ダブリ続 4

「マツリさん。」
松田に呼ばれてマツリは立ち止まった。
「はい。」
「ちょっといらっしゃい。」
にこっと松田が笑って手招きをした。マツリはそれについていった。
「・・・此処は?」
暗い部屋だった。
「すみません。ちょっと電気がこれしかないので。」
小さな電気スタンド。
「・・・?」
「此処は、他の二人には秘密ですよ。」
「・・・はい。」
にこっと松田が頬笑み、手渡されたのはヘッドホンだった。
「・・・え?」
松田は指で耳をさし、ヘッドホンを付けるように促した。
「・・・?え?」
「おい。」
「!」
ヘッドホンから聞こえてきた声は。
「メグ!」
「マツリか。」
メグの声だった。
松田はどうぞしゃべって、というジェスチャーをしてから部屋を出ていった。
「・・・マツリ?」
「え!?あ、うん!」
「無事か。」
「うん。大丈夫。メグは・・・?今、どこ・・・?」
「場所はいえねぇ。」
「・・・そっか。」
「今は、ちょっと、連れ攫われたっていう女、探すの手伝ってる。」
「・・・首都?」
「いや、今は違う。もうすぐ、行くけど。」
「・・・。」
何処にいるんだろう。
「マツリ。」
「ん。」
「しばらく会えないと思うけど。」
「・・・え。」
ズキンと、胸が痛む。
「絶対ひとりで無茶すんな。いづみとか、リョウといろ。」
「なんで・・・?」
「え?」
「なんで、会えないの。メグ。」
「・・・わり・・・ちょっと。やらないといけないことがあって。」
「・・・松田さんに頼まれたこと?」
「松田・・・?あ・・・。ああ。うん、そんな感じ。」
マツリは悲しくて目を伏せた。
「・・・怖い。」
「え?」
「怖い。メグ。・・・怖いんだ。」
「・・マツリ。」
「私が化け物を生み出してるんじゃないかって。怖いの。」
だから。
側にいてほしい。だけどそれだって。
「怖い。」
震えた。
メグの側に寄るのが怖い。だけど。会えないのは、辛い。
「・・・マツリ。」
「・・・平気。ごめん。」
困らせるのは、嫌だ。
「・・・椎名は?」
「まだ、起きない。でも回復してきてるよ。傷は。」
「そっか。」
「・・・じゃ・・・。」
マツリは通信を切るボタンを探し始めた。
「マツリ。」
「ん?」
「・・・ごめんな。」
どうして?

どうして、謝ったりなんてするの。


女子大生は見つからなかった。
数日経った。
ひとりの元・国光研究者が殺された。

「・・・今回の傷は、ブラックカルテの傷でした。」
松田が言った。
「じゃあ。」
「クリスですね。」
マツリは黙った。
「お兄ちゃん。」
リョウが尋ねる。
「・・・どうしてそんなに国光の人間の居場所がわれてるの?クリスはどうやって見つけてるの。殺してきた人間。」
「・・・燃えてしまった施設から、盗まれていたものがあるんだ。」
松田はため息交じりに言った。
「何?」
「国光のコンピューターが一台。それもサブマザーの一つを。」
「・・・サブ・・・?」
「国光は全ての国光の施設や拠点とすべてネットワークで繋がっていました。でもあの研究所だけは違った。過去に起こったとある事件をきっかけに、切り離したんです。」
ブラックフライデーだ。
マツリは思い出す。
「だからあの施設には国光全てに繋がっているサブマザーと、あの施設そのもののマザーコンピューター。そしてそのサブマザーがいくつかありました。」
「・・・その、繋がっている方のサブが盗まれたんだ?」
リョウは理解したように言った。
「や、二つのマザーのサブを担っていたコンピューターを。」
「・・・それって。どっちの情報のデータも、残ってるってこと・・・?」
「そうですね。」
頷く。
「サブマザーもひとつではなく、いくつかに分けていました。そのうちの一つを持っていかれました。」
「・・・それは、クリスが?」
「おそらく。」
松田は頷く。
「・・・私もそう思う。」
マツリは呟いた。
「・・・だって、クリス。私がドリーに送ったファイルの中身を知っていた。」
「・・・決まりね。」
いづみは言った。
「なんらかの業者を通じてデータの復旧を行ったんでしょう。そこに国光職員の名簿も、入ってた。」
「住所とか?」
「ええ。ただし、僕たちのような・・・。なんというか。」
考え込む。どう説明したものか。
「国光の幹部候補にあった人間の者はありません。」
「なんで?」
いづみが訊く。
リョウとマツリは想像がついた。
過去の抹殺だ。
国光の常套手段。
「・・・過去をすべて捨てることが、条件だったからです。」
「・・・。」
いづみは眉をひそめた。理解ができなかったらしい。
「でも、大半の国光研究者たちの住所や経歴は、クリスの手に入ったはずです。」
マツリは俯いた。
あと、何人死ぬんだろう。
あと、何人殺せば気が済むの。


