ダブリ続 3

「・・・久しぶりだな。ドリー・・・。」
メグは呟いた。
ザザザ・・・。
映像はかなり荒れているが、そこにいるのは、ドリーだった。
「今。」
「!」
ドリーが話し始めた。
「そこにいるのが、誰なのかは知らないが。マツリか、メグか・・・」
メッセージビデオだった。
「で・・・ないなら、見ても意味のないものだと思う。」
ドリーは話し続けた。
「多分。此処に来たということは、ブラックカルテの化け物がもう一度現れたか、マツリの感情の放出がまた、起こったか。」
「・・・お見通しかよ。」
ホント、こいつは。
「というところだろう。・・・それで、何か手掛かりがないか。と、此処に来たんだろう。」
「その通りで。」
怖いな。もはや。
「・・・大蕗奔吾のところに行け。」
「は?」
「おそらく、大蕗奔吾の居場所は知らされていないだろう。俺は、それを教えることしかできない。」
「はあ!?」
ちょっと待て。
「極東原子炉。」
「原子炉・・・?」
「そこに行け。」
「そこにいる・・・のか・」
「そこで、増田と呼ばれる男を探せ。」
「・・・増田・・・?」
「それから。この動画データ。この30秒後に消えるから。」
「は!?」
「いいか。極東原子炉。増田。だぞ。」
「・・・ド・・・!」
そして30秒後、きっかりに画像は途切れ、二度とそのファイルは開かなかった。
「・・・・・・・・・。」
この動画・・・。
「・・・大蕗・・・奔吾。」
やっぱ。こいつか。

「たっだいまー。」
いづみが大きな袋を持って帰ってきた。
「おかえり。いづみ。」
マツリが駆け寄った。
「・・・メグは?」
「一緒じゃないよ。」
「・・・そっか。」
いづみは、少し不安げなマツリの頭を撫でた。
「大丈夫だって。」
「・・・うん。」
「それより、椎名先生。まだ起きないの?」
マツリは首を振った。
「そう。」
「いづみ。」
「ん。」
「いづみは、・・・その・・・。危険だから、無理して付き合ってくれなくてもいいんだよ。」
「・・・?何が?」
「あの・・・クリスのことを、捕まえるの。」
「・・・ああ。」
いづみは微笑んだ。
「部外者ってこと?」
「違う・・・。でも、いづみは、ブラックカルテでもないし、国光に肉親がいるわけでもない。」
「だから、いないほうがいい?」
「ううん。でも・・・此処にいない選択肢も、ある。」
うん。と、いづみは頷いた。
「でもさ。」
いづみがまっすぐマツリを見つめる。
「マツリがあんな目にあって。」
「・・・・。」
どきっとする。
思いだす。ぞくっとする。
「いづみのお兄さんも、狙われててさ。」
「・・・。」
「多分、メグも。」
「・・・うん。」
「友達とか、知り合いとかが危ない目に遭いそうなの知ってて、何もしないのは、性にあわないよ。知ってるでしょ?」
「・・・・・・・・。うん。」
マツリは微笑んだ。
「でも、辛かったらいつでも言って。」
「うん。いつでもリタイアできるのは、心が軽い。多分しないけど。」
「・・・・はは。」
「はは。」
笑う。
いづみが親友で、良かった。と思った。


「え?」
松田が受話器を持ち直す。
暗い部屋。
「あー・・・まぁ。こっちの職員達も、女子高生がいるのにも慣れてきましたよ。目の保養だって、言ってました。」
「ストレスが溜まってるだろうからな、そっちの奴らも。」
「娘がむさい男達の目の保養になってるのはいいんですか、奔吾さん。」
父親だろ。
「あー・・・。でもメグもいるんだろ。」
「いますけど。」
「あ、でも・・・メグはもうすぐこっちに来るかな。」
「・・・。意図は何でもいいんですが。」
「ん?」
「どうしてメグに僕からあなたの居場所を教えちゃいけなかったんですか?」
「そりゃ。」
「そりゃ?」
「メグにしか、来させるわけには行かないからだ。」
「・・・マツリさんは、来るなって?」
「メグは返さない。」
奔吾がきっぱりと言った。
「え?」
「メグはしばらく、俺が預かる。」
「・・・何故?」
「マツリと離さなければならない。って、言ったってマツリもメグも納得しないだろ。」
「・・・詳しく言ってください。」
「メグの化け物まで、復活させる気はない。」
「・・・それで、罠を張ったってわけか。」
ため息をつく。
「子ども達の扱いがうまいですね。奔吾さん。」
「親としてはへたくそだと思うが。」
「よく分かってる。」
「松田。怒ってる?」
「マツリさんとメグの代わりに怒ってあげただけです。」
奔吾はふっと笑った。
「悪い。」
「それならあなたがマツリさんを引き取るべきだ。」
「それはできない。」
「何故。」
「今、危うい状態にあるマツリにブラックカルテは、禁物だ。」
「・・・・・・なるほど。」
松田はちらりと時計を見た。
「・・・松田。」
「分かりましたよ。」
ため息。
「僕はあなたの代わりに此処に来た。」
「・・・。」
「あなたの代わりに、マツリさんの面倒も見ましょう。」
「・・・すまない。」
「一回殴られたほうがいいですよ?」
「もう殴られた。」
「じゃ、次はメグにでも。」
「痛そうだな。」
「痛いから意味があるんです。じゃ。これ以上は時間がないので。」
「ああ。頼む。松田。またな。」
「今回の衛星電話料金、そっちもちに設定しますから。」
にっこり。
「はは。じゃあな。」
ブツン。


