・・・・・・・・。」
マツリは顔を上げる。人の気配も全くない。
「・・・・。」
立ち上がろうとした、その時。
ガタン!
「!」
再び身をかがめた。
誰かが、部屋の扉を開けたのだ。
「・・・っ。」
身体が震えた。
どうしよう。どうしたら。
足音がどんどん近付いてくる。
――あ・・・ひとりだ。
クリス。
「・・・・。」
目をかたくつむる。
「・・・っ!」
殴られる!
そう思って身を固めた。
「・・・・・・・おい。」
「・・・・・・。」
でも投げられたのは、声で。
「・・・・。」
顔を上げると、そこにいたのは、クリスではなかった。
すごい勢いで、身体が安堵する。
「・・・メグ・・・。」
でも、その顔に表情はない。
「・・・メ・・・っ!」
と、突然、ほとんど乱暴に、壁に押し付けられた。
その反動で、腰が地面に堕ちる。
「・・・メグ・・・。」
「んだよこれ。」
「え?」
なんのこと、と言いかけた次の瞬間には、メグの柔らかい髪の毛が頬に当たってた。
同時に、最近感じた首への痛みに襲われる。
「・・っや・・!たい・・・!メグ・・・!」
メグの身体をどけようとしたが、メグはマツリの肩と左手をつかみ、びくともさせなかった。
「メグ・・・!」
怖い・・・!
なんで。
メグ。


「で?クリスは?」
リョウが、周りを見渡して言う。
「・・・逃げた・・・?」
いづみも言う。
「・・・・なんでこんな無茶するかなぁ・・・・。」
椎名は呆れた。
「えー?だって爆弾がすでに仕掛けられてるなら、使わせていただくほかないじゃんー?」
「・・・危ないってば。」
「大丈夫ってば。へましません。」
にこっとリョウが笑った。
・・・こいつ、相当慣れてるね。爆弾の使い方。
「・・・うーん。いぶりだしたとしても、包囲網が、私達だけじゃね。やっぱ逃げられるってこともあるか・・・。」
「裏口があったのかもしれないしね。メグの帰りを待つしかない。」
結構広い施設だ。
中をよく知るメグが一人で入る、と言って入っていった。
「うん。でもまぁ止まってたこの車は。」
リョウがクリスが乗ってきた車を見る。
「此処に置きっぱなしだけどね。」
見張っているのだが、誰も来ない。
「・・・車かあ。・・・免許あったら便利そうだよね。」
「あ、現行法では高校二年生にはとれません。」
リョウが笑う。
「今じゃなくて。」
「・・・で?緑堂さん。」
いづみが緑堂に話しかける。
「マツリはクリスに連れられてるって言ったけど・・・。此処に何しに来たの?」
「・・・人を探しに。」
「人探し・・・?」
「クリスが恨んでいる、国光の人間を。」
「・・・・・・・・・・。」
―――恨んでいる、国光の人間を。
無理も、ないのかもしれない。
いづみはそんなことを思った。


怖いとか。
化け物とか。
そんなもん、知るか。
「・・・っメグ!」
マツリは弱弱しくだが、抵抗してくる。
知らねえ。
そんなの、どうでもいい。
マツリの首にあるこんな赤い印。
全部消してやる。
全部上から消してやる。
―――ずっと、頭がどうにかなりそうだった。
自分から?
自分からクリスのもとに行くって?
どういうことか、分かってんのか。
何されても、文句言えない相手なんだぞ。
それで、結局、これじゃねぇか。
ふざけんな。
「やめ・・・てってば・・・!メグ・・・!」
だから。
そんな風に。
そんな風に震えながら抵抗されても。
やめる馬鹿がどこにいる。
「メグ・・っ怖い・・・!」
「・・・っ」
呪文でも言われたみたいに、自動的に体が止まった。
ゆっくりと顔を放す。
マツリの顔を見る。
「・・・。」
マツリは泣きそうな顔をしながらこちらをまっすぐ見ていた。
息は、少しだけ乱れてる。
いや、むしろ自分の方が乱れてる。
「・・・・・マ・・・。」