血の匂いがした。
「・・・。」
ミドリは顔をしかめたまま、外国人の少年を見つめる。
手はやっぱり縛られたままだ。
彼は血をくっつけて帰ってきた。
「・・・殺したの・・・。あの人。」
訊いてみた。
ぞくっとする質問だ。
「・・・いいや。」
呟く。
「・・あいつの居場所とか、わかんねぇからさ。」
クリスは笑ってた。
じゃあ、誰を殺したの。なんて、訊けるわけもなく。
いつまでこうしていればいいんだろう。
食事はくれる。
その時は足を縛られるけど、手は自由になる。
でも、もう何日もたった。
いつまでこうして、寒い廃ビルの奥にいればいいんだろう。
「・・・あなたの。」
呟くような声で尋ねた。
「名前って・・・何。」
「・・・・・・・。」
彼は睨んできた。
怖い。やっぱ訊かなきゃ良かったし、答えてくれるはずない。
「・・・クリス。」
意外にも彼は答えた。しかも、結構カタカナ語で言ってくれた。
「・・・クリス・・・。」
「・・・なんで訊く。」
「え・・・。だ、訊いてみただけ・・・。」
本当にただの興味だった。
「・・・私の有効利用法・・・思いついた・・・?」
「つかない。」
あれ、なんか普通に会話できてる。
彼は血を拭う。ミネラルウォーターを頭からかぶって血を洗い流す。
「・・・お前は、ミドリって言うのか。」
「え?あ、うん。まあ、そう呼ばれる。」
覚えてたのか。私の名が叫ばれているのを。
「・・・怖くねえの?」
「・・・。何を。」
「・・・俺。」
にっと笑う。
「・・・怖いよ。」
怖いに決まってるでしょうが。
「あっそ。良かったな。俺で。もしヌメロウーノだったらお前死んでたぞ。」
「・・・・?」
ヌメロウーノ?スペイン語?
副専攻で習った気がする。
「・・・化け物見たろ。」
「・・見たよ。」
頷く。思い出して戦慄しそうだ。
「あれさ。俺のペット。」
「・・・ぺ・・・。」
違うでしょ。あんな可愛げのないもの。
「俺、怒られてばっかでさ。」
「・・・?」
話の飛ぶ人だな。
「両親には、エリートになるための英才教育を施され、まぁ、休む間もないわけ。」
「・・・はあ。」
「朝昼晩全部、習い事とかざらでさ。家庭教師にも親にも毎日怒られてたわけ。」
「・・・うん。」
いいとこの坊ちゃんなのかな。
「多分、俺のこと嫌いだったんだろうね。じゃなきゃ、あんなに怒ることない。」
そうかな。
親って、怒らない方がダメじゃない?
とは言いません。
「で、エスカレートしていってさ。次第には刃物なんて持ち出して。」
あ、やっぱだめだこの親。
「俺、死ぬと思った。」
彼は自嘲気味に笑った。
「・・・でも、あの化け物がさ。」
「・・・。」
「俺のこと、助けてくれたんだ。」
「・・・助けて・・くれた?」
「飛び出して、親の喉笛、噛みちぎってくれた。」
「・・・・!」
ぞっとした。
「それ以来、俺のこと怒るやつ、ぜーんぶにお仕置きしてくれた。」
「・・・・・・・。」
「だからミドリ、俺に怒らない方がいい。死にたくなかったらな。」
「・・・・・・・・・・うん。」
忠告だったらしい。
「・・・ねえ。」
「んだよ。」
血を全て洗い流して、彼はこちらを向いた。
「・・・私の話も聞いてよ。」