「・・・極東原子炉か。」
結構遠いじゃねぇか。
メグはバスに乗り込んで呟いた。
2時間はかかる。
「・・・。」
明日は首都大で松田を囮にした作戦があるし、絶対帰らないといけない。
でも、大蕗奔吾に会わないわけにもいかない。
ブラックカルテの化け物は、消えたんじゃなかったのか。
なんなんだ一体。
くしゃっと髪の毛をかきあげた。
じゃあ、まだ、俺の左手にはアイツがいるのか?
見えなくなっただけで、眠っているだけで、まだ、いるのか?
ぞくっとする。
恐怖だ。
二度と、現れないという安心感から、突然暗い闇に突き落とされた気がする。
それも、またマツリ次第だ。
マツリが俺を死ぬほど怖いと思ったら、って事だろ。
俺はマツリの感情なんて、今見えないし。マツリが俺を今どんな目で見ているのかも分からない。
恐怖。
そこに恐怖があるのかも分からないんだ。
俺は、それが一番怖い。
だから、ドリーに会って見解を訊きたかった。
いや、もうこうなれば大蕗奔吾に会って、色々話を聞かないといけない。
じゃないと、俺が不安だ。
マツリも、不安なんだ。
だから俺に触れようとしない。
「・・・椎名は、まだ起きねぇのかな。」
そのまま、眠りに落ちていった。

2時間後、海沿いの小さな町に着いた。
「・・・。」
穏やかなものだった。
「・・・・ま、ここらへんに国光の施設は、あんまないだろうからな。」
あの事件で壊滅した国光。
爆破された建物は、数え切れない。
そんな物騒な事件とはあまり関係のない町だった。
こういう町に来れば良かったんだろうな。
「・・・。」
一度、マツリと逃げようとした時があった。
マツリが自ら国光に行く、なんて事がなければ。
きっと、こんな町に来れば良かったんだろうな。
「・・・・今度は、普通に連れてきてやっか・・・。」
ふっと笑った。
なんだろな。俺。
いつから、こんなにマツリのことが大事なんだろう。


いつから、こんなにメグのことが大事なんだろう。
「メグ・・・遅いな。」
マツリは呟いた。
もう夕方だ。
「・・・マツリさん?」
「!」
松田が後ろに立っていた。
「何してるんですか?」
「あ・・・・。えと。メグ・・が遅いから。」
松田は微笑んだ。
「もう夕方です。玄関になんか座ってたら、冷えますよ。」
「すみません。」
にこっと松田は笑う。
「松田さん。」
「ん?」
歩き出した松田についてマツリは立ち上がり、歩き出した。
「あの研究所にいた人たち・・・今は、どうしてるんですか・・・?」
「・・・・・・・・・。例えば?」
「時雨さんは・・・死んだと聞きました。」
「・・・僕もそう聞いてる。」
「・・・河口さんは?」
松田は振り向いた。
「行方・・・不明ですね。」
「・・・死んだんですか・・・?」
「死体はない。だけど消息も不明です。」
「・・・。」
「そういえば、河口さんにすごく懐いてましたよね。」
「・・・人を猫みたいに言うんですね。」
あははと松田は笑った。
「あなたは本当に変わった・・・、患者だった。」
患者。
正しいのかは分からないけれど。そう呼んだ。
「河口さんも、あなたのことはよく面倒見ていた・・・。」
「優しかったです。」
うん。すごく。
「あと、緑堂さんとか・・・。」
「ああ、彼は生きていますよ。」
「そうですか・・・。」
ほっとした。
「井上さんは?」
「・・・生きてますね。今はどこにいるかは分からないですけど。」
「そうですか。」
良かった。
「・・・死者のほうが、多かったけれど。」
「・・・。」
「いなくなってしまった人のことは、生きてると信じることにしてます。」
「・・・・はい。」
頷いた。
河口さんは、どこにいるんだろう。
少し、会いたいと思った。