「なにやってんだお前は。」

「!」
「!?」
別の声がして、マツリも、メグもその声の主を反射的にとらえた。
「あ・・っ!」
マツリは声を上げた。
「・・・河口さん・・・・!」
なんで此処に!?
そこに立っていたのは、河口だった。
紛れもなく。
いつもの少し不機嫌そうな顔をした河口だった。
「・・・・・・・。」
河口はメグを少し睨んだまま、ため息をついた。
「・・・一階から爆発音が聞こえて・・・まあやっと鳴り終わったから・・・出て来てみりゃ・・・。」
マツリをちら、と見る。
「・・・。平気か。」
河口が着ていた白衣を脱ぎ、マツリにかぶせるように渡した。
「・・は・・・はい。」
「で。」
河口はメグを見る。
「何・・してんだ?こんなところで。」
「・・・。」
メグは眉間にしわを寄せ、眼をそむけて、ただ黙った。
「・・・・。」
河口は、一応追求するのはやめて、マツリに手を差し伸べた。
「・・・あ・・・ありがとうございます。」
マツリはその手を取って立ち上がる。
「・・・生きて・・たんですね。河口さん・・・。」
「ああ。まあ、おかげさまで。」
マツリは心がやっと安心したのを感じた。
うっすらと微笑むことができた。
指先は、まだ心底冷えていたし、震えていたのだが。
「・・・・来い。安全なルートがある。」
河口はメグとマツリを見て、そう言ってから歩き出した。
「・・・河口さん・・・!」
マツリは河口に駆け寄る。
「あの・・っクリスが・・・!」
「・・・・・・クリス・・・?ヌメロ・・ドゥーエ・・・か?」
「あ・・はい。あの・・・クリスが・・・!」
ちらりとメグを見る。
緑堂さんの話だと、時雨さんが生きていることは極秘事項らしい。
「・・・。」
マツリは河口の耳元で小声で言う。
「・・・時雨さんの命を狙って此処に来たんだす・・・それで・・・。」
「・・・最近の国光殺しはあいつだろ・・・。で、俺も、狙ってるって?」
「あ・・それは、分かりません。・・・会えば、もしかしたら・・・危険かも・・しれないんです。」
「・・・ああ。分かった。」
河口は全てを理解したようにそう言って頷くと、再び歩き出した。
マツリはメグの方を振り返ろうとして立ち止まったが、とうとう振り向かず、河口の後ろについていった。
メグは沈黙し、立ちすくんだ後、マツリと河口の後について歩き出した。

何やってんだ。俺は。

―――怖い!
痛いって言われるよりも、怖いって言われる方が・・・怖いって、なんだ。


「マ・・・マツ、マツリ!」
いづみがすごい勢いで走ってきた。
速。
「わ!」
そして例によって例のごとく抱きしめられる。
「ぶぶぶ無事!?ひどいことされてない!?」
「う・・うん。」
「よか・・・。・・・。よかった。」
いづみは首元についているキスマークを見つけたが、何も言わずににっこり微笑んだ。
「良かったー。マツリ。」
リョウも寄ってきた。
「・・・やっぱりリョウだったんだ・・。爆弾。」
「え?心外だなぁ。私が仕掛けたんじゃないよ?あったから爆発させただけ。」
・・・クリスのやつか。
「!」
マツリは車の中にいるもう一人の影を見つけて、着ている白衣をはたつかせ駆け寄った。
「先生!」
「おー・・マツリ。良かった。」
「先生こそ・・・・!大丈夫なんですか?」
「・・・若い子に狩りだされました。」
「・・・。」
うーん。超無理矢理車を出さされたのだろうな。
「でも。マツリのためだからね。二肌くらいはいつでも脱ぐよ。」
「・・・・・・・。あ・・りがとうございます。」
マツリは微笑んだ。
椎名も微笑んだが、すぐ、首のことに気がつき、車にあったスカーフをマツリの首に巻いてやった。
「・・・メグ、怒ったでしょ?」
「・・・怒って・・・ました。」
「・・・。」
くしゃくしゃ、っとマツリは髪の毛を撫でられた。
もうすでにぐちゃぐちゃなんだけど、もっとぐちゃぐちゃになる。
そのマツリの後ろから河口が車に近づいてきた。
「あんたか椎名さ・・・、って、緑堂。」
河口は驚いた。
後部座席に傷だらけの緑堂がいたのだ。
「!緑堂さん!」
マツリも驚く。
今から保険医に頼んであのホテルに戻り、緑堂を助けようと思っていたから。
「河口・・・お前・・・。生きてたのか?」
緑堂は河口以上に驚いていた。
「ああ・・・悪いが、忙しくてな。生存報告する暇がなかった。」
する気もなかったのだが。
「・・・井上も心配してたぞ。」
「すまないことしたな。」
緑堂は少しだけ微笑んだ。
マツリは、初めて緑堂の笑顔見た。
「というか、大丈夫だったか?」
「クリスか。」
「ああ。あと・・・。」
時雨のことだ。
「ちょうど留守だった。多分しばらくは帰ってこない。」
奔吾が迎えに来たからだ。
「・・・そうか。」
「・・・とにかく。」
椎名がため息をついて言った。
「帰ろうか。」
「・・・。はい。」
マツリは頷いた。

河口がクリスの盗んできた車を走らせ、その車にマツリといづみとリョウが乗った。
メグは、あの後一度もマツリと目を合わさなかった。


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