それは、とても。
とても番狂わせな、展開。


「あーあ!」
メグは大きな声で欠伸をして伸びあがった。
「・・・どうした。」
奔吾が相変わらずローテンションでメグを見る。
「どうしたもこうしたもねぇよ。なんの手がかりもねえだろうが。」
「・・・仕方あるまい。あいつは賢い。」
首都の街を歩く。繁華街。歓楽街。
人の苦界。
「そういえば、連れ攫われた女の資料。俺、顔しか知らねぇンだけど。」
「・・・教えてなかったか。」
「ないな。」
「ん。」
手渡される。
「いつも思うが、結構アナログだよな。」
データ=紙かよ。
「・・・・なぁ。」
「ん。」
「これは偶然か?」
「必然だったらどうする。」
「・・・馬鹿だろ。」
メグはため息をつく。口は笑って見せているが、どうも苦しい。
「・・・誰がミドリだよ。」
「緑だろ。」


「私の名前、ミドリじゃない。それはあだな。本当の下の名前はアスカ。」
ミドリはクリスをじっと見つめた。
「私の名前、緑堂アスカ。」


「緑堂の、妹?」
井上は松田に呼び出されて、松田のもとに来ていた。
「ええ。末の、妹らしいです。」
「・・・が、今、拉致されてる。と。」
井上は相変わらず女のような容姿で、髪が長い。
「そうです。それで、緑堂さんの居場所を知っていれば教えてもらおうと。」
「・・・それが。俺も困ってるんですよ。」
ため息。
「緑堂と、ずっと連絡を取ろうとしてます。だけど、取れないんです。」
「取れない・・・?いつから・・?」
「ここ1カ月くらいですね。」
「・・・。」
「通り魔に殺されてるんじゃないかって、心配してたところです。まあその通り魔が、クリスとは思ってませんでしたけど。」
「・・・まずいですよねぇ・・・。」
松田は物憂げに外を眺めた。
「・・・まずいですね。」
井上も、外を見つめる。窓の外。

「あー。学校行きたい!」
かれこれ数日行っていない。いづみが音を上げた。
「いいじゃん学校なんて、今単位の制度とか、全然ちゃんとしてないし。」
リョウが言う。
「不良は黙ってて。」
まあ手厳しい。
「良いのよ私だって授業なんてどうでも!でもさー・・・。走りたい!」
「・・・ああ。部活?」
「まあいづみは部活があってこその学校だったもんね。」
「マツリ。何気に私の頭空っぽさを主張しないで。」
いづみはうなだれる。
「近くの林道、走ってきたら?」
「え、いいの?迂闊に外に出ない方がいいんじゃないの?」
「大丈夫でしょ。っていうか、知り合いと首都で出会う確率ってそんなに高くないよ?」
「・・・そっか。クリス・・・って子も、目星をつけて松田さんを探してるわけじゃないもんね。」
「うん。偶然。に偶然。が重なったら、まあ、不幸なことに見つかっちゃうかもしれないけど。」
マツリは二人のやり取りを見つめながら、考える。
・・・メグと会える確率も、そんなものだ。
「・・・あ。」
マツリは何気なく外を見つめ、そこに現れた男を見て頭を上げる。

「井上さん!」
追いかけた。
「・・・大蕗・・・マツリか・・・?」
「あ・・・はい。」
井上は振り返って、まじまじとマツリを見た。
「・・・驚いたな。」
「あ・・・はい。」
実は全然話したことがなかった。
気まずい。
「・・・無事で・・・。良かったです。」
なんて言った後で、自分の起こした暴走を思い出す。
無事で良かったなんて、言える立場じゃない。
「いや、そっちも。生きていたんだな。」
「はい。」
「・・・。」
「・・・。」
ああ、やばい。気まずい。どうしよう。
「・・・あ、あの。河口さんって・・・。」
「・・・消息は不明だ。」
「あ、・・・そうですか。」
沈黙。
「あの・・・井上さん。」
「なんだ。」
「・・・あの。今、クリスが・・・あの。国光の人を狙ってるんです。だから・・・。」
「・・・・・・・・。ああ。気をつける。」
井上は、頷いた後、くるっと背を向けて行ってしまった。
初めて、ちゃんと話をした。
ぎこちなかったけれど。
・・・やっぱり、知ってる人が死ぬのは嫌だ。

