ダブリ続 5

どうにかなりそうだ。くそ。

「で、状況は、最悪ってことだね。」
リョウは腕を組んで言った。
いづみとメグが、松田のもとに帰って来て、話を聞いたリョウは難しい顔をしていた。
「・・・なんでマツリは自分からクリスのところに行ったのかな。」
「あ、多分それは、人質だった女の子のお兄さんが人質にされてて、その女の子のためだと思う。それにそのお兄さん、マツリとも知り合いらしいから・・・!」
なんだか、弁解をしているみたいになった。
「・・・ふーん・・・。」
リョウはメグを見た。
「・・・メグも、無事。か。銃を突きつけられて?」
「・・・ああ。」
「・・・マツリが守りたかったのは、メグのような気がするな。」
リョウはため息をついた。
「で。その女の人は?」
「あ、ちょっと今は保護されて、他県にいる。」
「・・・何か言ってた?」
「え・・・?」
「何か、マツリのことについて。」
「・・・いや、言ってない・・けど。」
「分かった。」
リョウはにっと笑って、それからまた難しい顔に戻る。
「お兄ちゃんに・・・協力してもらうしかないな。」
「・・・え?」
「マツリ、奪還。アンド。クリス、捕獲。これ作戦立てる。」
「・・・ええ?!」
「何、いづみ。知らない元テロリストたちに任せたいの?」
「その言い方どうよ?」
仮にもマツリの父親たちなんですが。
「任せてらんないね。私は、私の意思で動く。」
「・・・・はあ・・・。」
始まったら、きっと止まらない。
直感で分かる。
「メグ。」
「おう。」
「異論は・・・?」
「ねぇ。」
「だよね。」
にっとリョウは笑う。
「よし。じゃ、作戦会議!」

「で?殴られました?」
松田は受話器越しに尋ねる。
「いや。・・・メグは・・・。」
「ま、落ち込んでましたよ。」
ため息。
「それで?自分の娘が殺人鬼に攫われて。大蕗博士は一体どうするおつもりで?」
「・・・マツリは自分の意思でクリスのもとに行ったと聞いた。」
「狂言ですよ。分かるでしょうそれくらい。」
「分かってる。だが、それは何故だ。メグのためか?緑堂のためか?」
「・・・違うんですか?」
「いまいち、それだけではない気がする。」
「根拠は?」
「ない。」
伝説の男は、全くの論理もなく言い放つ。
「・・・それで?」
「クリスが隠れてると思われるビルを、いくつか絞り込んでいる。」
「それは?」
「あの少女の証言から。」
「・・・緑堂アスカさんですか。」
「ああ。」
「信用できますか?その言葉。」
「・・・どういう意味だ?」
「もしかして、まだ、クリスに操られてるかも。」
「・・・まあ。人質がまだ解放されてないんじゃな。」
「妹って、すごいですよね。無茶するっていうか。」
「お前の妹はすごいな。爆薬も作れるそうじゃないか。」
「ええ。昔無茶してたみたいなんで。」
ふふっとおかしそうに笑う松田。
・・・似てない兄弟だ。
「で?その場所はどこです?」
ッバーン!
「!」
突然扉が開かれた。
「?どうした?」
奔吾。
「・・・いやー・・・。」
松田ははは、と笑った。
「お兄ちゃん。それで、マツリ。どこかな?」
リョウがにっこり笑って立っていた。その後ろに、いづみ、メグ。
「・・・松田?」
様子が分からない。
「・・・いやいや・・・。やっぱり妹はすごい。」
どうするかなあ。もう。
「無茶しますよ。」


「・・・で。俺。」
椎名が諦めたように言った。
「俺さぁ病み上がりなんだけど。」
車を発進させる。
「しかもお前ら、ちゃんと保護者には許可もらってんだろうな?俺、とれねぇぞー?責任。」
「つべこべ言わずに、行け。」
メグ。
「いいの。お兄ちゃんとかには任せてらんないし。」
リョウ。
「い・・・一応。親には連絡入れましたー。」
いづみ。
「・・・・・もうやだ。若い子。」
椎名は諦めた。
早朝。5時。

同刻。5時。
「・・・行きましたよ。ええ。まぁ。」
松田が深いため息。
「発信器だけつけさせてもらいました。多分そっちにデータが行きますんで。ドリーに聞いてください。」
ガチャン。ピピ・・・!
通話終了。
「・・・・すごいな。あの子たち。」
前々から思ってたけど。
あの国光崩壊事件にも、何らかの形で関わっていて。
行動力。というか。
恐れない。というか。
なんであんなに走れるんだろう。
「・・・僕にもそんな時期・・・あったかな。」
覚えてないな。