メグは、帰ってこなかった。
先生は、目を覚まさなかった。
いづみは、リョウと一緒になにやら色々作っていた。
松田さんは、大丈夫ですよ。とだけ言っていた。

私は、明日が怖かった。


「ミドリーっ。」
「!荷田」
講堂の前で待ち合わせていた。
「遅い!あんたが来たいって言うから付き合ってるのに。」
「ごめんごめん。ちょっと図書館に行かなきゃいけなくって。」
「・・・もう。」
二人は講堂の中へ入っていく。
「この松田って言う人、すごいすごいって噂ばっかりだけど。いくつなの?」
ミドリが尋ねた。
「若いらしいよ。なんか。」
「その情報もあいまいじゃない。」
「まあね。」
「あ、来た。」
そこに現れた眼鏡の男。
本当に若い。
「・・・っていうか。かっこいいね結構。」
荷田。
「そう?優しいだけが取り柄って感じ。」
「厳し。だからあんた彼氏できないのよ。」
「うっさいわね。コロコロ彼氏変えてる人に言われたくない。」
あれ。でもどこかで見たことがある気がする。
ミドリは心の奥でそう呟いた。
「こんにちは。」
彼の声は、とても優しそうだった。
「今日は、こんなに集まってもらえるだなんて思ってもみなかったな・・・。急なことだったから。」
急?
そもそもなんでこんなに急だったんだろ?別に急ぐ必要なんてなかったはずだ。
「ま、僕の専門の人も、そうじゃない人も、タメになる話になれば、と思います。」
「・・・・・。」
タメ、にはならなかった。
畑が違いすぎて。

「ねぇねえ!松田さんのところ行こうよ!」
「へぇ!?」
だから荷田がそう言った時、冗談でしょ、と言いたくなった。
「なんで!?」
「なんでって、お近づきになりたいから。」
「はあ?なんだってあんたはそう。」
「いいじゃん。こんな機会しかないよ。あんなすごい人に会えるの。」
「・・・どうせなら、伝説の大蕗さんって人に会いたいわよ。私は。」
「文句言わないの。ほら、いこっ!どうせこういう講演の控室なんてE棟だから!」
「あ、ああもう!仕方ないなあ!」
ミドリは手を引かれて駆けだした。


カタンという戸が開く音で振り向いた。
「・・・意外ですね。早かった。」
松田は驚いたような様子もなく、にっこり笑った。
「久しぶりですね。クリス。」
「久しぶりだな。松田。」
にっとクリスも笑った。
E棟、控室。乾いた空気の部屋にクリスは一人やってきたのだ。
「講堂で見かけましたよ。」
「ああ。あそこで殺ってもよかったんだけどな。あんなところでパニックが起きて、お前逃がすのもなぁって思って。」
「・・・殺しに来たんですか。やっぱ。」
ため息。
「ああ。生きててくれて嬉しいぜ松田。」
「残念ですけど、僕は君に怒る気はありませんよ。」
「・・・化け物は、もういない、って見解じゃないんだ?」
おっと。頭のいい子供だ。
「もしかして、マツリに会った?」
「さあ?」
にこっと笑ってはぐらかす。
「まぁ・・・いいや。別に怒ってくれなくてもいいんだけどさ。」
ガシャ。
クリスはナイフを取り出して、笑った。
「・・・まだそのナイフ持ってたんですね。」
「・・・ほっとけよ。馬鹿。」
ふっと松田は笑った。
随分口の悪い子に育ったよなあ。
「何がおかしいんだよ。」
バァン!
「!」
突如部屋の側面にある2つのドアが開いて、銃を持った男たちが部屋に押し入ってきた。
「・・・一人じゃないんだ?」
「ないですね。」
松田は頷いた。
「なるほど・・・お前が囮か。案外暇なんだな。」
「まあ、そうなります。暇ではないですけど。」
クリスはため息をついた。そして手を上げる。
「見ない顔ばっかだ。」
「国光の・・人間ではありませんでしたからね。」
「へぇ?意外。お前国光以外に友達いないと思ってた。」
「まあ交友関係は広くはありませんよ。」
クリスはふっと笑った。
「ふーん。」
じりっと、足を地面にこすりつけた後。
ドカ!
クリスは入り口をふさいでいた男を一人いなすと同時に、廊下に繋がるドアを蹴り飛ばして乱暴に開けた。
「逃がすな!」
「追うぞ!」
男たちが駆けだす。
「みなさん、気を付けてください!」
松田も追いかける。


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