部屋に戻ると、いづみが抱きついてきた。
「!わ!なに、いづみ!」
「マツリ!買い物に行こう!」
「え!?」
「近くまでだったら走って行っていいって!」
「・・・私あんまり走るとか・・・」
「マツリは自転車で良いからさ!」
「え、ええ?」
状況把握が遅れています。
「近くの店まで、行って来てって話。」
「・・・あ、あ、そっか。うん。分かった。」
「いこ!マツリ!」
「あ!うわ・・・!うん!」
手を引かれて走り出した。

選択は、道を変える。
それは、思わぬ展開。


「・・・久しぶりに自転車に乗った。乗れるものだね。」
マツリがまじまじとそう言った。
「・・・つ、疲れたー。」
いづみは横で息を荒げていた。
軽く4キロは走りましたから。
「私も足が痛いな。」
マツリは張ってしまった足を見る。
顔は相変わらず無表情だったが。
大型のショッピングセンター。マツリは自転車を止めて息を整えようとしているいづみのもとへ歩みよった。
「頼まれたもの忘れずに買って帰らなきゃね。」
「うん。」
いづみは微笑んでから、背を伸ばし歩き出した。
「そういや、マツリと買い物なんて、実は来たことなかったかも。」
「・・・そうだね。」
来たことがなかった。
いづみは毎日部活だし、マツリはまっすぐ家に帰る。
約束をして、遊びに行ったことなんて、実はほぼないに等しい。
「・・・私達のさぁ。」
いづみが微笑みながら言った。
「これからって、全然見えないけど。・・・なんか世の中めちゃくちゃだし。」
「はは・・・。」
「でも、なんか楽しいね。時にはこういうのも。」
「・・・・。」
いづみの笑顔が、眩しくて。
「・・・うん。」
ありがとう、って言いそうになった。

ある程度のウィンドウショッピングを終わらせた頃。
「あ、ごめん、ちょっとトイレ。」
いづみがトイレに行ってしまった。
「じゃ、ここで待ってるから。」
「うん。ごめんね!」
「・・・。」
いづみが行ってしまった後、マツリは張っている足を休ませるためにベンチに腰をかけた。
「・・・メグ・・・。」
メグはどうしているかな。
メグとも、こんなところには来たことない。
・・・ああ、なんか。
突然、メグとどこか遠くに出掛けたくなった。
何もなくて、平穏で、手をつないで。
メグの肩に、頭を寄せて。眠りたい。
「・・・・・・・変なの。」
こんなこと、具体的に考えたことなかったのに。
「・・・・え。」
ふと顔を上げた時、目の前を横切った人に気がついた。
「・・・あ。あの!」
思わず立ち上がって、その人の手を掴んでしまった。
「!」
彼女は驚いて、こちらを見た。
「あの・・!ミドリさんですか!?」
マツリは怯まずに尋ねた。
「・・・え!?あ・・・あなた・・・。」
ミドリは、驚きながらも回想の中にいた女子高生を思い出す。
「あなた・・・あの時の・・・!」
「ミドリさん・・・!どうして此処に・・・!あの・・・!」
これからどうすればいいのか分からない。だけど此処で手を放すわけにもいかなかった。
「・・・あなた・・・。もしかして・・・大蕗マツリさん・・・?」
「え・・・・?」
「・・・そう?」
「・・・そ・・・うですけど・・・。」
名前を呼ばれるとは思わなかった。
「お願い・・・!助けて!」
「・・・・え?」
ミドリは、今度はマツリの手をとり、ひっぱるようにして駆けだした。
「あ、わ!ちょっと・・・待ってください・・・!」
止まらない。
「安全な場所に・・・!」
「いいから、こっちに来て!」
ミドリは強引にマツリを引っ張り、駆けた。
時。
ドォオオオオオン!


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