「いくつか、リストアップされてるんだけど。近いところから行こう。」
リョウがリストアップされた場所を目でなぞって見つめる。
「で、それどこ。」
椎名が尋ねる。
「大和中央病院。」
「・・はいはい。」
椎名はため息をついた。
なんてこった。それ、昔父親に連れられてオペをさせられに行った病院だ。
嫌な思い出しかない。
椎名は腕時計を見る。5時10分。
この腕時計が発信機になっている。
有事の際はちゃんと、来てくれんだろうなぁ?まじで。
大蕗奔吾と、そのまわりの組織。
来てくれないと、俺、ひとりで3人面倒見るの、きついな。
「・・・。」
特にメグ。
ちらりと見る。
心中穏やかじゃないのが分かる。
ブラックカルテの化け物がいないうえに、クリスの化け物の根源である怒りを抱きすぎてる。
不利。絶対的に。
「・・・。」
いや、怒っているのは、マツリに。かもしれない。


「・・・・・・・・・・・・・・。」
目を覚ます。
手足は自由だ。
一応ベッドがあって、その上に転がれた。
「・・・なんか。こんなのばっかだな。」
部屋に閉じ込められて。
「・・・。」
それもこれも。全部。私がヌメロゼロだからだ
心臓が痛んだ。
好きでそうなったわけじゃない。
―――狙ってる?
狙ってない。
狙って、怖い思いなんて、してない。
首に手をやる。
赤いあざがいくつもある。
最低だ、こんなの。
こすってもこすっても、赤くなるだけだった。
さあ・・・これからどうしよう。
「・・・。」
緑堂さんを助けなければならない。
―――助けて・・・!
あんな風に、人にすがれたら、きっと私も楽だったかな。
「・・・・いや。」
すがる人も、そうなる状況もなかった。
何にも、なかったから。
ガチャン。
「!」
「おはようマツリ。」
身構える。
「馬―鹿。別に何もしねえよ。」
「・・・。」
睨む。
「緑堂に会いたいんだろ?会わなきゃいけねえもんなぁ。」
「・・・どこにいるの。」
「連れてきてやる。せいぜい頑張って、説得しろ。」
「・・・・・・・・・・。」
しばらくして、男が連れられてきた。
「・・・!」
酷い恰好だった。
体中があざだらけで、ボロボロで。
「・・・緑堂さん!」
駆け寄る。
「マツリ。」
「!」
クリスが睨みつけてきた。
「・・・3日だからな。」
「・・・・・分かってる。だから約束通り、2人にして。」
マツリも睨みつけて答えた。
クリスはふっと笑って、部屋を出ていった。
鍵は、かけられた。
「・・・、緑堂さん!」
倒れこんでいた男を揺さぶる。
「緑堂さん!しっかりしてください!」
男は、ボロボロで傷だらけだったけれど、息はしっかりしていて、まぎれもなく緑堂だった。
「・・・っ・・・。」
目を細めてこちらを見る。
「・・・大蕗・・・マツリか。」
「はい。」
頷く。
抱きかかえて体勢を起こす。
「・・・此処、どこだか分りますか。」
「クリスの・・・。」
頷く。
「緑堂さん。お願いがあります。」
「・・・なんだ。」
「・・・時雨さんの・・・居場所を教えてください。」

死んでない。


ショッピングセンターにさかのぼる。
「・・・なんて?」
マツリは耳を疑った。
「神威時雨だ。知ってるだろ?」
「・・・・死んだって・・・。」
「あれはガセ。言わないでおこうと思ったんだけどさ。」
「・・・・・・・・なんで・・・・。」
メグの涙を思い出す。
生きてる・・・?
「・・・それをな。どうやらこの女の兄が知ってるらしいんだ。」
「・・・・。」
泣いているミドリを見る。
「・・・・・・それで・・・。」
「お前がそれを聞きだすって言うんなら、その女も緑堂も助けてやる。」
「・・・・。」
「それだけじゃねえよ。お前の愛しいメグも。大蕗奔吾も。あそこにいたやつらも。松田も。」
「・・・・・。」
「お前に関わった奴らは、殺さねぇ。この化け物が発動しない限りは。」
逃げ道の多い、妥協だ。
「どうする?早く決めねぇと、この店、もっとぶっ壊すぞ。」
「・・・。」
睨む。
「大事なメグも此処に来てるみたいだったしな。」
メグ?
「・・・そんなことしたら、あなたも死ぬ・・・。」
「いいんだよ。死んでも。」
ああ。もう。
「神威時雨。あいつだけ殺せれば。もうそれでいい。」
「・・・どうして・・・。」
「あいつはブラックカルテを利用して、自分の欲望を満たそうとした。そのためにあんだけ人が死んだんだ。そのためにあれだけ俺らは苦しめられたんだ。」
「・・・・っ」
「楓も。」
「!」
楓。
「楓が・・・一番。可哀そうだったな。」
笑って言った。
「お前が俺と来るんなら。俺は銃もナイフも使わない。使うのは、化け物だけだ。これ、すごいハンデだぜ?悪くない取引だと思うんだけど。」
微妙だ。
でも。
「・・・本当に、今さっき、言っていた人を殺さない?」
「神威時雨以外はね。あいつは、一番むごい方法で殺してやる。」
「・・・。」
それも。嫌だ。でも。
大きい。
こちらが守れるものが大きい。
クリスは化け物しか使わないと言った。
そうなるとクリスに怒る人間にしかクリスは危害を加えることができない。
今、此処を爆発されたら大勢が死ぬ。それも止めなければ。
守れるものが大きい。
・・・それに。時雨さんが生きている。
メグの涙を思い出す。
時雨さんが生きている。
・・・利用されたふりをして私がうまくやれば・・・緑堂さんも助けられるかもしれない。
メグを。メグを時雨さんに会わせてあげられるかもしれない。
それなら・・・。
「・・・・分かった。あなたと行く。」
それなら、選ぶしかないでしょう。

メグを、傷つける道を選ぶしかないでしょう。


「・・・此処も違うなぁ。」
リョウが呟く。
「・・・ちょっと休ませて・・・」
疲れた。
椎名は痛む傷を少し抑えながらため息をついた。
「たばこは禁止ねー。お兄ちゃんに言われてたでしょ。」
「・・・はぁい。」
くそう。
車は小さなパーキングに止まった。
「・・・結構遠いのかなぁ・・・?」
いづみが言う。
「うーん。向こうの足次第かな。マツリとか、人質連れてそんなに長距離電車とかで移動しないと思うんだよね。」
「・・・車持ってたりして?」
「ええ?ガキだったじゃん!」
「リョウ、車乗れる?」
「私は乗れる。」
乗れるんじゃんか。
「ていうか、多くない?人が潜伏できそうな場所が。」
「そりゃ。」
椎名が呟く。
「あれだけ、爆破されたからね。・・・国光の建物が。」
「・・・・・・・・・。」
傷痕は、まだ生生しいのだ。


「言ってください。」
マツリが真剣に緑堂を見つめた。
「・・・・・・言えば、時雨さんは殺されるだろう。」
「殺させません。」
「根拠は。」
「ない。」
親子そろって。
「あなたが助けに行くんです。」
「・・・・どういうことだ。」
「クリスはあなたが時雨さんの居場所を言えば、あなたを助けるって言いました。」
「・・・それは、解放されるって意味か?」
「・・・。」
訊いてない。
甘かったかもしれない。
そういう、不安定な、一縷の望みにかけてここにきたのだ。
「それにあいつの言うことを信用できるのか。」
「・・・します。」
だって、しないと始まらないもの。
「・・・あなたの妹さんに会いました。」
「・・・!」
「あなたのこと、助けてって。言われました。」
「・・・・。」
「だから、助けさせて。言ってください。緑堂さん。」
確かに。
クリスは、私に嘘をついているかもしれない。
情報を聞き出して、元国光のブラックカルテ研究員だった緑堂さんを殺さない。とは言いきれない。
だけど。
「・・・私は殺されない。」
絶対だ。
彼は、ブラックカルテの力を欲している。
私が全て。私が鍵。私を殺せばその望みは叶わない。
「・・・私が、逃がします。」
それが、使えるでしょう。
選ぶしかないでしょう。
「・・・。論理的に。」
「え?」
「抜けてるところがまだまだある。時間はいつまでだ。」
「え・・・と。3日・・・。」
「お前の作戦に乗る。だけど、もう少し、成功率の高い作戦に、作りなおす。」
「・・・はい。」
頷いた。

夜が来た。
「・・・。」
ミドリは一人、肩を抱いていた。
「・・・。」
どうしよう。やばい。どうしたらいいんだろう。
震えた。
自分は、何をしてしまったのか。
兄を助けるために、高校生の少女を、売ってしまった。
涙が出そうになる。なのに、出てくれない。
泣くな。
泣くな。
泣くなんて卑怯だ。
だってあの少女は泣きもせず、ただ、頷いた。
受け入れた。
ダメだな。私。
うっかり、つい。うっかり。私はあの少年に心を許した。
色々。
文句とか、わだかまりとか。
そういうものを、吐き出してしまった。
私の名前を聞いた時の、少年の顔。覚えてない。
覚えてない。
どんな顔してた?
喜んでた?利用できるって・・・?
驚いてた?
「・・・・・・。ダメだ。」
頭ががんがんする。
後悔しか。ない。
「・・・あの男の子・・・。」
あの時。あそこに駆け付けた男の子。
金髪の美男に助けられて、その後。どうなっただろう。
少女に打ち捨てられるような言葉を吐かれて、その時の背中が苦しかった。
「・・・だめだ。」
まだ。私は。まだだめだ。
まだ、やることがある。
その夜、ミドリは抜け出した。


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